再会は思わぬ所で、思わぬ形で果されるなどとは思わなかった。
だが少女はあの日と変わらぬ色をして輝いていて。
間違いないと、思った。
あの日あの時出会った、少女であると。



君の街まで 3





「最年少の受験者?」


ロイは部下の言う言葉を復唱しながら顔を上げた。
部下は顔色を変えずに、はい、と頷き。


「どうやら資格受験の話をどこかで聞いたそうで、後見人もつけずに此処に来たそうですが…」


資格、というのは国の軍上部が唯一認める国家資格、『国家錬金術師』の称号のことである。
この資格を受けるための規定は唯一つ、錬金術が使えること。
だが一概に錬金術が使えれば、とはいえ家庭で役立つこと程度で受かるものではない。
軍がこの称号を与えるということは、すなわち軍に有益な力を持っているかいないか、それが基準となるのだ。
だから有益な力の持ち主であれば、九十以上の老人でも、年端も行かぬ子供でもいいわけで、特に年齢は規定してはいない。
実際に前者は数人居るということは耳に入っている。
だが後者の子供の話は、受験の段階で一度として聞いたことがない。
今一番若いもので二十位の男だっただろうか、それでも力はたいしたことがないらしいが。
しかし今回はどうだ。
部下の話によればまだ十二歳だという。
十二歳の、まだ脳も体も発達途中の子供に、何ができると言うのだろう。
しかも後見人も付けずに。
後見人とは、受験をする際に、右も左も分からぬものに、これからの受験方法を教える役目をする人であり、大抵は国家資格を持つか、少佐以上の佐官がなるのが生業とされているが。
受けに来た子供は後見人すらいないという。
何も知らぬのに、よく受けになど来るものだ、と思った。
私ですら錬金術の師のつてで佐官を紹介してもらい、二十四で資格を取ったものだったが、とロイは心の中で呟いた。


「それで?」


部下に続きを急かす。


「ですので、もし受かった場合、後見人を就けなければならないそうで」


今手の空いている佐官は至急、広間の受験会場へと来るように、とのことです。
そう言うと、ロイはため息をついて。


「…もし、ね…」


受かった場合、という言葉は、受かりそうな確率がない限り使わない言葉だ。
ということは、子供なりにそれなりの実力があるということなのだろうか。
興味がなくはない。


「しかし後見人とは今更ではないのか?」


大抵の受験者は合格すると同時に、そのまま軍に入隊することになる。
ただ主立って前線に立つような錬金術ではなく、研究方面で実力を発揮するような人物に対しては、研究所のような家を与えられ、そこで結局は軍のために尽くすのだが。
どちらにしろ、受験方法を教えるような後見人など、必要なくなる。


