「十代目、本気ですか……」
「うん」


「ツナがそう言うんなら、俺らはそれに従うだけだ」
「ありがとう」


貴方が、柔らかな笑みを浮かべ。
一度、目を閉じて。
再び開けた時。


―――壊そう。ボンゴレリングを」


揺るぎない決意が、あった。





proof







「僕は納得いきません」


ボンゴレボスである綱吉の部屋の扉を開くと同時に、霧の守護者である骸は言った。


「骸…」


書類に目を通し、際していた手を止め、綱吉は骸を呼んだ。
その声はどうしたんだという驚きが少し込められている。


「他の奴がどう言おうと別に構いませんけどね」


骸は綱吉の呼び声には答えず、机の前まで歩くと目の前で腕を組んで見下げ、言った。


「でも僕は納得いかない」
「納得って、」


骸の言葉に綱吉は苦笑して視線を逸らした。
その行動がやけに目に付き、綱吉が書いていた書類にバン!と手を置いて。


「納得が行くように、説明してもらえませんか」


低い声で再び見下げると、先ほど以上に綱吉の顔は驚いている。
骸は普段、主に他のマフィアたちとの会合において、重要な話でも軽く語る傾向があった。
それは自分の本心を悟られないため、本心からの行動を予測させないためだ。
そんな軽い語り口調は元々の癖でもあるのだろう、綱吉たちや守護者と話す時もそれは実行されていた。
だから綱吉も今まで本心らしい本心は見たことがなかった。
この、瞬間まで。
それが綱吉が、驚いている理由だった。

骸はおそらく無意識なのだろう、と綱吉は直感で感じた。
つまりこの件は骸にとって、笑いながら軽く話せることではないということだ。
顔を、上げられない。
少し、怖くいんだ。


「…えーっと、説明って?」


普段掴めない性格なだけに、本心を剥き出しにして迫られるのが。
どうしても素直に受け入れられなくて、綱吉ははぐらかす言葉を苦笑とともに白々しく口にしたのだが。


「とぼけたって無駄ですよ。貴方は隠せない人ですからね」


何の為に会合の重要な場面で守護者が喋ってると思ってるんですか、と追い討ちをかける一言。
綱吉自身でもある程度は自覚していることだが、はっきり言われるとやっぱり落ち込んでしまう。
が、今はそんな暇はない。


「…説明、して下さい」


真剣な骸の声が頭上から降り注ぐ。
顔を上げないわけにはいかなかった。


「…説明、必要なの?」


――リングを、壊すことについて。


「……」


いざ聞くとなると怖いのか。
それとも、本当は分かっているのか。
後者であってほしい、と綱吉は思った。


「…分かって、くれてるって思ってるんだけどな。…特に、お前には」
「…僕…?」


少し俯いた綱吉の寂しげな顔に、骸は少し困惑した返事を返した。
しかしその顔も一瞬で、ぱっと顔を上げると。


「ていうか、何で嫌なの?」
「……、」


その唐突な言葉に、骸は初めて視線を逸らし、何処か罰が悪そうに黙った。
他のマフィアの前では決してこういう態度は取らないが、綱吉の前でこの態度を取る時は、骸の本心が滲み出ている時だった。
骸は説明しろ、と言っては来たが、決して嫌とは言わなかった。
だがこの部屋に入ってきた時から大体は分かっていた。
骸が、ボンゴレリングを壊すことに反対だって。
だがこれが綱吉の中での疑問を生んだ。


「どうして?お前、物に執着とかしないのに…」
「…そうですけど、ね」


問うたところで明確な答えが返ってこないのは分かっていたが、やはり答えがなければないで、疑問はくすぶり続ける。


(…怖い、のかな)


綱吉はそう考えたが、これは自分の気持ちの押し付けだと思い、口には出さなかった。
そう、怖いのは。
自分の方。


「…ボンゴレは、リングという繋がりがなくても簡単に壊れたりしないよ。それはオレたちに勝負を挑んだお前が一番良く知ってるだろ?」


十年前。
骸が黒曜中の制服を纏って、まだ戦いも知らない綱吉たちに命がけの戦いを教えてくれた。
あの時、まだ綱吉たちにはボンゴレリングはなかった。
だが、リングがなくともあれだけの結束を持っていたことを、骸は知っているのだ。


