「ねぇ兄さん」
「何だよ」
「やっぱりさ、どう考えても資料が足りないよね」
「……そうだな…」
「僕の記憶が正しければ、この伝説に関する資料って」
やっぱり東方司令部の資料室で見た気がするんだけど。
「……」
君の街まで 11
ウエストシティのとある図書館。
二人はある伝説を追って、一週間前からこの地に留まっていた。
三日ほどであらかた伝説については調べられたのだが、どうもここには部分部分の記録しかなく、確信を得るには情報が足りなかった。
そんな折、アルが『東方司令部でこれに似たような資料を見た気がする』と言った。
いつもならば、そうと分かれば早速、と迅速な行動を望むエドだったが、今回ばかりは何故か色々難癖をつけて誤魔化してきて。
自分の記憶力を、そして言動を疑うことなんて今までなかったのにどうして。
と、アルは不審に思っていたが、行動の決定権は全てエドにあり、エドが頷いてくれなければ何処にも行けない。
その上何故ここを動かないかという問いに対して口を割らない。
そうこうしているうちに一日経って、二日経って、そうして今に至る。
「ねぇ、僕の気のせいかな?」
「……」
不審に思っていたのはほんの少しの間だけ。
直ぐに兄が何かを隠していることに気付いていた。
先を掴める情報があるのに、何のために立ち往生しなければならないのか。
せめて教えてくれれば、無理にとは言わないのに。
逆に黙っていられると、いい加減にでも動きたくなる。
だったら、とアルは今手元にある資料を全部並べて、足りない部分を調べに東方司令部に行くか、動かない理由を吐かせるか、どちらにでも対応できるような状況を作って、エドの前に提示した。
「気のせいじゃ、ないよね?」
「……っ」
だがやはり一定して口を割ろうとしない。
穏便なアルも、流石に痺れを切らして。
「あーもう!!」
「っ!?」
声を荒げるアルに、驚くエド。
この際ここが図書館だというのがどうでもいいのか、ダン!と机を叩いて。
「司令部で何かあったんなら、そう言えばいいじゃないか!!」
「なっ!」
エドが何で分かるんだ、と言わんばかりの表情でアルを見る。
流石姉弟とでも言うのか、アルはそれを理解して。
「どうせ兄さんのことだから、誰かと気まずいことにでもなったんだろ?」
「う、」
言われた言葉は的の完全な射程圏内に入っている。
これで確実に的を射るには。
「大方、マスタング大佐ってとこじゃないの?」
「!!」
そう、その固有名詞を出せばいとも簡単に射抜くことができる。
そして射抜かれた的は。
「おまっ、何でっ、」
おろおろと焦って言葉を捜している。
ここまで言えば満足なのか、アルは気を落ち着かせて。
「…資料を手に入れないと先に進めないっていうのも勿論だけど…」
兄さん自身が動こうとしなければ、どうしようもないからね。
と、優しく言った。
「…アル…」
アルは必ず怒った後に、優しい声で言葉をくれる。
それは決して優しい言葉ではないけど、それでもアルの優しさを感じ取るには十分で。
話そうという気持ちをくれるには十分で。
「…さっきの様子だと、当たってるみたい…だね」
「…あぁ、」
そうだよ、とエドは俯き加減に呟き。
「…場所、変えるか」
流石にここはまずいからな、と苦笑しながら資料を整えて、人目が増えた図書館を後にした。
「それは当然、三ヶ月も定期報告を郵送で済ましたことに関係あるんだよね?」
宿に戻り、先に口を開いたのはアル。
しかもまたぐさっとくる一言だったりするので、逆に話すことに躊躇いが生まれる。
飴とムチを使い分けるのは上手いと思う。
誘導尋問も上手いかもしれないが、気遣いということに欠けているのが難点だ。
でもそんなのは姉弟をやっているんだから、当の昔から知っていること。
元々隠していたのは自分だし、今の状況から話さないという選択はできない。
エドはふう、と大きくため息を付いて。
「…そりゃ、な」
でなけりゃ味方の多いイーストシティに骨休めにも行かないなんて真似はしない。
それにしても。
「けど、何で原因が大佐だって分かったんだ?」
確かに定期報告をしに行かないのは、大佐が原因、それは間違いない。
定期報告をしないとすると最初に浮かんでくる原因が大佐というのも合点がいくと思う。
だからって、大佐だとも限らない。
「ホークアイ中尉やハボック少尉、とも考えられるだろ?」
話すのを先に延ばすため、という訳じゃないけど、知っておきたかった。
「中尉と少尉は最初から考えなかったよ」
「何でだ?」
「兄さんが二人と言い争うことになっても、気まずくなるとは思えないし」
中尉も少尉も、兄さんの扱いを知ってるしね。
それに二人の性格上、喧嘩別れ、なんてこともまずないと思うよ。
絶対に中尉は後味を残さない喧嘩の終わり方を知ってる。
少尉も持ち前の人の良さで、あっさり仲直りしそうだし。
「まぁ揉め事があるとしたら兄さんの性別についてだけど…それはとっくに割れてるしね、今更だろうから」
「……」
我が弟ながら、怖い特技というか何というか。
それだけ相手を分かることができるんだから、もう少し気遣って欲しいものだけど。
と、いうのは置いておいて。
「で、大佐ってわけね…」
一応、今の間に気は落ち着けた。
アルに伝わる程度には、話せると思う。
ただ。
「――――三ヶ月…いや、四ヶ月近く前かな」
大佐に、押し倒された。
「…え……えぇ!?」
ただ当のアルが、落ち着いて聞いてくれるかは別として。
簡潔に言えば案の定、表情は分からないがかなり動揺しているのは確かだ。
「いつ!?な、何で!?」
「前、北部から無理矢理東方司令部連れてかれたことがあっただろ。あの事件の時だよ」