「いえ、それがどうやら、資格を取ったとしても軍人になる気はないと言い張っているそうで…」
「軍人にならない?」
「はい」


確かに入隊は本人の自由である。
だからこそ研究者として資格を持つものがいるのだが、部下の話の様子からでは、研究者として軍属になる気はないようだ。


「…そうか…」


そうなると、興味が湧いてくるのは人の性。
前例がないのだから、尚更だ。


「…そうだな、見てみるか」


そう言うと腰を上げて、着崩していた軍服の詰襟をとめ、自室を出た。
部下は敬礼しながら。


「分かりました。では、残りの準備は私が行っておきます」


と言いながら、ロイを見送った。








手の空いているもの、とは言っていたが。
現在このセントラルに居る佐官たちの殆どは任務で出払っているため、このたびの召集は今残っている佐官全員に当てられたものであり、それは多少忙しくても来い、ということを示している。
今残っているのは事務的な方面での上官のみ。
その中で、何故前線で本領を発揮するロイが残されているのかといえば。
本当は任務で南の国境に送られるはずだったのだが、それより先に大総統から東方司令部の司令官として移るようにとお達しを受けてしまったため、急遽決められた期日である明日までに荷造りをしなければならなくなったわけで、こうしてセントラルに残っていた、矢先だったのである。
セントラル勤務から、東方司令部の司令官。
これを出世と言う者もいれば、左遷と言う者もいる。
ロイ本人は数少ない司令部を任されるわけであるから、出世だと考えているが、実際のところ、若い佐官が台頭してくるのを恐れて、飛ばされたのかもしれない。
それもイシュヴァールの戦いで、功績から、少佐から大佐への二階級特進をしたためであるからか。
だがこれは願ってもいないことだ、と考えている。
司令官としての権限を得ているなら、多少のことをしても揉み消せる上、他の司令部司令官と対等に渡り合えるのだから、これ以上の出世はない。
左遷と思っている奴らは、こちらにとっては好都合。
これで今まで以上に大きく立ち回れる手段が増えたのだが。


(だが今、大した実力のないものの後見人にならされるのもな…)


上手く話が進んできた分、この国家資格受験者が吉と出るか、凶と出るか。
資格期日が定期であればと思ったのは、今日が初めてかもしれない。
元々定期でないことがこの資格の売りでもあるのだが、何も今日でなくても、とロイは歩きながら少し眉を寄せた。


(まぁ実力がないなら落ちるだけだ。そう願いたいな)


子供。
そこから大人と同等の実力があるなどと欠片も思っていない。
思うわけがない。
特例だか何だが知らないが。


(早く終わればいい)


今思うのは、それだけだった。





広間の試験会場となる場所は、二階が吹き抜けになっていて、左官たちは受験者たちを上から見下ろす形になっている。
その広間の二階に直に顔を出せば、既に来ていた比較的歳の行った上司たちが既に備え付けの椅子に腰を下ろしていて。


「遅いですぞ、マスタング大佐」
「すみません」


一言謝り、声を掛けられた仕官の横に腰を下ろし、下を見据えれば受験者である少年らしき人物は既に中央に立っている。
金髪で髪の長い少年だ。


(―――…?)


それがふと、誰かに重なった気がした。
金髪。
三つ編み。
全身の黒い服。
そして。


「…ほう、鋼の義手か」
「……東部の、内乱で」


大総統もこの話を聞いたのか、中央で仁王立ちになり、一段高い位置から見下ろしている。
その、下で交わされる大総統との会話で、はっきりとした。
右手の義手。
間違えるわけがない。


(――っあの時の…!)


ようやく見えた横顔に、あの時の出会いを垣間見た。
間違いない。
あの時の少女だ。
顔に出しはしなかったが、内心恐ろしく驚いている自分が居た。
こんなところで再会することになるとは、と。


「錬成陣を書く道具は持っているか?」
「いらないよ、そんなもん」


そう言うと少女は両手を合わせ。
その手を床に置くと、錬成特有の光がその一体を包み。
少女が手を床から上げて、折っていた膝を伸ばして立ち上がって行くと同時に、床から長い棒のようなものが錬成されていく。
そして最後に棒の先が錬成され、少女の手に治まったものを改めて見れば、それは立派な槍を成していた。


「…!」


この芸当と言うべき錬金術に、広間にいた軍人たちは皆驚いていた。
が、一番驚いたのは誰よりもロイ本人だった。
今この場で錬金術に長けているのはロイ一人。
錬成陣なしの錬成がどれ程衝撃的だったか。
おそらく少女は錬成陣を何処にも仕込んではいないはず。
今日、今、こうして試験を行うなど知るはずもないのなら、尚更。
それにもし体の何処かに錬成陣を仕込んでいるのだとしたら、両手を合わせる動作など必要ないはずだ。
多分、少女の錬金術の要となっているのが両手を合わせる動作だろう。
だが、それだけでは構築式の説明がつかない。
一体何故、どうやって。
この時、自分が一人の少女としてではなく、錬金術師としても興味を持ったことを知った。


