「十二歳、ね…」
ロイは一人掛けのソファに右肘を付きながら左手で持った書類を眺める。
歳は確かに十二歳と記入してある。
ちらりと金髪の子を見れば、記入された年齢よりも上だと思うには幼過ぎる容姿。
おそらくこの国家錬金術師の一人として提出され、保管される書類には嘘はないだろう。
ただ一項目、性別の欄を除いては。
君の街まで 4
「で?国家資格を取りたいと思った動機は?」
しかし敢えてそこには触れず、とりあえずは普通に知っておいた方がいいだろうという質問を投げる。
性別という、ロイにとってこの少女を本当の意味で手に入れる際の切り札は、まだまだ出す時期ではないのだから。
と、そんなことを思いながら聞けば、目の前からは。
「…そんなん、関係ねェだろ」
予想だにしない返答が返される。
表情を伺えば、少し不機嫌そうな面持ちを浮かべている。
どうやらこの話題には触れて欲しくないらしい。
だからと言って聞かないわけにはいかない。
この子の後見人にロイの名が付いてしまった今、若き野心家を蹴落とそうとする上の奴らが、ここに漬け込まない筈がない。
この子の実力はどうあれ、軍人もとい軍属としての立場など現時点で分かっていることは皆無に等しい。
つい数日前に国家資格のことを聞いたのなら尚更だ。
つまり今、エドはロイにとっての弱点となる存在。
「関係ないだと?」
「っ、」
自分の立場も分からない。
自分の地位もわきまえない。
国家錬金術師が少佐相当の地位を持っていることは流石に知っているだろう。
だがそれでも私の方が立場も、地位も上。
更に後見人としてのリスクも背負ってやったというのに。
それなのに関係ないと。
おそらくそれだけではない感情もあったが、とにかく私の良心に近いものを侮辱されたのが少し頭にきて、思わず声を低くしてしまった。
多分目付きにも影響していたのだろう、少女は少し緊張した様子だった。
「…君は、自分の立場というものを分かっていないようだな」
「な、何だよ」
一瞬伏せた目を、またエドの方に向けて。
「軍人にならないとはいえ、軍属として資格を得ることは分かっているな?」
「あぁ、」
「では私が後見人として君に指令や任務を与えるということもある程度理解できるだろう?」
「…まぁ、」
「つまり私は君の上司となるわけだ」
「…そうだな」
「この際タメ口には目をつむってやる」
どうせこの手の子供には何度言っても無駄なんだ。
その前に女の子なんだから、とも思ったが、ついさっき顔を合わせたばかりのような男が性別を知っているのはおかしい。
それは今は置いておき。
「だが上官が聞いているのだから、話してもらわなければ困るんだがね」
「う、」
「分かってもらえたかな」
頑なに強い表情ばかりを見せていたエドが、困ったように視線を逸らしたのが何故か少し嬉しくて。
笑みを浮かべてまた聞けば。
「……何で、知る必要があるんだよ」
諦めたのか、今度は先程とは違い妥協したように言ってくる。
どうやら話してはくれるようだが、まだ納得はいかなりらしい。
まあ元々そのことについては話そうとは思っていたから丁度良い、そう思いロイも妥協して。
「君は異例、そして特例として資格を得る」
つまり軍部内でも君を知る人はいないというくらいの知名度も得てしまう。
だが君は軍人にはならないと言う。
「君は資格が取れたらどうする?」
「……旅に、出ようと思ってるけど…」
「そうか、だったら尚更だな」
「?」
「君が何処で何をやらかしたという良い噂も、悪い噂も、全て軍部内に筒抜けになるんだよ」
「何で…」
「軍の情報網を甘く見るな」
子供一人の行動ぐらい、簡単に割り出せる。
そう言うと、エドの目が少し見開かれた。
安心というのも変だが、旅が出来なくなることに焦りを感じたのだろう。
このまま突き放せたらどんなにいいか。
と、ふと思った。
そうすればこれ以上この少女に思い入れることもないだろうに。
だがそんな軽い感情でなど、もうないのだ。
日を重ねるごとに進化して、大きくなって。
自分から手放すことなど有り得ない位置まで来ていた。
あとはこの子が逃げるか、受け止めるかの二つに一つの選択肢しかない。
それを私が迫るのは何時になるかはまだ分からないが。
今はまだ、救いの手を差し伸べてやらなければ。
「そこでだ」
君がもしヘマをしても私がそれを掻き消せるよう、手を打ってやろうじゃないか。
「…え、」
「その為には、ある程度君のことを知っておく必要があるんだよ」
私が何を言いたいか分かるな?