あの事件の時、俺と大佐は泥水まみれになったというところまではアルには話していた。
けどその時はまだ動揺していて、銭湯から走って帰ってきたんだと無理な嘘をついた。
しかし真実は。
一番近かった大佐の家で風呂を借りることになって、その風呂上がりに押し倒されて必死に逃げてきたんだ、と一切誤魔化さずに話すと。
「…じゃあその時女だってばれたから…」
「いや、違う」
「え?」
「…大佐は、ずっと前から知ってたらしいぜ」
それこそ、中尉や少尉より前に。
「ま、待ってよ、」
淡々と話す俺に、アルが一時停止をかけた。
「兄さんは大佐の前でボロを出したことがあったの?」
「いや、俺の性格から脱ぎでもしなきゃ気付かないだろ」
「だったら一体何時…」
アルは考えても話が繋がらないようで、押し黙った。
実際俺もその話を聞いたら考え込むだろう。
けど、ある日の出来事を最初に置けば。
「……イシュヴァール人、殲滅戦…」
そう、俺がイシュヴァールで怪我をした時。
誰かに手当てをしてもらった、あの時を最初に置けば。
それでアルも合点がいったらしく。
「っまさかあの時応急処置をしてくれた…!?」
「そうだよ」
それが、大佐だったんだ。
俺はアルの目を見据えて言った。
「そんな、じゃあ兄さんが国家資格を取る前から…」
ついでと言っては難だが、俺が国家資格を受ける前、自分から人体錬成を行ったと告げたこと、それでも大佐は道を提示してくれたこと、俺たちの好きなように旅をさせてもらっていることを、アルに話した。
時折何で、とかどうして、とか呟く以外、アルはそれをただ黙って聞いていた。
「…大体は分かったよ」
と、理解を示してくれたが。
「けど、今の全部が姉さんを押し倒す理由にはならないよね」
「え?あー、まぁ…そうだけど…って、姉さん言うな」
「だって兄さんを押し倒した、なんて言い方変じゃないか」
「あ、そ」
この際アルの変なこだわりは置いといて。
「そりゃ、普通に考えれば押し倒す理由になんてならない」
それに俺を殺そうとした奴だし。
言うとアルは大声を上げて。
「は!?姉さんを殺す!?」
「イシュヴァールで怪我の手当てをしたのも、その怪我を負わせたのも、大佐」
「何それ!聞いてないよ!」
「今言った」
「さっきその話題だったんだからその時話せばいいだろ!全く姉さんは順を追って話してくれないから困るよ…」
「んだよ、俺のせいかよ!」
「あー、切れないでよ。話がややこしくなるから」
自分からややこしくしてきたくせに、と心の中で呟くエド。
尤も、殺されかけたと聞いて平静でいられる身内なんていないだろうけど。
「でも、殺そうとしてたんなら、近くに居たってのも納得がいくね」
「イシュヴァール人と間違って、殺そうとしたらしいけどな」
「てことは、少なくとも情がない人間兵器、ってわけでもないんだ」
「……」
そう、だから償いのつもりで手当てしてくれたんだと思う。
だからって。
綺麗だったから、とか。
危険なことはしないでくれ、とか。
俺が気絶している間、大佐に何が起こったかは検討はつかないけど。
でもその時に本当の俺を知ってしまったことだけは確かだ。
「……大佐、何か言ってた?」
「え…」
「その、押し…倒された時、とか……あと、何か、されたり…した?」
アルは言い辛そうに途切れ途切れに切り出した。
多分、普通の女だったら兄弟、しかも弟になんて言い難いんだろうけど、俺は俺で誰かに言いたかったから。
「…何か、ワケの分からないこと…言ってた…」
俺が嫌がらせかよ、って言ったら。
男が女を押し倒してすることは一つしかないんだ、とか。
「で、首に…何か、赤い跡、つけられて…」
「…!」
聞いたのは自分、自分だけど。
唯一の身内だからかどうなのか、頭に血が上っていく。
しかしここでぶち切れたら話が進まない。
アルは必死に落ち着かせて。
「…怖かった、よね…」
今の体ではそういう衝動とは無縁だけど、自分は男だからそういう衝動が分からないわけじゃない。
一概に酷いなんて言えない。
だからあの時、走って帰ってきて何かに怯えていた姉を思い出して、自分に言える精一杯の言葉を言った。
「…辛かった、よね…」
「……」
エドはその言葉を無言で肯定した。
けど。
「…けど…」
「?」
「けど…」
今まであの日のことを冷静に考えたことがなかったからか、今更になって思い出す。
「大佐の顔も、何か、辛そうだった…」
あの時の、大佐の表情を。
「姉さん…」
「いや、もう四ヶ月近くも経ってっから、確証はねぇけどな!」
明るく言っても、多分笑えてはいない。
「…でも、覚えてる…」
正直あの日は、どうしたらいいか分からなかった。
けど。
今はどうすればいいのかと、考えられる。
大佐の真意を知るには、どうすればいいのか、と。
そして今辛そうに笑う自分の真意を知るには、と。
「―――行こう、兄さん!」
黙っていたアルが勢いのある言葉を発した。
「へ?」
逆に気の抜けた言葉を俺が吐くと。
「イーストシティ、東方司令部だよ!!」
「は!?」
「足りない資料もあるし、何より姉さんは大佐に会わなきゃ分からないだろ!」
「いや、そりゃそうだけど…」
「そうと決まれば早速!」
「って今からかよ!?」
「勿論!」
アルは張り切って言うと、準備も何も出来ていないエドを小脇に抱え。
「〜〜っだー!!」
宿を後にした。
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05/02/22
…変な展開に…。
でもエド的には一歩前進?
ブラウザでお戻り下さい。