オレにとって、貴方が全てでした。
貴方の傍に居ることが全てでした。
貴方の右腕として、傍に居ることが全てでした。
貴方の笑顔を傍で見られることが、全てでした。


それは全て。
過去のこと。





La perdita







「十代目、お昼行きましょう!」
「あ、うん。山本ー、お昼行こう」


獄寺が声を掛けると、綱吉はパッと顔を上げて返事を返した。
が、直ぐに山本の方を向いて同じ言葉を掛け、おー!と山本の元気な声が返ってくる。
毎日、昼はこの繰り返しだ。
獄寺から綱吉へ、綱吉から山本へ声を掛ける。
三人がつるむようになってから、この昼の伝令のようなものが欠けたことはない。
これが欠けたのは誰かが怪我をして学校に居なかった時だけで、三人が学校に居る時は必ず、この伝令が行われた。
そしてこれは、獄寺の本意ではなかったが、ずっと続いていくものだと思っていた。


当たり前のことが。
ずっと。

















それは、別にこれと言って何かあった日でもなかった。
ごく普通の、日常だった。
だから獄寺も、いつものように綱吉に声を掛けたのだ。


「十代目!今日の昼は何処で、」
「ワリ、ちょっといいか」


が、獄寺から綱吉への声は阻まれる。
それは綱吉から伝わるはずの、山本に。


「ツナ、いいか?」
「え、オレ?」


山本が最初に声を掛けたのは獄寺にだったが、用があったのは綱吉の方。
綱吉に改めて声を掛けると、自分で自分を指して山本に聞き返す。
聞き返されると、山本はあぁ、と頷き、ちょっと外行こうぜ、と綱吉を誘った。


(何だぁ…?)


おそらく獄寺には聞かれたくないことなのだろう、山本は終始笑顔だったが、それはいつものへらへらしたものではなかった。
何が違うのかと聞かれれば困るが、だが確かに何かが違うという、ごく僅かな違和感だった。
そんな山本を綱吉がどう思ったかは知らないが、綱吉は何を聞くこともなく了承の返事をした。
山本の違和感と自分だけが外された疎外感に、獄寺はいつも以上に眉間にしわを寄せて山本を睨んだが、山本は変わらず笑みを浮かべたまま。


「ワリ、獄寺。先屋上行っててくんね?」


そう、返したのだ。











違和感のある笑みで先に行っててくれと言われたところで、誰がそれに大人しく従うのか。
二人に獄寺は気付かれない程度の距離を空け、二人を追った。

着いた先は、昼休みは人気のない理科実験室の中だった。
二人は教室に入り、扉を閉めた。
獄寺は中から漏れる会話を、扉の横の壁に背を預け、息を潜めて耳で拾い始める。


『わりぃな、急に』
『ううん。でも、獄寺君に言えないってことだけ、気になるかな』


綱吉の苦笑した声が聞こえる。
談笑はいい。
本題は。


『…ツナさ、』
『うん?』
『オレのこと、どう思ってる?』
『へ?』

「…っ!」


綱吉は素っ頓狂な声を出したが、獄寺は思わず怒気を混ぜた声を上げそうになり、ぐっと飲み込んだ。
獄寺は分かってしまったのだ。
山本がこれから言うことを。


『どう、って…』
『正直にさ、言ってみてくんね?』
『正直に?うーん…』


綱吉はおそらく気付いてはいないが、獄寺は。


『そうだな、…いつも自分をしっかり持ってて、凄いなって思う。それに強いから凄く頼りになるし、何か普通に、カッコイイし。…うん、好きだよ、オレ」


誰よりも綱吉を見ていた、慕っていた、想っていた獄寺は。


『……オレも、好きだよ』
『え?』
『ツナのことが、凄く』
『…山本…?』


気付いてしまった。
山本の本気の声で。
今度こそ、貴方も。


―――っ)














それ以上あの場所に居ることが出来ず、獄寺は全速で屋上まで駆け上がってきた。
息が切れて、肩が弾む。
もう少し体力をつけなければと思ったのは一瞬。
すぐにさっきの情景が頭に浮かぶ。
見ても、いないのに。


「…くそっ、」


頭を振って想像の情景を追い出そうとしていると、後ろの扉が開いた。
振り向くと、綱吉が居た。
山本は居ない。
一人で。


「…十代目、」
「遅くなってごめんね」


苦笑いを浮かべて謝る綱吉に、先ほどのやり取りの名残は見られない。
何も、なかったのだろうか。
そんな希望を込めて、山本はどうしたんスか、と名前を出すと。


「…っ、山、本…は、ね。うん、ちょっと、先行っててって、」


あ。
目を逸らした。


「…そっすか」


希望は浅はかなものだったらしい。
確実に、何かあった。
明らかに分かる。
それだけ、頬を赤くされれば。


―――十代目」
「ん?」


ああ。
きっと今笑えていない。
だってそれだけ、赤くなるってことは。


「十代目は、山本が好きなんですか?」
「えっ、」


貴方も、アイツのことが好きなんですね。


「や、やだな!ご、獄寺君、何言って、」
「すいません、聞いてました…途中まで」
「ぁ…、」


綱吉は一度上げた視線を、再び下に落とした。
そうして、少しの間の後。


「…聞いてたって、何処まで…」


先に口を開いたのは、綱吉。


―――山本が、十代目に伝えたとこ…までです」
「……そ、か」


空気が、重い。
どうして。
十代目と二人きりなのに、どうして。


(…ああ―――そうか)


―――オレ、十代目が好きです」
「え…」
「十代目は、オレのこと、どう思っていますか?」


違うのか。


「ど、どうって…好き…だよ、オレも、もちろん」
「それは、山本と同じ意味で、ですか?」
「っ、」


自分と山本では。
貴方の相手を想う、気持ちが。


「…言葉を詰らせるってことは、違うんですね」
「…獄寺君…」


悲しい顔、しないで下さい。
タダでさえ自分の心は悲愴しているのに。
もっと、悲しくなる。


「オレ、十代目が好きです」


本当に。
誰にも負けないくらい。


「アイツなんかより、ずっと…っ」


詰った語尾に、ありったけの想いを込めた。
貴方に少しでも伝わるようにと。


―――ご、めん…」


でも。
貴方は、それを受け取ってはくれないんですね。


「ごめ、」
「謝らないで下さい」
「獄寺、く…」
「謝らないで、ください…」


言いながら獄寺は綱吉の右手を両手で包み、それを自分の額へあてた。

















オレにとって、貴方が全てでした。
貴方の傍に居ることが全てでした。
貴方の右腕として、傍に居ることが全てでした。
貴方の笑顔を傍で見られることが、全てでした。





それはずっと続くと思っていたのに。
貴方はそれを全て、断ち切ってしまうんですね。





貴方の想いが誰かに向いているのを傍で見ているなんて耐えられない。
貴方の笑顔が誰かのものになってしまうなんて耐えられない。





だからオレはもう。
貴方の傍には。
貴方の右腕では在れない。








でも、不思議です。
涙は。
出ないんですよ――――











07/08/09
何を思ったか山ツナ←獄、しかも悲恋。
元々は青木に獄ツナを書こうと思ったのが、獄だったら悲恋でもいける!という方向に折れ、こうなりました(笑)
タイトルは「喪失」を伊語で。獄にとっては失恋では済まないと思って☆←
さぁ青木よ、どーぞ貰って下さいwwww

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