「っあー、やっと着いたぜ…」
エドは列車から降りると、両手を上げて思いっきり伸びた。
エドのトランクを抱えて、エドの後から降りたアルはそんな動作を見て。
「三時間は座りっぱなしだったからね」
と同意する。
疲れはしないものの、気を察することくらいはできる。
「で、これからどうするの?」
「そうだな…」
聞かれて、伸びた左手をそのまま後頭部に持っていき、がしがしと掻いた。
「先に報告に行くなら、僕は宿取りに行くけど」
「んー…」
提案を聞きつつ、ぼさぼさになった三つ編みを解いて、結び直しながら。
「じゃ、先に行ってくっかなぁ」
「分かった」
アルはエドの返答を聞いて頷くと、変わらずトランクを持ったまま一先ず駅を出る。
そして分かれ道に差し掛かり。
「んじゃ後でな」
「うん」
そう言ってアルの後姿を見送ったエドは、ふぅ、と一息ついて。
「んじゃあ、行きますかね!」
と、意気込んで歩き出した。
向かう場所はここ、イーストシティ内にある東方司令部。
君の街まで 最終話
定期報告を一体何度サボっただろう。
記憶があるだけで三、四回は確実だと思う。
(…あの時は)
あの時は、色々あった後で。
正直まともな報告書も書けなかったっていう理由もあるけど、やっぱり一番大きいのは。
大佐の顔が、まともに見れないだろうってこと。
怖い、っていうのもあった。
首に跡を付けられた事実から、少なからず恥ずかしいというのもあった。
そこから、怒りも生まれた。
けど、ふと。
大佐が見せた、あの時の表情。
『青い空に映える君を見て…手が、躊躇った』
『あまりに綺麗で……ただ、それだけで』
そう言った時の苦悶した表情が。
『…危険なことはしないでくれ』
そう言った時の辛そうな表情が。
頭から、離れなくて。
それから、アイツを思い出そうとすれば、必ずその顔が浮かんできた。
ムカつくって思ったって。
ひでェ奴って思ったって。
絶対、その時の顔が。
(…あの表情が、あんなに影響するとは思わなかったな…)
次に会った時にも、それが影響するなんて。
おかげでこっちは、その時言わなくてもいい事を口にしちまって。
俺にはアンタの力が必要で、とか。
今までもこれからも必要で、とか。
本当のことではある。
けど思わず、自嘲しちまうような、そんな。
それがアイツに何を与えたのか分からねェけど。
何で、俺は抱きしめられたんだろうって思った。
そして何でそれが、嬉しかったんだろうって。
考えても分かんなくて。
性質が悪いことに、今度は困ったような嬉しそうな微笑みが離れなくなった。
何故、こういうことになったのか。
それが知りたくて、中尉に助けを求めた。
けど、中尉らしいというか何というか、答えと言える答えはくれなかった。
答えはもう、出ていると。
『あとは、貴方がそれを言葉にするだけ』
『貴方と大佐の感情が交わったところが、必ずあるはずよ』
そしてそれは、中尉にではなく、アイツに言うべきだと。
中尉に対する言葉じゃないから、アイツ本人に。
そう言われて、また考えた。
大佐の今までの行動、その時の気持ち。
俺の感情の変化と、その時の気持ちを。
けど。
出てきた言葉は、答えじゃなかった。
自分で分かるくらいだから、違うという確証もあった。
でも中尉に言えば。
『言葉は一つじゃないから』
『それが貴方の見つけた言葉だったら、それがきっと正しい答えだと思うわ』
と、俺なりの答えとして受け止めてくれた。
それが後押ししてくれたってこともあって、俺はアイツを。
大佐を、真っ直ぐ見ることができた。
俺を殺そうとした事実は変わらない。
でも、俺を助けてくれた事実も変わらない。
だから素直に、言葉にできたんだ。
ありがと、って。
けどまだ、言い切れてない部分もある。
礼を言った日、大佐に言われたことについて。
好きだと、言われたことについて。
俺はまだ返事をしていない。
あの時は、嬉しいとか言った割りに。
『そんな遠くない、いつか…だけど、』
『俺も、アンタにその言葉、言えるようになるから』
って、曖昧な言葉にして、そのまんまにしてた。
だから今日は。
今日は―――。
「よ」
「鋼の」
部屋の扉が空くと同時に聞こえた声で、ロイはペンを置いて顔を上げ、声の主を見た。
「サボり癖は直ったようだな」
「その癖を付けたのは誰だっけな」
こういう風に言葉を交わせるようになったのは、互いが互いの感情を打ち明けあって以来。
隠し事がなくなったせいか、それ以前よりも親しくなったのは気のせいではない。
「まぁそんなことは置いておいてだな」
「言い出したのはそっちだろーが」
エドの言葉をさらりとかわして、本題に入る。
「報告書は?」
「持ってきたよ、ちゃんと」
ばさり、とそれなりに厚い紙の束を差し出せば、ぱらぱらと捲って確かめるロイ。
一見適当に見ているようで、実はしっかり誤字脱字を見ているから、侮れない。
「……ま、こんなものかな」
「オッケ?」
「とりあえずはな」
だがしっかり読んでみないからには何とも言えない、とも付け足して。
「二、三日滞在してくれ。その間に知らせる」
「そ、」
エドの返事は案外あっさりしていた。
「ま、大体は予想してたからな」
それを見込んで、エドはアルに宿取りを頼んだのである。
元々今までの定期報告からして、ロイからOKの返事をもらえるまで日数が掛かるということは考えの範疇だ。
「んで?とりあえず今日はこれでいいんだろ?」
「ああ、とりあえず結果を出せば宿に使いをやろう」
「頼んだぜ―――――と、」
エドは一度踵を返した体を止めて、背中越しにロイを振り返った。
「どうした?」
最低限の時間しかここに居たがらないエドの様子に、ロイは疑問を覚えて問えば。
「あ…のさ、」
切り出しにくそうな、切り出し方。
そこから言い難いことだと感じ取れるが。
「俺が部屋出てったらさ、」
窓、開けといてくんね?
