びっくりした。
「…よ、」
さっき、また明日と言って別れたはずの相手が、今自分の家の玄関の扉を開けた所に、苦笑して立っているのだから。
「エド?」
アルは呆けた表情と共に、目の前に居る人物の名前を呼んだ。
プチ家出 前編
エドが中学に入学して三ヶ月も過ぎた頃だろうか。
「でさ、そいつがさー」
「…」
エドを引き取ってからの日常となった、毎朝の朝食の時間。
二人でテーブルに向かい合わせで座って、他愛ない会話をする時間は、ロイが少し幸せを覚える時間でもあった。
最近の会話は専らエドの通う学校の話。
自分と気の合う仲間が増えたのか、小学生の頃よりも生き生きしてきた気がするなと、ロイは微笑ましく思っていた。
勿論嬉しいことではある。
人と進んで接することが少なかったエドが、こうして笑顔で友達の話をしてくれるまでに成長したのだから。
だが、流石に毎日、同じ人物の話をされるのはどうだろう。
自分の話も聞かずに、自分のことも聞かずに、学校の友達のことばかり。
引き取った当時、元気のなかったエドを笑えるようにするまで、あんなにかかったのに。
私に笑ってくれるようになるまで、あんなにかかったのに。
それが今、身も知らぬ奴なんぞに振り撒かれているのが、やはり気に食わない。
下らない嫉妬だとは分かってはいるが、エドに対しての異常かもしれない感情を認めているからには、この嫉妬も認めなければならない。
しかし認めはするものの、口には出さないと決めていた。
少しずつ積み重ねてきたそれを一度口に出してしまったら、一体どんなことになるか分からない。
もしかしたら、勢いに任せて時間も場所も考えずに襲ってしまうかもしれない。
家から出さないようにしてしまうかもしれない。
大袈裟かもしれないが、自分でも抑制できない感情であることは確かで。
だから抑制できる範囲で留めているのだが。
「…最近、その子の話ばかりだな」
ふと一言、漏らしてしまった。
まずい、そう思った時には既に遅くて。
「え、」
「…私の話は、少しも聞いてくれないのにな」
出てくる言葉はやけに冷静ではあったが、心の中では一定に流れていた血流が激しい流れを見せている。
「は?何言ってんだよ?」
呆れるエドはそれ位にしか思っていないのだろう。
だから話を続けたんだ。
「そういや俺、今日そいつん家で遊んで来っから」
帰り、遅くなる。
それがロイにとって、決定的な打撃になるとも知らずに。
「…駄目だ」
「…はぁ?」
目を閉じて眉間にしわを寄せて言うロイに、エドは納得できないという声を漏らす。
「…いいだろ別に。ちゃんと言ってんだからさ…」
勘の良いエドは、ここで切れたら引きずってでも連れて帰られる気がしたのか、出来るだけ下手に出るが。
「駄目だ。学校が終わったら直ぐに帰って来なさい」
ロイの返答に了承の言葉は出てこなくて。
流石のエドも、理不尽な物言いに少し感情が含んできて。
「何でだよ。アンタが俺の友人関係に口出しする権利なんてねーだろ」
尤もな意見。
実際ロイ自身、友達は沢山作った方がいいと言った記憶もあるのだ。
エドもそれを覚えているから、言ったのだろうが。
だが今はそんなことすら、思い出す余裕もなくて。
「何でも何も、保護者である私が、早く帰って来いと言っているんだ」
お前はいつも通り、私が帰ってくるまでに夕飯を作って待っていればいい。
そう、命令口調で言ってしまった。
それにはエドも頭にきて。
「っ命令すんな!俺はアンタの家政婦じゃねーんだかんな!!」
ダン!とテーブルを拳で叩けば、食器が一瞬浮くが。
ロイは動じず、閉じていた目を開いた。
その目は、いつものような優しいものではなく、怒りを含んだものだった。
「文句を言うのなら、門限をつけようか?どうせ部活にも入っていないんだ」
「なっ!?それとこれとは別だろーがっ!」
エドはその目に一瞬すくんでしまったが、ここまで一方的に言われては、黙っていられない。
「冗談じゃねェ!俺を独占すんのもいい加減にしろよっ!!」
過剰な愛情。
それはエドも分かってはいた。
けどその言葉を敢えて今までは口にしなかった。
幼くして両親を失った俺に、もう一度愛情をくれたのは、他ならぬこの人だったから。
正直、嬉しかったから。
でもそれは、今まである程度俺を自由にさせてくれていたからで。
こんな風に命令されて、拘束されるのは、嫌だ。
「おかしいぜ、今日のテメーは!!」
ロイもそれを分かっててくれたと思ったのに。
何で急に、こんな。
「何とでも言えばいい」
私とて、完全に自分を分かっているわけではない。
こんな感情、君に出会うまで知らなかったのだから。
「口答えをするなら、今日は学校になど行かせない」
何とでも言えばいい。
君を、独占できるならそれでいい。
今はそれだけでいい。
「〜〜っあー、そーかよっ!」
何も分かってくれないロイに、エドの怒りも頂点に達したのか。
「分かったよっ!そいつんトコには行かねーよ!行かなきゃいいんだろっ!」
立ち上がって怒鳴りながら言うエド。