目で問うと、エドはそれを悟って、つまり、と呟き。
「…これからアンタが問う質問には、包み隠さず答えろってことだろ?」
俺が、何に遠慮することなく、旅をしたいと思ったのなら。
その言葉を聞いて、理解の早い子供だと、ロイは口の端を上げて。
「そう。だったら話が早いな」
ではまず、先程の問いに答えてもらおうか。
書類をばさっと投げるように置き、そのまま手をエドに向けて言えば。
「……正直な話、金が一番大きいな」
さっきまでの頑なな様子は何だったのかと思うくらい、さらりと話し出して。
「俺が求めているものを知るためには、研究費は勿論、旅費も必要になる」
俺には弟が居て、そいつと旅に出るつもりだから、金はあった方がいいだろ。
勿論それだけじゃなくて、国家錬金術師の権力で見れるありとあらゆる文献、それも必要だから。
俺が欲しい知識は、きっとそこで収まりきるようなもんじゃないんだろうけど。
「神話、噂、とにかく何でもいい。その中に本物があるって信じるから、俺たちはそれに縋って生きていくんだ」
それしか、俺たちに生きる道はないんだから。
「…!」
そう言った少女の目に、焔を見た気がした。
不確かなものではなく、それは確実なもので。
益々、欲しくなった。
この少女が。
その全てが。
だが本来は性別を隠す必要などない生き方をしたいはずだ。
普通に学校に通い、同世代の子達と普通に話をして、普通の一日を送りたいはずだ。
一体何が、この少女をそこまで駆り立てるのだろうか。
何故そこまで追い詰められてしまったのだろうか。
何が、この少女に焔を灯したのだろうか。
「もう一つ、聞こう」
君が求めているもの、とは何だ?
「…っ、」
少女は、びくりと肩を揺らした。
聞いては欲しくないことなのだろう。
だが答えてもらわなければならない。
君を、守るためなのだから。
「…それは、機械鎧と関係があるのか?」
これもいずれ聞くつもりだった。
もし私の憶測が正しければ、君の目の焔と機械鎧には、密接な関係があるはず。
「………、」
少しの沈黙の後、頷いたのを見て、確信した。
この子は、想像以上の経験をしたのだと。
それを思い出していたのだろうか。
少女はそのまま俯いて、一向に顔を上げようとしなかったが。
「……もし、俺が」
それについて話したとして。
アンタは俺に何をしてくれんの?