「結果報告を楽しみにしていたまえ、若すぎる錬金術師よ」


そう言い残して去って行った大総統の後に残された少年も、下の仕官に言われ一端広間から別の部屋へと姿を移した。
そして。


「…さて」


上に居る仕官の一人が口を開き。


「話によれば、あの少年の後見人になる者を一人、決めろとのことですが」


少年、というフレーズにロイは引っ掛った。
はたから見れば、やはり少年に見えるのだろう。
実際、自分も以前会った少女だと気付くまで、少年だとおもっていたくらいだ、早々気付くことではない。
それにあの様子だと、性別も偽っている可能性もある。
もし私以外の誰かが後見人となり、もしばれるような事があれば、お堅い上官たちのことだ、直ぐに庇いきれないと手放すに違いない。
いや、だがその前に。


「我々は正直錬金術の知識はない」
「そうですな」
「この場合、明日から移動が決まっているのは酷ですが…」
「ええ、マスタング大佐に任せた方が適任ではないでしょうかね?」


と、それぞれが照らし合わせていたように、口をそろえて言う。
そうだ、元々この人たちは自分が後見人になる気など更々ないのだ。
おそらく面倒事を押し付けているつもりなのだろうが。


(…馬鹿な人達だ)


こんなに優秀な人材を見抜く目がないとは。
ロイは気付かれぬように俯き加減で、口の端を上げて笑うと。


「…皆さんの一致では、断れないですね」


今度は顔を上げて皆に見えるように、仕方ない、と言った顔を見せながら、苦笑した。
勿論それはただの付き合いのような顔で。
内心、これ以上ないくらいの喜びを感じていた。
左遷だろうが出世だろうが、もうどうでもいい。
ただ、あの少女と繋がりを持てる。
そう思うだけで、世界に色が広がる気がして。
また、笑った。











「…って、一体何時まで待たせるんだか…」


エドは試験後に通された広い部屋で広いソファに腰掛け、だらっと手足を伸ばしてくつろいでいた。
だが、一時間近くも待たされると誰が思っただろうか。


「まぁ試験受けれただけでもラッキーみたいなもんだからなぁ…」


これくらいは仕方ない、と諦め、またでろっと手足を伸ばした。
実はエドが試験の話を聞いたのは僅か一週間前。
訪れたセントラルの小さな酒場で、エドはその話を耳にしたのだ。
元々研究のための資金の当てが全くないことから受験しようと思ったのだが、正直軍属というのは気が引けた。
だが、なりふり構ってなんかいられない。
弟を元に戻す。
自分を取り戻す。
その為には、必要な資格なんだ。
エドは自分に、アルにそう言い聞かせて、こうして単身司令部に来たのだ。
アルも付いて行くと言って聞かなかったが、いつあの空っぽの中身を見られるか分からない。
聞いた話によると、国家錬金術師には三つの制約があるらしい。
金を作らない。
軍に忠誠を誓う。
そして、人を作らないこと。
これを既に犯している俺が、ばれれば受かったとしても即剥奪だ。
国家錬金術師であるためには、俺に就けられる後見人にもばれないようにしなくてはならない。
元々後見人なんて名ばかりだと言っていたし、近い存在でなんてある必要なんてないんだ。
自分を隠していたって何の違和感もない。
それでいい。
と。


「待たせたね」


扉が開く音の次に、声がして。
ぴん、とソファに直って振り向けば。


「…私が今後、君の後見人を務める」


第一印象は、青い軍服に黒い髪がよく映える人だな、と思った。
同時に。


(どこかで…?)


と何かが過ぎった気がしたが、それはやり過ごして。
自分の目の前に座った人物を見据えれば。


「ロイ・マスタング大佐だ」


漆黒の瞳を向けられて。
名を、吸収した。





私が瞳を向ければ、少女は同じくらい力強い瞳を返してきて。
それがまた、嬉しくて。
今後が楽しくなるような気がして。


「よろしく、エドワード・エルリック」


薄く優しい、笑顔を向け。
半年振りに会うことができた少女の名を。
ようやく知ることができた名を噛み締めながら、呼んだ。








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04/12/24
お久し振りですみません…。
こんな感じで、再会です。
まだシリアスな雰囲気は続きますが。


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