一週間。
その間、自分なりに色々考えた。
大佐の今までの行動を思い出して、その時の気持ちを考えてみたり。
俺の感情の変化と、気持ちを合わせて思い返してみたり。
互いの感情は違えど、その時の時間を共用していたのは変わらない。
ロイ・マスタングと、エドワードエルリックという人物も変わらない。
そして―――。

そう思ったら。
俺はまだ言えていないことがあるって、思った。
きっとそれは答えじゃないけど。
けど、言わないままでなんて。
俺らしく、ないから。



君の街まで 14





「中尉」


東方司令部エントランス。
受付に用があって来ていたホークアイは、背中に声を掛けられた。


「エドワード君」


振り向けば、エドがいて。
ふと見たその顔は、一週間前会った時よりもすっきりしていた。
言わずとも分かったが、わざわざ話し掛けてくれたということは言って欲しいんだろうと思い。


「…見つけたのね、」


貴方なりの、言葉を。
柔らかく笑って、騒がしい周りの中、エドにしか聞こえないような小さな声で言った。
するとエドは苦笑して。


「んー、それが中尉の言ってたのだとは思えないんだけど…」


そして、笑顔に変えて。


「でも、俺なりの言葉は、見付かったから」


大丈夫。
そう言ったエドの目に惑いはなかった。
久方ぶりに、澄んだ金色の瞳を見た気がして、嬉しくなった。
けど、これで終わりじゃない。
見付けたのなら言わないでとは言ったけれど、それでももし言ってくれるようだったら、言おうと思っていた言葉があったから。


「…全て、貴方が決めることよ」


言葉は一つじゃない。
それが貴方の見つけた言葉だったら、それがきっと正しい答えだと思うわ。


「貴方の生きる道だもの」
「…うん」


ありがと。
エドはそう言ってまた笑って、ホークアイの傍を通り抜けた。
ホークアイは一度目を閉じて、成長したエドの笑顔を目に収めて。
振り返らず、廊下を歩き出した。
と。


「何話してたんスか?」
「ハボック少尉」


後ろから小走りで追いついて、ホークアイに並ぶ。


「別に?」


聞かれたことに素っ気なく答えた声は、無意識に優位なものを含ませていた。
それにハボックは良い顔をするはずがなく。


「あ、酷くないスか?なーんか俺ばっか蚊帳の外みたいな感じがするんスけど」
「みたいな、じゃなくてそうなのよ」
「…一応、俺もアイツの秘密を知ってる一人なんですがね」
「だからって、言う必要もないんじゃない?」


教えて欲しそうな態度にホークアイは屈してやらず、むしろ更に勿体振るような台詞を言う。
勿論、言うつもりは更々ないが。


「これは、女同士の秘密だから」
「そー来ますか…」


そう言われてはもう追求することも出来ないので、ハボックは大人しく隣を歩く。
そんなハボックを横目でちらりと見たあと。


「…成長するっていうのは、嬉しいものだけど…」
「へ?」
「やっぱり、何処か寂しいものがあるのよね」


唐突な独り言かとハボックは思った。
だが、今までのくだりからいって、誰のことかというのは直ぐに分かった。


「…まるで、母親になったみたいな台詞っスね」
「あら、そこは姉って言ってほしいんだけど」
「失礼」


喉で笑うハボックと、やけに澄ましたホークアイとの間に和んだ空気が流れる。
その流れに乗って。


「―――でも、誰の手も借りずに成長出来る子なんていないわ」


誰でも、初めは一人で立つことも、歩くことも出来なかった。
今こうして立って歩くことが、前を向いて歩くことが出来るのは、両親に関わらず、誰かの力添えによるもの。
いずれはそれが必要なくなってしまうとしても、力添えてもらったという過程は消えない。
だから。


「…その過程に関われただけでも、嬉しく思うべきなのよね」


こうして、そういう風に思うことが出来るのも。
きっと誰かの、誰かに関わったからこそ出来たこと。
それで十分。


「そうっスよ、関わることも出来なかった俺に比べれば全然」
「…そうね」


少しいじけ気味に吐かれた台詞に、ふっ、と小さく噴き出しながら答えた。
そんな雰囲気に、少し救われたと思いながら。


「さて」


と、気を取り直して改まるホークアイ。


「今日はいつも以上に頑張ってもらうわよ」
「はい?」


意味深な笑みと言葉に、ハボックは嫌な汗が浮き出るのを感じて思わず足を止める。


「おそらく大佐、今日は殆ど仕事にならないでしょうから」
「え、何…って、中尉、何でっスか?」


足を止めないホークアイに問うべく、ハボックは今一度歩き始めた。














大佐執務室前で一度足を止め、小さく深呼吸した。
少し、緊張していると自分でも思う。
けど、それは大佐に対してではなく、上手く今の自分の気持ちを言葉に出来るかということにであって。
今なら、きちんと大佐の顔を見て言えると思う。
だから、俺は扉を開けた。


