イーストシティに着き、いつも泊まっている宿と東方司令部への分かれ道で、言われた。
『いい?ちゃんと話し合ってきなよ?
正直僕がこういう機会を整えてあげるっていうのは不本意なんだけどね!
けど姉さんが…辛い顔のままっていう方がもっと嫌だし…。
でもこれっきりだからね!もう手伝ってやんないからね!』
姉さんの恋路なんか!
俺とは別な道を歩き始めたアルに振り返りつつ指されて叫ばれた最後の台詞には、引っ掛かりを覚えたけど。
弟にここまで言われて、ここまでしてもらって、自分が動かないわけにはいかない。
俺は勿論気が進まないまま、東方司令部へと向かった。
君の街まで 12
が。
奮い立たされたからと言って、素直に大佐執務室の扉を叩けるわけがなく。
そもそも、何故俺から会いになんていかなきゃならないのか。
アルにはちゃんと話し合って来い、とか言われたけど、何を話せっていうのか。
散々好き勝手されたのは俺の方なのに、何で俺から。
不本意だった表情が完全に嫌な表情に変わり、俺はドアノブに掛けていた手を外して。
「……先に、資料見繕ってくるか…」
と、扉に背を向けた。
軍の資料室は俺以外、大きな事件がない限り人は出入りしないらしく、来る度に埃っぽい空気が漂っている。
扉も開け閉めを頻繁に行われないせいか、ギィ、という硬い音を立てる。
(…どこらだったっけなー…)
脳の使われる部分は限られているのだから、少しでも有効に活用したい。
そんな理由から、必要な資料の内容は覚えているが、場所までは覚えてはいなかった。
時間も勿体ないしと、とりあえず目処を付けて奥から探していこうと一番奥の角を曲って、顔を上げた、瞬間。
「…っ!」
さっき、大佐執務室の扉を開けなかったこと。
その行動がいけなかったのかもしれない。
その時、ドアノブから手を退かないで開けていれば、大佐の留守を確認できて、安心できたのかもしれないのに。
「―――鋼、の?」
いや、それでもその後ここには来ていただろう。
結局、仕組まれたようにこんなところで再会する形になるなんて。
だったらせめて、心の準備くらいさせて欲しかった。
俺はあんなことをされた後、普通の顔をして会える自信なんてないんだから。
「…な、んで…ここに…」
眉をひそめ、俯き加減に言った。
表情なんて隠せる余裕なんかないから、大佐だって気付いてる。
だからか分からないが、少し間を置いて。
「―――これでも、一応錬金術師だからな」
その言葉に、顔を上げて大佐の方を見れば。
手に持っていたのは、俺が探していた伝説に関する、抜け落ちていた部分の資料だった。
大佐に俺たちがこの伝説を追っているということは一切話していない。
偶然、だと思う。
けど。
「……それ、西に伝わる、古い伝説の…資料なんだ」
「知っている」
だからそろそろ、来る頃だと思っていた。
「……っ」
こいつのことだから、おそらく定期報告を一度郵送で済ませた辺りから、俺たちを探らせていたんだろう。
いや、もしかしたらもっと前からかもしれない。
正直気配を追えるほど凄い人間じゃないから、探られていたと言われても分からない。
だからって、探らせてやっていたわけじゃない。
疑って正解、というのもまた虚しい話だけど。
「…探して、いたんだろ」
大佐は開いていたその資料を閉じて、俺に手に渡そうとしてくれた。
けど、俺の手は上がってくれなくて。
ただ体の横で、ぎゅっと拳を握っているだけ。
「…残りは、執務室にある」
気が向いた時に、取りに来ればいい。
暫く目の前に差し出されていた資料を下げて、大佐はそれを持ったまま俺の横を通り、出て行こうとした。
今はそれでいい、と思った。
こんな状態で話しても、冷静でいられる自信なんかない。
気が向いた時に、っていうのは、多分俺の話したいタイミングで来ればいいってことを言ったんだと思う。
だから、今回はその言葉に甘えようとか、思ってたのに。
「―――っ言い訳とか……しない、んだ?」
皮肉気味な声が、言葉が、勝手に出た。
自分でも驚いたけど、撤回なんてもう出来ない。
それに少なからず、本心であったから。
聞きたいと、思ってたから。
「………」
ブーツの音が止まって、俺の方を振り向いたと思う。
俺は相変わらず、さっきの格好のままだけど。
そのまま、沈黙が流れた。
大佐は言葉を捜しているんだろうか。
だからといって、俺がそれを促す言葉を持っているわけじゃない。
そんな空気が、辛い。
「……する必要が…ないからな」
「…ぇ…」
思わず俺は背中越しに振り向いた。
それは急に発せられた言葉でもあったけど、何より。
その言葉自体に驚いたからだ。
「…あの時、君にしたことを謝るつもりはないから、言い訳をする必要もない」
「…な…」
謝らない?