「それは…」


骸が何か言い掛けたが、綱吉はそれを遮って。


「リングがなければ壊れてしまうボンゴレなら、壊れてしまえばいい」


続けた言葉は、きっと。


「歴代のボスたちが積み重ねてきたものは、そんなヤワじゃないんだから」


自分に言い聞かせていたのかもしれない。
言い終わると、椅子から立ち上がって、後ろの窓際に寄って外を見た。


―――おそらく、こんなことを考えたのは貴方が初めてでしょうね」
「だろうね」


話し掛けてきた骸の声にもうさっきまでの覇気はなく、穏やかな声に戻っていた。


「……怖くは、ないんですか」
「…、」


黙っていると、骸が直ぐ後ろにまで近付いて来て。


「怖いんですか」


片手を綱吉の横を通して窓につけ、再び言った。
今度は、確信を持った言葉で。


「…怖いよ、そりゃ」


そこまで悟られているなら、何も隠すことはなかった。
怖い。
怖いよ。
でも、同時に思う。
怖さだけじゃないものがあるんだ、と。


「けど、オレは一人じゃないから。……皆、居てくれるから、」


(ねぇ、骸。オレたちは、指輪で繋がってるんじゃないよ)


それは、仲間という心強さ。


「勿論、お前も、」


かけがえのない、一人。
そんな想いを込め振り向いて微笑うと。
穏やかだが、真っ直ぐ突き刺さる何かを持ったオッドアイが、綱吉を見つめて。


「当たり前です」


貴方がそこに居る限り、僕は貴方の傍に居る。


(それを誓ったのはこの、リングなのに)


視線を、右手に落とす。
骸の右手中指に在る、霧を象徴としたリング。
事あるごとにこのリングを目の前に掲げ、誓いを復唱していた。


(分かっている。貴方の言い分も、十分)


でも、その誓いを貴方は壊すと言った。
だったら。


「だったらこの想いを、何処に誓えばいい?」


これがなくなるなんて、堪えられない。
この手にあれば無意識に安堵を与えてくれていたものが、なくなるなんて。
そんなの――


「お前は、さ」


ふと、綱吉が骸の右手を取った。
骸の視線が右手から綱吉に戻る。


「骸は、肝心なこと、口にしないよね」
「…え…」
「リングとか、壊れるものになんかじゃなくて…」


オレに、誓えばいいのに。


「…っ、」


それは。
どういう。


「…お前の好きなように、解釈したらいいよ」


骸の心中を一瞬読んだように、綱吉が答えた。
そう言った時の顔は少し照れくさそうな微笑み、だった。


「……本当に、都合よく…解釈しますよ」
「いいよ、」
「いいんですか?」
「何度も言わせるなよ…いいって言っ、て」


綱吉の声が途切れた。
骸が、唇を重ねたからだ。
それは深く、深く。
とても深く。


―――誓います」


骸は唇を放し、額を付け、目を閉じて。
祈るような声で言った。


「貴方が在る限り…私は傍に居ると」
「…うん、」


綱吉は骸の声を体に浸透させるように、目を閉じてそれを聞く。


「だから、貴方も誓ってください」
「…何を?」
「絶対に、僕より先に死なないと」


貴方はきっと。
僕だけじゃなく、守護者が目の前で瀕死になったら。
何の戸惑いもなく、目の前に立ってくれるんでしょうね。
だからこそ怖い。
貴方が先に、逝ってしまうのではないか、と。


「誓って、ください」


骸は目を開けて綱吉を見つめた。
綱吉もまた、目を開けて骸を見た。


「…それは、とても……難しい、ね」


綱吉自身、自分が守護者たちのために体を張るだろうということは分かっていた。
それがどんなに自分が危険な場面でも。
綱吉にとって、皆が自分の傍から消えてしまうのは、何より堪えられないこと。
だからはっきりと口に出来ないのだ。


「簡単に、言えないよ…」
「簡単でいいんです」
「え…?」
「軽く口にして構わない」


僕はそれだけで、生きていける。


「…むく、ろ…」
「気休めでも、僕にとっては至上の言葉です」


例え現実にならなくとも。
その誓いが破られてしまおうとも。
少なくともその時まで、僕は生きていける。


「でも…でも、それじゃあ、」


自分が居なくなった世界で、お前はどうするの。
お前は、生きてくれるの。


「…先のことは分からない。僕にも、貴方にも」
「そりゃ、」
「今を生きているんです、僕たちは」


僕が死ぬか。
貴方が死ぬか。
そんな未来は分からない。
分からないからこそ、死なないという選択肢もあるということ。
今はその選択肢を、選んでいられる。


「……お前の口から、そんな言葉…聞けるとは思わなかった…」


綱吉は笑って、骸の胸に頭を預けた。
そして。


「ずっと、皆の―――お前の、傍に、居るよ」


目を閉じて。
穏やかな笑顔で。
そう、口にした。

















07/07/09
話自体は本誌でこのくだりが出た時点で思いついていたのに形にするのが遅くなった…。
何か最後の方とか自分でも良く分からないまとまりになってしまっt(爆)
そうだな、要は骸の依存は何処に、的な…いや、違うかな…(汗)
タイトルは…これ、ムクツナソングだと思うものを(苦笑)める、のね。

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