そんなことがあったせいで、資料を貰い忘れてしまった。
それをアルに言ったら。


『あぁ、それじゃあ仕方ないね』


と、何故か納得されてしまって。
何が仕方ないのか俺にはさっぱり分からなかった。
おそらく、アルには俺が大佐を突っぱねた理由が分かってるからなんだろうが。
それにしたって、何で自分自身よりアルの方が俺のことを分かるのか、不思議で仕方ない。
まぁそれは置いておいて。
また暫く絶対顔を合わせられないと思った俺は、アルにその旨を伝えようとしたとき、俺よりも早く。


『だから、もう一回行って来なよね』


さらりとそんなことを言われ、聞き返す間もなく俺は部屋を押し出された。
あんなことがあった、次の日のやりとりだった。



君の街まで 13





何で昨日と同じ状況に追い込まれなきゃならないのか。
エドの表情は納得がいかないものだった。
こんな精神不安定の状態で執務室に乗り込んだって、今度こそ罵声を浴びせてまた一人テンパって出てくのがオチだと思う。
でも昨日と違うのは。
俺の、心情。
大佐の心情を知って、俺の心情はまた変わった。
一回目は押し倒された時。
二度目は、昨日。
何が変わったのかって聞かれたら、答えられないっていう可笑しな話だけど。
それでも確かに、昨日とは違うんだ。
だからって、顔を合わせ難いことに変わりない。
今日もまた、大佐執務室のドアノブに掛けた手は下ろされた。
と。


「あら、エドワード君」


気配を感じ取れなくて、びくりと肩が跳ねた。
振り向けば。


「久し振りね、帰っていたの?」


明るい声を発しながら、ホークアイ中尉が近付いてきた。


「あー…うん、まぁ…」


微妙な笑いと曖昧な返事を返す。
元気な返事を返せる余裕なんて、今の俺にはなかった。


「大佐に用?」
「え、あ、いや、別にっ」


そう、確信を突かれる問いにも軽く嘘を付ける余裕は持っていない。
必死に振った首と腕は、その嘘の足しにすらならなかった。


「…何か、あったの?」
「……」


やっぱり鋭い、と心の中で呟く。
それ以前に、こんな不自然な否定を見れば誰だって疑いもするだろうけど。
でも中尉の問いは明らかに俺と大佐との間に、何かあったかとの意味を含んでいる。
アルとは違った、鋭さだ。
けどそれに納得しているからといって、素直に答えられるほどの人間じゃない。
言葉が、出ない。
そんな俺を見かねたのか。


「…話したくないなら、それでもいいけど…」


でも、エドワード君の笑顔が見れないのは寂しいわね。


「私の、楽しみでもあるから」


と、笑いかけてくれた。
嬉しかった。
でも、こんな優しい人に話せないなんて。
秘密は絶対に言わないと言ってくれた、困ったことがあったら力になると言ってくれた優しい人。
けど、身内のアルとは違うんだ。
だから。


(…だから、話せない―――?)


変な固定観念があると、思った。
身内じゃないから話せないなんて、それこそおかしな話じゃないか。
俺は一体、何を考えてたんだろう。
この人にこそ、話すべきなんじゃないだろうか。
同じ、女として。
女の先輩と言ったら変だけど、中尉なら。
俺自身を知る術を、教えてくれるかもしれない。
期待が、募った。


「……あの、…さ…」
「ん?」
「……相談、しても…いいかな…?」


あぁ、切り出し方ってのもあるよな、と俺は言ってから思った。
いくら切羽詰ってるからとはいえ、話せないって態度に出しまくってた奴が急に相談したいだなんて、おかしいし。
そんな変な切り出し方をしたから中尉の顔が見れなくて、少し俯いてたんだけど。


「…私で、良ければ」


そんな声が上から聞こえてきて。
顔を上げれば。
嬉しそうに笑ってる中尉が、いた。











廊下で、しかも大佐執務室の前で、なんて話せる話題ではない。
以前中尉に性別のことを話したときのように、俺たちはまた仮眠室へと場所を移し。


「相談て?」


また同じように、向かい合うような形で二段ベッドの下に互いに腰を下ろし、中尉が切り出してきた。


「…うん…」


一度言ったからには、話さなければならない。
それに少しでも自分を、大佐を、知りたかった。


「…前、俺が大佐に言われて此処に来たときのこと、覚えてる?」
「ええ、大佐とエドワード君がびしょ濡れになった時よね」
「あー、うん、そう」


苦笑したのは、中尉の言ったことが自分の言ったことよりも話の確信に近かったから。
自分がこれから話すことを、まるで分かっているかのように返してくれるのは正直有り難かった。