だから言い訳が必要ない?
一体、こいつは何考えてんだ。
「全部、本心だからだ」
君にしたことも、言ったことも、全部。
そう言った大佐の表情は、思いの他穏やかで。
俺は、大佐に向き直って呟いた。
「本…心…?」
本心て、何が。
大佐の、本心?
「…そんな、女の顔をしないでくれ」
また感情が先に走る。
と、自嘲気味に笑ったと思えば。
「……言い訳は、しない」
だから、これから言うことは全部私の本心として受け止めて欲しい。
真剣な顔になって。
「…君が女だと知っていても、人をつくったと知っても、国家資格を取らせたのは…側に置いておきたかったんだ」
初めは、道を提示するといって、君に縋ってもらいたかった。
しかし結果を見れば君はしょっちゅう旅に出て、ここに居ることは殆どないが、それでも定期報告を入れてくれるだけ、君が何処にいるかくらいは把握できる。
「軍人として…有るまじき私情かもしれないが…」
君が、君という存在が。
欲しかった。
「……国家資格を受けた時…気丈な君のことだ、他人にあんな涙を見せたのは初めてだっただろう」
「っ、」
「…だから、守りたいと思ったんだ」
傷つけたくない。
辛い思いをさせたくない。
「……そんな感情の行き着いた先が、あんなことになってしまったが…」
あれも私自身。
傷つけたくないと思った反面、抱きたいと思ったのも。
それでも君の、心が欲しいと思ったのも。
「……だから、弁解など、必要ないんだよ」
この感情が、分かるか?
「…何、何言って…」
唐突に問われた問い。
答えなんて、浮かぶわけがない。
考えることすら、出来ないんだから。
なのに。
「……私のことを、どう思っているか―――聞いても、いいかな」
更に追加されて。
俺はどうしたらいいか分かんなくなって。
「どう、って……あんなことしといて、言い訳しねェとか言って、何言ってんだかとか思ったし、」
ただとにかく、浮かんでくる言葉を吐き出した。
「側に置いときたいとか、っ守りたいとか、やっぱこいつ、何言ってんだかって…」
でも正直。
「傷つけたくないとか、辛い思いさせたくないとか、そんなことアンタに出来るワケねェのにって……あー、こんなこと聞いてんじゃねーのに……」
やっぱり。
「―――――怖い」
力でねじ伏せられたという現実があるから、意識していなくてもそれに怯えている自分がいる。
「ああいうことしたアンタと、それでもそんなこと言うアンタが、正直怖い」
けど。
今みたいに、アンタに怯えてなんていたくない。
「怖いけど…」
これがアンタの言う、答えになるのかなんて、分かんねェけど。
「…俺にはアンタの力が必要で…今までもこれからも必要で…」
だから。
「だから…俺には、アンタが必要なのは確かなんだ」
そう言うと。
何故か、心がすっきりして。
今まで溜めていた何かが一緒に外に出たのか、体全体が軽くなっていた。
そして俺の声を真剣に聞いていた大佐は、資料を側にあった机に置いてそうか、と困ったように、嬉しそうに微笑って俺に近付いてきて。
「……そうか、」
と、もう一度言って。
俺を両手で優しく。
抱きしめた。
宿の一角で、バタン!という大きな音が響いた。
その扉の部屋の主が、音を聞いて顔を出すと。
「姉さん!?」
以前見た光景を彷彿とさせるように、姉が玄関に突っ伏していた。
「な、今度はどーしたの!?」
「はぁ、はぁ、はぁ…っ」
息切れしているということは、また前の時のように走ってきたんだとアルは悟った。
しかし今度は肩に手を添えても振り払う素振りはなく。
「姉さん?」
「……」
呼んでも返事はないが。
「…あれ…」
「?」
一人で何か呟いている。
「…あれぇ…?」
「姉さん…?」
アルの、俺を呼ぶ声が遠くに聞こえる。
そりゃそうだ、俺は今それに答えてる余裕なんてねェんだから。
(何だよ、これ…!?)
顔が熱い。
走ってきたって言ったら言い訳が付くけど、息切れが治まってもこのままじゃ違うことになる。
だって確実に、治まっても熱い気がするんだ。
(何なんだよー!?)
あの後我に返った俺はいてもたってもいられなくなって、また思いっきり大佐を突き飛ばしてしまった。
走ってるうちに落ち着くと思ってた。
けど大佐に抱きしめられた腕が、温かさが、頭から離れなくて。
勿論それだけが、この顔の熱さの原因じゃない。
一番大きいのは。
その温かさが。
嬉しいと、思ってしまったこと。
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05/02/23
自覚したのかしてないのか、どっちなんですかね…。
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