ヒバリがツナにちょっかい出してることは知ってる。
ツナに聞いたら。


「うん、何でだろうね、」


と苦笑して濁すだけ。
でもオレは知ってる。

いつだったか、ヒバリに頭撫でられて微笑っていたことを。
ヒバリの前で、そうやって時々微笑うことを。

それはオレの前で見せるような笑顔とは違っていて。
酷く、イラついた。





chime







「ごめん山本!待たせちゃって、」


担任に野暮用を頼まれ教務室に行っていた綱吉が、走って教室に戻ってきた。
教室には既に山本と綱吉の姿以外なく、皆次の授業がある移動教室先へ向かっていた。


「いや、気にすんなよ。オレが好きで待ってただけだから」
「ん、ありがと」


急いで机の中から教科書を探り出している綱吉に、山本はいつものように軽く笑って答えると、少し申し訳なさそうな笑顔で礼を返された。


(…そういう笑顔は、見たことある)


ふと、山本は先日の一件を思い出した。
笑顔は、見慣れているはずだった。
満面の笑み、困った笑顔、今みたいな少し申し訳なさそうな笑顔とか。
笑顔って、大体それくらいに分類されるんじゃないかと思っていた。
けど、この前雲雀に見せていた笑顔。
あれはなんていう笑顔なんだろう。
あんな遠くからじゃよく分からないし、それ以前に山本には分からなかった。
だって、見せてもらったことがないんだ。


「んじゃ行くか」
「うん」


山本の掛け声に、二人は教室を出た。


「あれ、そういえば獄寺くんは?」
「あー、アイツはサボりだってよ。昨日花火がどうこうって、寝てねェんだってさ」
「そうなんだ。いいなぁ〜サボっても怒られない対象の人は…」


獄寺は学年の中でも上位の成績を維持しているため、サボっても教師もそれほどきつくは叱りはしない。
尤も叱ったところで獄寺の態度に萎縮してしまう教師が殆どということもあったが。
そんな獄寺でも、綱吉の中では勉強が出来るイコール小さな憧れの対象であるらしく、獄寺が居ない時、時々そんな言葉を漏らす。
勿論妬んでいるわけではなく、ただ羨ましがるだけだ。
そんな綱吉に、山本は特に何も感じはしなかった。


(…だって、笑顔は変わんねェし、な)


変な基準だ、と山本自身感じていた。
獄寺と自分に見せる笑顔は変わらない。
常に傍に居るわけではないから、違う笑顔を見せている可能性もなくはない。
だが獄寺の性格を考えると、そんな笑顔を見せられた暁には、嬉しさから何かと自慢してくると踏んでいたからだ。
今のところそういうことはないし、獄寺の態度にも別に変わりはない。
それが山本に少しの安堵をもたらしていた。
その安堵に浸った時、ふと手に持っていた授業の一式を見て気付いた。


「…やべ、ノート忘れた」
「あ、教室戻る?」
「ああ、ツナは先行っててくれ」
「ううん、ここで待ってるよ。まだ時間あるし、さっき待っててもらったし」


そう言うと綱吉はにっこりと笑って、山本の持っていた教科書類に持ってるよ、と言って手を伸ばしてきた。
山本も遠慮せず、綱吉に渡す。


(ああ、これも見たことのある笑顔だ)


でも見たことのある笑顔の中でも一番好きな顔だ。
凄く温かい感じになる。
そんな余韻に浸りつつ。


「そうか?じゃあ悪い、ちょっと行ってくるわ」


その笑顔に甘え、肩越しにそう声を掛けて歩いて来た廊下を走りだした。


(…こだわり過ぎ、かもな)


廊下を走りながら思った。
この間、あんなところを目撃したから躍起になっているのかもしれないと。
よく考えれば、見せてくれたことのない顔なんて沢山あるだろう。
そう思えば何だか自分がこだわっていたことが馬鹿らしく思え、思わず自嘲じみた笑いが零れた。
それを綱吉から見える位置、廊下の角を出るまでに抑え、一息吐いて廊下を曲がったとき。


―――、」


思わず息を呑んだ。
綱吉しか居ないはずのそこに、雲雀が居たからだ。
それも、綱吉との距離を詰めて。


「あ、の。ヒバリ、さん?」


綱吉の困惑した声が聞こえた。
雲雀は何も言わない。
二人は山本に気付いていないため、その場から動こうか動くまいか、考えあぐねていると。


――っ」


雲雀が、更に距離を詰めた。
綱吉は既に窓際に追い詰められていて、これ以上下がることが出来ないことを利用して、雲雀は距離を詰めたのだ。
逃がさないために。
抗うことが出来ないように。


―――綱吉」


その声。
微かにだけど聞こえたその声。
その声で、これから目の前で何が起きるのか、分かりたくなかったが分かってしまった。
それを見たくなかったし、それをさせる訳にはいかない。
頭が考えるより先に、山本は綱吉を呼んでいた。


―――ツナっ」


山本の声に反応して、雲雀は動きを止めて声の主を横目で睨んだ。
綱吉は少し驚いた様子で山本をたどたどしく呼んだ。


「っ、山、もと…」


その反応は微妙で、よく分からなかった。
安堵しているようにも取れるし、何処か。


(…いや、まさか、な)


一回だけ首を振って、浮かんだ予想を振り切った。
そんな自分の思考に没頭してしまったらしく、雲雀が近くまで来ていたことに気付くのが遅れた。
はっと顔を上げた時には既に雲雀は山本に並んでいて。