「俺の、味方になってくれんの?」
そう言って顔を上げたときの表情は、何処か苦しそうな顔をしていて。
ロイは目を見開いた。
どうして直ぐに気付かなかったのだろう。
たった十二の少女が、こんなに苦しそうに。
助けを求めていたのだと。
(…この子の秘密を知るからには、)
私も、話さなければな。
それで少しでも背負うものが楽になるのなら。
重荷が楽になるのなら。
「…私は、大総統になるために此処にいる」
「…?」
「先程、君が大総統を亡き者にしてくれたら嬉しかったんだがね」
「な、」
「あの方が生きている限り、私がトップには立てないからな」
「ちょ、ちょ!」
「何だ?」
「何、アンタ暴露してんだよ!?」
そりゃ、俺が槍を向けたとき、微動だにしなかったのはアンタだけだったけどさ。
そう言われて、気付いていたのかと聞き返せば。
「そういう問題じゃねーだろ!」
こんなとこで、そんなコト言って、誰かにでも聞かれてたりしたら、アンタどんな処分を受けるか。
おろおろと言葉を発する少女を見て、心配してくれているのかと、また嬉しくなった。
「何で、俺にそんなこと…!」
「君が話しやすいようにね」
「へ、」
「…上官命令だと言えば楽なんだろうが…」
そうやってまで、君を手に入れたいとは思わない。
その言葉は口にはしなかったが。
「どうも、無理に言わせたくなくてな」
だから、私も何か機密を話そうと思って。
少し笑って言うと。
「…馬鹿、じゃねーの…」
「そうかもしれないな」
こんなに小さな少女に、執着しているなんて。
だが、助けてやりたいと思ったんだ。
痛みに耐える、君を。
だから。
「…味方に、なるさ」
「!」
「君は、錬金術に長けているし、申し分ない」
私の背中を、預けるに値する。
「…何だよ、それ…」
一体、何がしたいんだこいつは。
さっきから、俺を追い詰めたりして、でも手を差し伸べたりしてくれて。
気の迷いかも、そう思ったけど。
話してもいいかなって、思った。
何でか分からねェけど。
多分、アンタなら、大丈夫な気がした。
言っても、いいんかな。
「―――――人を、つくった」
「…何?」
資格試験を受けた後に、何ばらしてんだか。
俺は自嘲気味に、笑って。
「人体錬成を行った」
「な…!」
(そりゃ、耳を疑うよな。
それで、国家資格を取ろうってんだからさ)
「……死んだ母親を錬成して、俺は左足、弟は全身を持っていかれた」
(自分でも何かすげーびっくりしてる)
「俺は更に持っていかれた弟を錬成しようとして、右腕を失った」
(ひた隠しにしようってついさっきまで思ってたのにさ)
「でも錬成できたのは弟の魂だけ。鎧に定着させるので精一杯だった」
(あーあ、話しちまった)
「それから俺は、何でだか、錬成陣なしで錬成できるようになって」
(でも何かすっきりしてるし)
「だけど、それだけじゃ終われないんだよ」
俺は弟の人生を台無しにしちまった。
だから、体を取り戻してやりたい。
俺はどうでもいい、ただ弟だけは。
「……少ない代価で、膨大な錬成ができる物質」
(今まで、ずっと自分の中だけで溜め込んでたから。
話しちまったのはしょうがねェっつーか、今更だけどさ)
「……賢者の石。…それを、探している」
なぁ。
俺、アンタを信じていいわけ?
「――――」
エドが言葉を発した後、ロイは暫く何処を見るわけでもなく、口を閉ざしていた。
エドもまた、何かを言うわけでもなく、俯いて相手の言葉を待った。
そして。
「…辛かったな」
「え…」
思ってもみなかった言葉を聞いて顔を上げれば、一瞬自分を優しく見つめる表情が見えたが、それは直ぐに消えて、真剣なものになり。
「…賢者の石か…伝説の代物だな…」
だが、君がそれに縋りたいと言うのなら。
「私は最上の力を持って、君を後押ししよう」
道を、提示しよう。
「…!」
単純に、俺は嬉しかった。
こんな、やってはいけないことに手を出して、怒られると思ってたのに。
むしろ、叱ってもらった方がどんなに楽だったか。
そんなに優しくされたらさ。
涙が、出そうになる。
忘れたはずの、もう流さないと誓ったはずの、涙を。
そして。
涙を流しそうになった俺を、優しく撫でてくれたのが。
久方ぶりに感じた、人の手の暖かさだった。
それから、俺は東方司令部に移動となった大佐について行き。
一週間後、東方司令部にて銀時計を受け取り。
大総統より授かった『鋼』の二つ名のもと、俺は旅に出ることになる。
最年少国家錬金術師、『鋼の錬金術師』としての名を馳せて。
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04/12/30
ここで序章みたいな流れは終わりです。
次からようやく時間の流れが十五歳と二十九歳になります。
シリアスも一塩に、そろそろ明るくいきたいですねー…。
ブラウザでお戻り下さい。