普通の思考ではまず思いつかない。
大人も進んで赴こうとしないこんな戦地に。
少年ならまだ分かるが、普通思わないだろう。
女の子が居るなんて。
君の街まで 2
「…この辺、だった筈だが…」
つい一分ほど前よりも荒廃した建物の上をゆっくりと歩いて、先程見当をつけた場所に向かって歩く。
足場は悪く、真っ直ぐ歩くことは困難。
しかし元々空に、いや飛び掛ってきた人物に向かって出す筈だった焔を下に向けて放ち、瓦礫を増やしたのは自分の責任なのだから何とも言えない。
それにしても、それ程強い威力ではなかったはずだが、崩れ方が思ったよりも酷かった。
もしかしたら、このどれかの下敷きになっている可能性もなくはない。
「…不味いことをした…」
男は眉間にしわを寄せながら、崩れたコンクリートを見つめる。
イシュヴァール人ならまだしも、関係のない人種を殺したとなると、また大きな問題に成りかねない。
この、戦争のような。
事の発端となった情景が、今なら分かる気がする。
だが今更後悔しても遅い。
助けられるのなら、助けなければ。
そして出来ることならば、理由を聞かなければ。
何故こんな所にいるのかと。
それは軍人としての意思ではなく、ただの好奇心。
ただの、何か自分でも分からぬ感情の含まれた、好奇心なのだが。
と。
「…っ、」
灰色の中に映える赤い色を見つけた。
辛うじて受身を取ったのか、体を丸めて倒れていた。
運が良い事に、大きな瓦礫はこの子供を避けるようにして落ちてくれたらしい。
男はほ、と一息を付いて、子供の傍で膝を折った。
(…本当に、何故こんな所に…)
頬にかかる金髪が、子供の顔を少し大人びて見せ。
それをさらっと除けてやると、長いまつげが太陽の光に当たって、より綺麗に輝かせる。
三つ編みにされた金髪も然りで。
自分の周りには居ないような存在、だろうか。
また、見惚れていたが。
「…ぅ…、」
「!」
子供の、呻くような小さな声で、我に帰った。
(今、私は何を…?)
何だか分からない不思議な感覚が、自分の中に生まれた気がして。
更にこの子供に関わることに、少し戸惑いが生まれて。
「…っ」
だが、こんな戦場のど真ん中にほおって行ける訳がない。
ここら一帯は殲滅したとはいえ、何時また戦火に包まれるかは分からない。
それに先程から聞く呻く声に、多分何処かに怪我を負ったのではないだろうか。
考えるより先に、こちらだ。
男はそう思い、子供の上にかかっている瓦礫の小さな欠片を掃い、丸まった小さな体を自分の側から見て右側に頭を持ってきて、抱き上げれば。
(…少し、重い…?)
ずしり、と小さな体の子供にはそぐわない重さが男の腕に感じられた。
と、右の肩口から金属が覗いていることに気付いた。
よく見れば、右手の先もその金属で出来ていて。
(成る程、機械鎧か…)
おそらく右腕全部が機械鎧で出来ているのだろう。
右腕を失ったのは、この戦争の所為かは分からないが、機械鎧を付けるには、大の大人も泣き叫びたくなるほどの痛みに耐えなければならないと聞く。
この子供は、その痛みに耐えたのだろうか。
何を思って、そこまでするのか。
聞いてみたかった。
その強固な精神の出所を。
自分にも、分けて欲しいなどと思う辺り、詭弁なのだろうが。
「…ぅ、」
(いや、自分の事よりもこの子供の手当てが先か)
子供を抱いたまま、男は回りに視線を走らせて、何処か全壊していない家を探した。
こんな炎天下の下では、子供の体力など直ぐ奪ってしまう。
辛うじて屋根が残っている家を見つけ、男は子供をそこ運び、いい具合に平らに崩れた壁の跡らしき所に、寝かせた。
「…ここなら、見付かることもないだろう」
こうして影に運んだのは、敵味方問わず今自分がこうしていることを見られない為でもある。
元々軍部に連れて行くつもりなどないのだから、何故軍人でもイシュヴァール人でもない子供がいるのかと聞かれては、後々面倒だ。
結局は自分の事しか考えてないな、などと自嘲じみた言葉を呟きながら、子供の赤いコートを脱がせた。
今だ、目覚める気配はない。
(受身は取ったようだから、頭を強く打ったということはないだろうが…)
だが今はその方が都合が良い。
下手に暴れられては手当てどころではない。
子供が意識がないながらも左の脇腹を押さえていたのは、先程から気付いていた。
人間の反射行動に感謝だ。
「…悪いな、脱がさせてもらうぞ」
言っても聞こえていないだろうが、そう小さな声で言って、男は子供の黒い上着も脱がせた。
黒いノースリーブのシャツだけにすると、ごつごつした機械鎧の右腕が露になる。
思っていた通りだったが、いざこうして目にしてみると、繋ぎ目の痛々しさが物語るのか、何故か自分の眉間にしわが寄る。
刻まれた重い腕に、この子供は何を思っているのだろうか。
男の腕は止まり、暫く機械鎧から目が離れなかったが、また子供の声で現実に引き戻された。