「…次は、噛み殺すよ」


視線は前を見たまま一切動かさず、山本にだけ聞こえる、低い声でその一言だけ言うと去って行った。
何も聞き返すことはない。
その言葉だけで、雲雀の感情と想いが伺えたからだ。
邪魔をしたという自覚は勿論ある。
そして今の言葉は牽制されたのだということも。
だから何も言わなかった。
その一言に含まれた、小さな勝負の火種は自分が点けたのだから。
多分それは、自分の中でくすぶっていたものの、ある種の答えなのかもしれない。


「…ツナ」


名を呼んで近付き、二の腕を掴んだ。
ただ、掴んだという意識はなかった。


「…ぅ、わ…びっくりした…」


そう言うと綱吉は大きく息を吐いて、張っていた気を抜いて窓際に寄り掛かった。


「何か、されたか?」


されそうになったかと聞かなかったのは、その部分を知っていたからだ。
自分が見ていなかったところで、何かされなかったかと思って聞いた。


「ううん。ただ、ヒバリさんがいきなり顔、近づけてきたから…少し、驚いただけ」


そして大丈夫だよ、と後付けた。
その時、悟ってしまった。
悟りたくなかった。
綱吉が、雲雀を思って言ったその言葉と共に、あの表情があったこと。
以前雲雀に頭を撫でられていた時と、同じ笑み。
微笑、だった。


「…そ、か」
「うん」


それは自分に向けられたものじゃないと直ぐに分かった。
ああ、そうか。
あの時もそうだったのか。
その微笑みは自分にくれたものじゃないから。
だからこんなにも。
苦しいのか。


「…山本?」
「…うん?」


綱吉に名を呼ばれても、山本は何処か上の空で。


「あのさ、手…」
「て?」
「うん、そろそろ行かないと。授業始まるし」
「…あぁ、そっか」


いい加減行かないとか、と納得したところで体は直ぐには動かない。
さっきの衝撃が尾を引いているからだ。


「うん、だから離してくれないと、歩けない…」
「え…」


綱吉が腕を少し動かしたらしく、自分の手を通じて伝わってきた。
そこで初めて、自分が綱吉の左腕を掴んでいることに気付いた。


「あ、そっか、そうだよな」


ごめん、と言って腕を離そうとした。
けど。


「…山本…?」


何でかもう、分かんねェや。
この手、離したくないんだよな。


「…ツナ」


なぁツナ。
この苦しさって、何なんだ?
もう少しお前に近付けば、分かるんかな。


「山、も―――


掴んでいる自分の腕に少し力を込めて、綱吉の腕を手前に引いた。
顔を、近付けた。
さっきの雲雀と同じように。
だが、違った。


―――っ、」


綱吉の反応が違った。
雲雀の時は迫られても微動だにしなかったくせに。


「…オレの時は、避けるんだな」


あからさまに、顔を下に逸らされた。
怒ってはいない。
ただその反応の違いに苛立ちが募って、声が低くなってしまったらしく、綱吉はびくりと肩を揺らした。


「ヒバリの時は、避けなかったよな、」


避けようとしなかったよな。
そうなると、お前の反応も意味が変わってくるんだよ、ツナ。


「…ツナを呼んで、オレに気付いた時。ツナはさ、オレの声で安心したんじゃないんだよな」
「…ぇ…」


雲雀を制止するために山本が綱吉を呼んだ時、綱吉は山本の顔を見て安堵した顔を見せた。
同時に、そこに違和感を感じた。
上手い言い方が見つからないが、はっきり言えば残念がっているような、そんな感覚を。
そう考えると合点が行く。
綱吉が避けなかったことに対して。


「ヒバリに流されそうになったけど、オレが入ったことで気付いたんだろ。流される怖さに」
「…っ…、」


綱吉の表情は見えない。
だが、山本の声に。
山本に怯え始めているのは確かだ。


(…何でこんな時ばっか、頭の回転が速いんだろうな、オレ)


直ぐにこんなこと、止めてやれればいいのに。
何てな!とか言って、笑って止めてやれれば。


(でもそしたら、また元の関係に戻るんだろうな…)


毎日下らないことで笑って。
同じ笑顔を見て。
また、あの笑顔を見られない日々を送るんだ。


「…ツナ…」


耳元に口を寄せて、名を呼んだ。


「…泣くなよ、ツナ」
「…っ、…」


分かってるよ。
お前が、アイツを好きなこと。
そしてそのことに、今気付いたってこと。
だから言えないんだよな、オレには。


「…泣くなよ―――


オレの気持ちも知った、今は。


「…っ、――っ」


綱吉は俯いたまま、肩を震わせて声を立てずに泣いていた。


どうしようもなく愛しくなったその小さな背中に、山本は触れた。
そしてやんわりと抱いた体は、山本を拒みはしなかった。


それだけが、今の唯一の救いだったのかもしれない。











ふと、授業開始を告げるチャイムが鳴った。


―――渡さないぜ、ヒバリ…)


開始を告げる、音が。














07/05/31
何が書きたいのか全く不明な話になりましたが(爆)
兎に角山本と雲雀の勝負が始まった模様です(苦肉の言い訳)
いや、雲雀の出演予定は全くなかったんだけどもどうしてだろう…。
涼ちゃんを思うあまり、ということで(爆)どぞ、貰って下さい…!
何はともあれ初山ツナですた。

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