霧の守護者の気配を確かに感じ取った日。
その日は色々あって、床に付くのが日付を越えてしまった。
きっと明日も朝早く起こされるからあんまり眠れないな。


(あいつ、は…どうしただろう…――


そんなことを考えて眠りに着いた。


それでも、夢を見た。
それはあまりにも現実味のない――尤も夢は現実ではない――夢。


幻想のような、夢だった。





逢えない夜を越えて







綱吉は眠りに着いたベッドとは違う、簡易な飾りの付いたベッドで目を覚ました。
上半身を起こし周りを見渡せば、此処は綺麗な湖のほとり。
地に足を着ければ、足元には余すところなく幻想的な花が咲き誇っている。
所々には薄く、霧が掛かっていた。


「…此処は…」


視覚的に此処は夢の中だと知り、感覚的にコレは誰かが作り出した景色だと知る。


――――、」


綱吉はその誰かの名を、迷うことなく小さく口にした。
ふ、と少し先に在った霧が濃くなったかと思うと、人の形を形成して。


――――お久しぶり、ですね」


見知った姿を作り出し、それは綱吉に言葉を発した。


「……そう、だね…」


少し目を細め、懐かしむように言葉を返した。
相手もまた、綱吉を懐かしむ目で見ている。


「…久しぶり…」


相手の姿を見たのは、リング争奪戦の時以来だった。
それが数週間前のことだとは思えないくらい、何故かとても懐かしいのは何故だろうか。
だからか、それ以上言葉が続かなかった。
何を話し掛けていいのか分からないのだ。
それを見越した訳ではないだろうが、相手が視線を少しも揺らさぬまま、ぽつりと呟いた。


「…懐かしい、姿だ」
「え…」
「……貴方のその姿は、本当に懐かしい…」


懐かしく慈しむ視線と、瞳。
六道輪廻より司った禍々しいと感じる右目ですら、今はそんな雰囲気を持っている。
そんな瞳は知らない。
そんな表情をする奴を、綱吉は知らない。


「お前、本当に…?」
「ええ、僕ですよ?」
「そんな、だって…」


姿は確かにお前だ。
けれど感じる雰囲気は、何処となく落ち着きと気品を持っている。


「…まさか、」


考えられることは1つ。
此処は10年後の世界。


「10年後、の…」
「ええ、」


名を呼ぶよりも早く、相手が肯定を返した。


「貴方には10年前の姿で見えているでしょうね、今の僕を知らないのですから」


それで姿と雰囲気にギャップを感じたのだ。
体は10年前で、精神は10年後。
不思議な感覚だ。


「……変なの」
「そうですね」


不貞腐れるように小さく吐いた綱吉の言葉聞き取って、相手は苦笑を返した。
そんな声色も何処となく優しいもので、何だか慣れない。


(人は、変わるんだ…)


10年間で人は変わるものだと、ひしひしと感じる。
変わらないことは、ないのだろうか。


「…なぁ」
「何ですか?」


いつの間にか視線を外した綱吉が、相手に問う。


「お前は、どうして来たんだ?」


確かに今日、お前の気配を感じたよ。
ああ、お前はこの世界にも居たんだ、って。
でもどうして夢の中に。


「…呼んだ、でしょう?」


思いも寄らぬ言葉に、綱吉は顔を上げて見た。
緋と蒼の、相反した色を持つ瞳を。


「…呼んだ、訳じゃ…」


気配を感じて、お前のことを考えていたのは確かだよ。
お前のことを考えて、眠りに着いたのも否定しない。


「ただ、どうしたんだろう、って…」
「それが、僕に聞こえたんでしょうね」
「…どんな聴力してんだよ、」


人外的な力を疑った眼差しで相手に言えば。


「心中の声は聴力とは関係ありません。要はどれだけ相手とシンクロしているか、ですよ」


と、さらっと人外的な力を主張して返されてしまった。
そんな馬鹿な、と言いたくなるほど後味が悪い発言だが、こいつならやってのけてしまうんだろうと思った。


「…変な奴」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」


皮肉も、相手が相手なら意味を成さない。
それ以降、綱吉は黙っていたが。


―――なぁ」


一つ、聞きたいことが出来た。


「お前は、10年後もお前のまま、かな」
「…はい?」


意味の分からない質問をしてしまった。


「お前は、10年後も、10年前と変わってないの、かな…」


だから少し分かり易く言ったつもりだったが、結局は定義が曖昧だ。
でも、この聞き方以外の聞き方が今は出てこない。


――…そう、ですね…」


一度は聞き返して来たが、二度目の質問で理解をしてくれたのか、答えてくれるような流れを作ったかと思うと。


「…貴方は、変わっていませんよ」
「…は?」


的を得ていない答えを返された。
怪訝な顔をしてしまうのも道理だろう。
と、そんな顔を見た上で、相手は緩やかに微笑って。


「…だからきっと、僕も変わっていないんでしょうね」


更に返された答えも、分からないものだった。


「…どういう、」
「ああ、そろそろ失礼しないと」
「え」


聞き返そうとすると制され、相手は背中を向けて去ろうとする。


「ちょ、待、」


引き止めようと、綱吉は服の裾を掴んだが、直ぐにするりと抜けた。
が、先に行くことはせず足を止め振り返り、綱吉を見た。


「すみません、とても大事な仕事があるので」


未来の貴方から頼まれた、ね。


「ぇ…オ、レ…?」


意味深な言葉だったが、未来の自分が言ったのなら、聞かない限り知るよしもない。
でも。


(お前は、10年後も―――


そこまで心中で言って、言葉を止めた。
聞かれていたら、少し。
恥ずかしいと、思ったから。


「そしてあと。最後に一つ」


言いながら、相手は綱吉の瞼を、片方だけだが閉じさせるように親指を滑らせ。


「シンクロしていなければ、僕は相手の声を聴けません。だから、きっと僕は変わっていない」


10年前の貴方とシンクロ出来るのだから、きっと。


「…きっと、貴方と僕は…―――


(あ―――


言葉の最後は聞き取れないまま、視界は白く変わり。

















綱吉は本当に、現実世界で目を覚ました。
尤もこの10年後という世界が、現実かどうかも今だ分からないままだったが。


―――…骸」


体を起こし、綱吉は名を呼んだ。
夢の中で、たった一度だけ呼んだ、相手の名を。


「骸」


返事はなく、言葉は室内に消えた。


(…結局、変わってない、のか)


今自分が此処に居ること。
10年前の自分と、10年後の自分。
そして、骸が骸であるということ。


(でも、多分、嘘)


変わらない人なんていない。
変わらないものなんてない。
けど、嬉しかった。
嘘でも、そう言ってくれたことが。
もしかしたら、変わってないと思わせてくれたことが。


(…お前は、オレが変わっていたら…変わっていたの、かな)


答えのない問い。
答えは自分には分からない。


しかしこの逢瀬は一体何だったのか。
何も分からないままだった。
いや。
1つ、だけ。


「お前は、10年後も…」


オレの傍に、居てくれてる。


今度はちゃんと届くように。
心の中でしっかりと、伝えた。











07/10/22
本誌を読んで、二人はやっぱり会わないんだろうなぁと思い、
せめて夢の中だけでも!と思いついたものです。
ところでこれはラブなのか…?(爆)
まぁ二人とも、10年後は変わってないんだろうな、ってことで。
で、話のイメージは…アレです、ED3。

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