「…さっきから、一体何度現実逃避をしたら…満足するのだろうね…」
自分に言い聞かせるようにして、また手を動かすのを再開した。
シャツをズボンから抜いて、胸の下辺りまでめくり脇腹を出せば、案の定白い肌によく映える赤い色がそこにあって。
だが手当てしようにも、ここに道具は一切ない。
(最低限の応急処置しか出来ないが、何もしないよりは良いだろう…)
男は青い軍服を脱ぎ、自分の白いシャツの右腕の部分を、右手を使えない分歯と左手で破り。
それを更に細く長く、包帯の代わりとなるようにして破いていき。
ある程度子供の腰に巻けるような長さにしたら、あまった部分を当て布として当て、出来るだけ丁寧に、傷みを与えないように巻いていった。
ふとシャツが下がってきて邪魔になったので、何の考えもなくシャツを胸の上まであげて。
気付いた。
「………――――っっ!!??」
思わず凝視してしまったが、直ぐに我に帰ってシャツを下ろし。
(落ち着け、落ち着くんだ…)
一生懸命、自分を落ち着かせようと声をかけるが、一度動揺した心はそう簡単には治まらない。
今の今まで、少年だと思っていた子供が。
少女だと分かれば尚更。
(少年だったならまだ分かる。好奇心や、そういうものもあるだろう)
だが何故こんな歳も行かぬ少女が。
こんな戦場に。
それも一人で。
格好からして、おそらく少年の振りをしていたのだろうということは分かる。
分かるが。
その理由と、此処に居る理由はどう考えてもそこから繋がるわけがない。
気になる、気になるが、今はそれ所ではない。
(今こんな状況で目覚められてしまっては、私はどう考えたって言い逃れなど出来ない…)
手当てしてやっていたという動かぬ事実があるとはいえ、この状況で落ち着ける筈もないだろうし。
そう考えれば、今はまずこの手当てを終わらせなければ。
男はなるべく視線を傷にだけ落として、手当てを迅速に進める。
(…こんな幼い少女に、欲情も何もあったものではないのだがな…)
多分、こんなに動揺してしまうのは、この子に興味があるからで。
その興味が、今後自分の中でどういう感情に発展していくのかも予想できるからで。
何時の間に私は、こんな趣味になってしまったのか。
などと少し落ち込んでもおかしくないだろう。
「…聞きたいことは色々あるんだがね、」
きゅ、とシャツの端同士を結び、男は上着とコートを、今だ意識のないまま横たわる少女の上にかけ、自分も軍服に袖を通して。
「次に会った時に、聞くとするよ」
この広い世界、会えるとは限らない。
が、何故か会える気がしたんだ。
何か不思議なもので、繋がれているような気が。
「…あまり、無茶はしないように―――」
そう言い残して、男は去って行った。
「…ん…」
目覚めて、まず一番初めに目に入ったのは、灰色の天上だった。
(…あれ、確か…俺、誰かにやられそうになって…)
先程あったことを思い出すように心の中で呟いていくうち、意識がはっきりしてきて。
「…っ、いっ!!」
がばりと起き上がれば、左の脇腹に痛みが走る。
「…ってー、…くそ、少しやられたか…」
押さえると、そこに包帯…ではなく、シャツを破いたものが巻かれてあることに気付き。
「…ぇ…、手当て、してある…」
そして自分が、シャツ1枚であることにも気付く。
「………まさか、な…」
一瞬誰かにばれたのかも、と嫌な考えが頭を過ぎったが、済んだことを悔やんでも仕方ないわけで。
「…考えないようにしよう…」
だが、自分が此処に居るということを、誰かが確実に知っているということになる。
不法に侵入してしまった手前、捕まってしまったらここでこれ以上調べることが出来ない。
尤も既にほぼ回り終えた後で、手掛かりなど見付かりはしなかったが。
「…とりあえず、アルと落ち合わねーと…」
痛む脇腹を気にしつつ、エドもそこを離れた。
何だかほんの少しだけ、名残惜しかったのは気のせいだと思って。
「遅かったですね、マスタング少佐」
「あぁ、」
軍のテントに戻れば、少し下の仕官が話し掛けてきた。
そんな声も軽くあしらって、自分のテントに戻れば。
「おう、遅い帰りだな、ロイ」
「ヒューズ」
親友が先に戻っていたらしく、汚れた軍服を着替えているところだった。
「さっさと仕事を終わらせてくる奴がよ、何かあったのか?」
適当に言うことでも、案外当たっているもので。
それが嬉しかったのかは分からないが。
「…さぁ、な」
「?」
親友が目を丸くするくらいだから。
私は、楽しそうに笑ったのだろう。
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04/11/24
出会いはこんな感じで。
次からはさらっとした感じでいきたいです、はい。
そういえば、ようやくロイの名前が出てきた…。
ブラウザでお戻りください。