「――――鋼の」


机上の書類に視線を落としていた大佐は、扉の開く音に顔を上げた。
その顔は、俺のよく知っている大佐の顔で。
俺を見て、二つ名を呼んだけど。


「…今日は、鋼の錬金術師としてじゃなくて」


エドワード・エルリックとして、ここに来た。
と、俺は大佐の方に近付いていって。


「流石に、もううだうだやってる時間がなくてさ、資料、貰いに来たんだ」


机上に積まれていると部屋に入っていた時から気付いてたから、その文献に左手を置いて。


「…あと、大佐に…言いたいことが、あったから」


視線を、絡ませて。


「―――自分なりに、色々考えたんだ」


大佐の今までの行動を思い出して、その時の気持ちを考えてみたり。
俺の感情の変化と、気持ちを合わせて思い返してみたり。


「で、俺、思ったんだ」


互いの感情は違えど、その時の時間を共用していたのは変わらない。
ロイ・マスタングと、エドワードエルリックという人物も変わらない。
そして―――。


「そして、俺を助けてくれたってことも」


互いに、視線は逸らさない。


「そう考えれば勿論、アンタが俺を殺そうとしたって事実も変わらない」


けど。


「…今まで、頭ん中ぐちゃぐちゃだった所為か、忘れてたんだ」


頭の片隅で、ずっと思ってた。


「俺のこと…誰にも言わないでくれて…、命…助けてくれて…」


ずっと、言いたかった。


「ありがと」


でもやっぱり、上手く言えなくて。


「…ま、同情…とか言われたら仕舞いだけどな」


苦笑しながらとか、照れ隠しに変なこと言っちまったけど。


「……でも……ありがとう」


言えたから、いいかなって。


「…エド」
「…や、何だか照れくせぇよな、こういうのって」


名前を呼ばれて、改めて柄じゃないのかと思うと、恥ずかしくなって視線を外した。
と、文献に置いていた左手の上に、暖かいのが重なってきて。
見れば、大佐の手が俺の左手を覆っていた。


「…大、佐…?」


問うように、もう一度視線を交わすと。
柔らかで、嬉しそうで。
幸せそうな微笑みがあった。


「…ずっと…」


しかしそれは一瞬のことで、直ぐに目を伏せたが。


「ずっと、順番を間違えたと…後悔していた…」


手は、重なったまま。


「あの時…君に恐怖を植え付けたのは、他ならぬ私自身」


そんな私が、言う権利などないと思うが。
それでも。
それでも、言いたい。


「――――好きだよ」


私もずっと言いたかった。


「君が、好きなんだ」
「…大佐…、」


重ねられた左手が、熱くなるのを感じた。
けど、どう返していいのか分からなくて。


「俺…っ、」


どう言葉にしていいのか分からなくて。


「…俺、」
「無理に言葉にしなくていい」


私は、君とこうして、また話せることだけで嬉しいんだから。


「…っ」


大佐はそう言うけど、でも。


「俺っ、嬉しいよ!」
「…エ、ド?」


何か言わなきゃ。
そう思った末に飛び出た言葉。
そりゃ、びっくりすると思う。


「いや、あの、何つーか…」


左手は動かせないので、右手でガシガシと頭を掻きながら呟く。


「俺、好きだとか…そういうのはまだ分かんねェんだけど…でも、嬉しいことは確かだから!」


だから。


「…いつか、そんな遠くない、いつか…だけど」


俺も、アンタにその言葉、言えるようになるから。


「それも…確かだから、さ」


そう言って、また苦笑した。
苦笑しながらじゃなきゃ、照れくさくって言えないから。
そんな誤魔化しを交えていると。


「…あぁ」


重ねられるだけだった大佐の手が、俺の左手をぎゅ、と握られて。
何で、と思いながら大佐を見れば、反対の手を額に軽く当てながら。


「…楽しみにしてるよ」


と、嬉しそうに、困ったように。
笑っていた。





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05/02/28
ようやく終わりですね…(安堵)


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