「…は?」
一体何だ?
口を暫く開けていれば、エドは何でもいいだろ、と地団太を踏んで。
「とにかく、開けとけよ!じゃあな!」
そう言って扉の前まで行くと、思い出したように。
「あ、あと何が聞こえてきても絶対窓の外見るなよ?返事もすんな!いいなっ」
と、半ば強制するように言い捨てて、出て行ってしまった。
「何だ…?」
言いつつも一応言われた通りに窓を開け、窓の外は見ないよう机に向かって、窓に背を向けた。
「しかし、嵐とまではいかないが…」
相変わらず落ち着きがないな、と呟きながらペンを握った。
左手は無意識に笑いを隠すために、顔を覆った。
別に誰に見られるわけでもないが、どうにも久し振りに会ったせいか、笑いが止まらない。
こういう風に笑えることを、一度は諦めた。
他ならぬ私が、均衡を崩したのだから。
だが、君はそこで立ち止まるような奴ではないということを、私は忘れていたらしい。
君は何時だって、前に進む道を見つける。
勿論、誰の手も借りなかったわけじゃないだろう。
現に、今回のことは密かにホークアイ中尉から聞いていた。
しかし、それでも中尉は本当に手を差し伸べただけ。
掴んだのは、君自身。
決して、強くはないだろう。
男でも女でも、心の迷いを消すのは容易ではない。
だが君は、それをもプラスに変える力を持っていた。
それに気付いた時、思わず手を握り返したのを、君は気付いたと思う。
嬉しくなって笑ってしまったのを、気付いただろうね。
私が一回りも離れた少女に惚れたのは、魔が差したわけではなかったと、微笑んだことを。
そんなことを考えていると。
「ぜってーこっち見んなよ!!」
窓の外から、聞きなれた声が聞こえてきた。
がた、と思わず立ち上がったが、絶対窓の外を見るなと言われたので、机に手を付いた形で固まった。
「いいなー!聞いてろよー!」
振り向きたい気持ちを抑えて、耳を立てる。
「この前はー、言えなかったけどー、」
それから息を吸うためか、少し間があった。
そして。
「好きだぜー!」
「っ!」
「おれも、好きだからなー!!」
そう叫んだ俺は、大佐の居る窓を見れなかった。
目の前で言うよりは、こっちの方がまだマシだと思ったのが選択ミスだと思っても、後の祭り。
幸い周りに人は少ないが、それでも窓から顔を出す士官が何人か居たことだろう。
けどそれも、勘でしかない。
なんせ、地面に向かって叫んでいたんだから。
「くっそ、やっぱ恥ずかしいっつの」
がしがしと気休めに頭を掻く。
顔を上げられない。
大佐には見るなと言ったから、大丈夫だろうけど。
でも、その後のことを考えてなかった。
「これじゃ、次顔合わせらんねェや」
けど、言えたからいいかな。
今日はそれさえ言えりゃいいって思ってたから。
後のことは、また後で考えりゃいいかな。
「ま、いっか」
顔を赤くして、苦笑して。
俺は走って司令部の長い階段を駆け下りた。
「…全く…」
気が抜けて、どさっと椅子に体を沈め、額に手の甲を当てた。
「これ以上私を喜ばせてどうするんだ…」
そう言った声は、自分で言うのも難だがかなり嬉しいに違いない。
そんな上がった気を落ち着けるため、ふぅ、と息を吐いて立ち上がり、窓に近付いて、開け放たれた所から外を見た。
青い空と街並み。
そしてふと、その街並みの何処かをあの子が走っているのかと思うと。
「…君の街まで…私は、辿り着けたかな」
などという言葉が、出てきた。
「どちらにしても…」
まだ遠い位置にいるだろう。
私が君の"街"に辿り着けるのは、おそらく。
「面と向かって、さっきの言葉を言ってもらった時かな」
そう思うと、まだまだ先は長いだろうが。
「楽しみは、増えるから…」
今日のところは、良しとしようか?
END.
05/03/03
後書きもあったりするんですよ。