「…そん時さ、俺…大佐ん家、行ったじゃん?」
「そうね」
「あの時……やっぱ、ってーか何て言うか…」
「もしかして、バレたの?」


言いたくない部分は、多分。


「……ん……、実際知ってたのは、もっと前かららしかったんだけど…そんで…」
「まさか、何かされたり…」
「……、」


悟ってくれるから。
そう思って、俺は肯定を沈黙で示した。


「…そんなことがあったなんて…」


明らかに中尉の声が沈んだ。


「…大佐は次の日も変わらない様子で来てたから…何もなかったんだとばかり…」
「え?」


と、少し引っ掛かる言葉があった。


「何もなかったって…中尉、」
「…これは、あくまで私の推測だったんだけど…」


もしかしたら、大佐はもう気付いてたと思っていたの。


「え…」
「勿論確信はなかったわ」


でも私のそういう予感て当たるのよね、と中尉は苦笑した。
が、その顔は直ぐに沈んで。


「…大佐は…ああ見えても結構紳士なところがあるから…信じていたんだけど…」


そう言って一度は俯かせた顔を、上げて。


「ごめんね、気付いてあげられなくて」
「え、」
「辛かったでしょうね…」
「そんな、中尉の所為じゃ!」


そう、中尉の所為じゃない。


「悪いのは、」


大佐。
一瞬口から出そうになったその人が頭に浮かんだ。
けど、その大佐の顔は何故か辛そうなもので。
俺はその名前を言えなくて、視線を中尉から外して。


「……悪くないよ…」
「…エドワード君?」
「悪くないよ、誰も…」


そんな俺の言葉と表情が、中尉に何を与えたのかは分からないけど。


「…それは、大佐も…?」
「…、」


小さく頷けば、中尉は何故?という問いを返してきた。


「…辛そう、だったんだ」
「…ぇ…」
「辛そうな顔、してたんだよ、大佐」


何処となく切ないような、そんな顔を。


「―――昨日、大佐に会って…」


思いっきり、罵声浴びせてやろうかと思ってた。
言い分次第では、殴ってやろうかって。


「けど、大佐は全部本心だって言いやがって」


言い訳も弁解も必要ないって。


「あまつ、俺のことを…傷つけたくないとか、辛い思いさせたくないとか…矛盾、してんのにさ」


そして。
俺のことが、欲しいって。


「でも…俺、責めるに責めれなくてさ…」


押し倒された時よりも、切に危険なことはしないでくれ、そう言った時の顔が頭から離れてくれない。
その切なげな表情と、昨日の表情がかぶって。


「逆に、私のことをどう思ってるとか聞かれて…」


分からなかった。
頭がぐちゃぐちゃな時にそんなこと言われたって。
けど。


「力でねじ伏せて、無理矢理されたけど…それでも」


あれ。
何か、顔が熱くなってきた。


「アイツが、俺にとって必要なことは代わらないんだ、って…そう言ったら…」


やばい。
思い出した。


「…エドワード君?」


急に話すことをやめた俺に、中尉は立ち上がって俺の足元に膝をついて、俯いた俺を覗き込んだ。


「…どうしたの?」


それは多分、俺の顔の赤さについて言われたものだと思う。
そりゃ、どうしたと思うだろ。
話の流れからして、赤面するところじゃないんだから。


「…いや、何でも…」
「何でもなくないでしょう?顔、真っ赤よ?」
「う…」


誤魔化しが効かない。
そもそも、これは自分自身でコントロールできるものじゃないから当たり前だ。
アルに言う時もこんなんなって、言えるまで数十分も掛かった。
今回も、その二の舞になりそうな傾向が見え始めた。
かと思いきや。


「…言って、すっきりしたい?それとも、このまま苦しんでいたい?」
「え」


まさか自分で選べと言われるとは思わなくて、俺は口を丸く空けた。
アルはひたすら言えと言うばかりで、良く考えてみれば、確かにこの方が。


「私はどちらでもいいわ。けど、エドワード君は?」
「…俺…、俺…は…」


言いやすいかも。


「……抱きしめ、られた…」


そう思ったら、案外すんなり口を出るもので。
顔に集まる熱も止まったみたいだ。
と、安堵したのも束の間。


「力ずくで?」


聞かれたことは覚えていたこととは違うから。


「っ違う!」
「じゃあ、どんな風に?」
「どんな風、って…」


思いっきり否定はしたものの、どんな風にと聞かれても、比べようもないし例えようもないから答え難い。


「だったら、どう感じた?」


それでもあんまり変わらないけど。
ただ覚えているのは。


「……優し、かった…」


そしてそれが。


「…………嬉しい、とか…思った…」


そう言って中尉の方を見れば、何故か難しい顔をしていて。
中尉?と呼ぶと。


「…力ずくで何かをされたときは怖かった?」
「え、うん…」
「でも、昨日優しく抱きしめられた時は、顔を真っ赤にするくらい嬉しかったのね?」
「…ん…?……まぁ、」


色々その間にあるんだけど、要はそういうことだし、間違ってもいないから頷いた。
すると中尉の顔はまた柔らかさを取り戻して。


「だったら、もう答えは出ていると思うわよ?」
「へ?」


一体どういうことか。
唐突にそんなことを言われても。


「あとは、貴方がそれを言葉にするだけ」
「言葉…?」
「そう。あの日から、昨日までの自分を、大佐をよく思い出して」


俺は言われた通りにトレースする。


「貴方と大佐の感情が交わったところが、必ずあるはずよ」


と、中尉は俺の唇に人差し指を当てて。


「分かったとしても、それは私じゃなくて、大佐本人に言うべきね」
「何で?」


俺の問いに、中尉は笑って。


「だって、それは私に対する言葉じゃないから」


そう言った。











その日は。
まずじっくり考ること、と言われたから、それに従って俺は宿に帰った。
仮眠室を出る直前、中尉に結局何をされたの?と聞かれて、素直に押し倒されて首に跡付けられたと言ったら、中尉は。


『取り返しのつかないところまでは行ってないのね』


と安堵していた。
取り返しのつかないところが何処かはこの際置いといて。
アルに中尉に相談したと言ったら、だったら僕が言うことは何もないね、と昨日までの攻め立てようは何だったのかというくらい、あっさりと引いて。
結局俺は考えるしかなくなって。
中尉に言われた言葉の意味を、そしてその言葉を見つけるべく考えを廻らせたものの、そう簡単には見付からず。
気付けば、一週間が経とうとしていた。





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05/02/26
早く気付いてくれエド…!
進まな(爆死)


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