何か引っ掛かりがあったが、それにロイは満足したのか笑って。
「物分りが良くて助かるよ」
「そん代わり、今日俺帰んねーからなっ!」
「なっ、」
脇を通って、ソファに投げてあった鞄を取りながら言われ。
その言葉を疑うように目を見開いてエドの方を振り返ると。
「じゃーなっ!」
と、べーと舌を出してリビングを出て行ってしまった。
「な、待ちなさい、エド!!」
残されたロイは、追いかけた腕を出したまま固まる。
やがてその腕は重力に従って落ち、脱力して。
「…………何てコトを」
言ってしまったのだろうか。
良い大人がこんなあからさまに嫉妬して、と今日の自分の言動を後悔したが。
そんな自分の感情を知っていて、分かろうとしないエドも悪いんだと同時に思い。
「…難しいな、」
独占できるだけでいいなんて、それだけで良いわけがないのに。
エドの心が、欲しいのに。
そう、ため息をついた。
「…って、訳で…」
「それで、僕のところ来たってわけだ」
机の椅子に座るアルに、エドはベッドに腰掛けて申し訳なく謝る。
掻い摘んであらすじを話すと、アルは呆れてため息をついた。
「明らかに売り言葉に買い言葉…」
「なー頼むよ、今日だけでいいからさ、泊めてくんねー?」
ぱん、と両手を合わせて頭を下げられては、エドに少なからずの好意があるアルには断れないだろう。
それにアルの両親も、エドを気に入っているのだ。
これで追い返したりなんかしたら、折角泊まるって言ってんのに何で帰したんだ、と両親の方から拳が飛んで叱られるに決まっている。
「別にそれは構わないけど…」
「ホントか!」
了承の意を示すと、ぱっと明るい表情を向けてくる。
「ありがとなーアル!」
「…ホント、僕も弱いね」
この笑顔に。
そう、喜んでいるエドには聞こえないように呟いた。
「なー、次これどっち?」
「次は…右かな」
「うわ!急に敵出てきたぞ!?」
「ふふ、そいつ強いから頑張りなよー」
「てめー、それ先言えよな!」
案の定、エドはアルの両親に歓迎され、夕飯を馳走になった後、二人はアルの自室でゲームをして盛り上がっていた。
今日は金曜日で明日は休みで。
宿題もないし何をしようかと考え、夜通しでゲームでもしようと決めたのはアルだった。
「ぎゃー!やべ、やべーって!死ぬよこれ!」
「大袈裟だなー、エドは」
「どこがだ!今にも死にそうじゃねーか!」
不謹慎かもしれないが、アルはこうしてエドが泊まりに来てくれたのが嬉しかった。
いつも夕飯をつくらないと、と早々と帰ってしまうエドとは、一番仲が良いとは言っても、学校帰りに満足に遊んで帰ったことすらない。
それもこれも原因は義兄にある。
あの義兄には以前の電話の時といい、何かと問題があるのではと思っていたが、やはりと言うべきか、遠くないうちにこんなことになるような気がしていた。
普段ずっと独占されている分、今日位はいいだろ、とアルは少し悦に浸る。
こうして、夜通しで遊べることなんて今後はないかもしれないのだから。
攻略本に目を落としながら、心の中で呟いていると。
コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。
「あれ、何だろ」
「うわー!うわー!」
「はい」
一人RPGで格闘しているエドをほおって、アルは立ち上がり、ドアノブを回して扉を開けると。
「失礼するよ」
「っと、」
扉を全部開けるより先に、男の足が部屋に入り、するりと入れた体が扉を押し開き。
その反動でアルはよろりとよろけつつ、あぁもう終わりか、と思った。
エドは扉に背を向けてゲームに熱中していた所為か、入ってきたことに気付かなかったが。
「エド」
「っ!」
呼ばれた名前の声で直ぐに悟って、コントローラーを落とし。
互いに暫く沈黙を続けた。
その空気にアルは耐えられなかったが、第三者が口出しすることではないので、何とか持ち堪える。
「…何で、分かったんだよ」
「…君が行くといえば、此処くらいしかないと思ったからね」
エドの声はまだ怒りを含んでいたが、ロイの声にはもう怒りなど感じられなかった。
どちらかというと、申し訳なさそうな。
「…何で、来んだよ」
「それは…」
それに折れて、エドも少し優しく言えば。
相手は少し口篭り。
「何で」
もう一度聞けば。
「―――悪かった…」
ごめん。
酷いことを言った。
「……すまなかった…本当に…」
もう一度、そう言われて。
振り向かなくても分かる。
頭を下げてるんだってことくらい。
本気で、謝ってんだってくらい。
「……エド…」
「…」
「…エド、」
「…」
「…帰ろう、エド」
「…」
「エド」
「――…、」
だから、頷いた。
絶対許さねェ、って、家出た時は思ったけど、やっぱ、喧嘩したままって辛いから。
俺もごめんて、思ったから。
続→
04/11/27
続いてしまいます(爆)
大丈夫!次はして頂きますから!(死)
つか色んな意味で凄いの一言です、ロイさん(笑)
それにしても…タイトル…(笑)
ブラウザでお戻りください。