今はまだ。
守護者という、名のもとに。





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「…はぁ、…はぁ、…っは、」


屋上へ続く階段を駆け上がり、焦った様子でドアを押し開けた。
途端太陽の光が降り注ぎ、反射的に目を細めた。
それでも目を開けたまま、少し仰け反って上を仰ぎ見た。
空は快晴。
雲は点々としか見当たらない。
清々しい空気が乾いた喉に刺さり、少し痛い。


「…っは、…は、…っ…」


微かに口にあった唾を飲み込んで喉を潤そうとしたが、気休めにしかならなかった。
こんなに喉が渇いているのは、階段を駆け上がったせいだけじゃない。
それよりも前から。


――おや、追いかけっこは終わりですか?」


この、六道骸から逃れるために、走り回っていた所為だ。


「…っ一方、的に、追いかけてきた、くせに…っ」


仰け反ったまま視線を骸に向け、切れ切れに言った。
あれだけ走りまわったのに、憎らしいことに向こうは少しも息は乱れてはいなかった。
実は走っている振りをして飛んでいたんじゃないかと疑うくらい、骸は平然としていた。


「逃げれば追いたくなる。それが僕の性ですから」


にこりと微笑った顔が、視界の端に入った。
凄く苛ついた。
けど、今の自分に罵声を浴びせられるほどの気力は残っていない。
苛立ちを溜息に変えて、仰け反っていた体を戻した。


「では今度は君が追いかけてくれますか?力いっぱい逃げますよ?」


何処か楽しそうなのは分かるけど。
嬉しそうなのは何故か。


「やだ。…も、走んの無理だし」


骸の感に障る態度に嫌な顔を向け、再度息を吐いて拒絶の意を示し、下に視線を落とす。
日の光で明るみを増したコンクリートが、また目を細めさせた。


「それじゃあ追いかけっこにならないじゃないですか」
「だから、始めからやってないって…」


呼吸が落ち着いてきて、普通に言葉が紡げるまで回復してきた。
それでもまだ、動悸は内側から激しく全身を揺らしているけど。


(…そもそも、何でこんなことに…)


そう、どうしてこれが始まってしまったのか。
この追いかけっこ、今日が始めてじゃない。
雨が降った日は空けたこともあるけど、数日前からほぼ毎日続いている。
この際骸が並盛中に来ていることは気にしない。
知りたいのは、真意。
一体この行動に何の意味があるのか。


(それも決まって、屋上に追い詰める…)


ただ追いかけてくるわけじゃない。
過程は違えど、必ず最後は此処に辿り着く。
まるで導くように、此処まで。


(雨の日に来なかったのは、屋上に出れないから…かな…)


追いかけっこと屋上。
関連は、一体何。


「分かんない…」


無意識に呟いて、額に手の甲を当てた。
その手に。


「何がです?」


触れられた。


「っ、」


咄嗟に身を引いたけど、骸に一番近いところにあった手が。
捕まった。


――何故、逃げるんですか?」
「…お、お前が、追いかけて、」


オレの言葉を制するように、捕まった手を引かれ、顔を近付け。


「追いかけっこはもう、終わったでしょう?」


何故か。
懇願されている気がした。


「…っ、」


言葉が出てこなくて、誤魔化すように俯いた先に、オレの手を掴む骸の手が見えた。
その手の指に、光で反射するものが、一つ。
霧の守護者の、証。
それがやけに眩しく感じられて、主張をしているように感じられて。
何故か、怖くて。


「…はず、せ」
「…え…?」


見たくなくて目を閉じても、瞼を通して光を感じてしまう。
いる。
指輪が其処に、いる。


「その、指輪、はずせ…っ」

















今、何て。
指輪を、外せ?
守護者である僕に、リングを外せと?


(…何故…)


何故そんなにも苦しそうに、その言葉を口にするんですか?


「頼む、から…」
(それは、本心?)


それは本心からの言葉ですか?


「はずして、」
(だったら僕の目を見て言えばいい)


なのに君は僕を見ようとはしない。
俯いて何度も外せと繰り返すだけ。


(…君は…)
「はずして…っ」


分からない。


「はずせよ…っ!」


君は何に、怯えている?


―――嫌、です」
「っ、」


今更何に驚くのだろうか、怯えた表情を含みつつも驚愕の目で僕を見上げた。


「いくら君がトップであろうと、一度守護者を引き受けたからには、このリングは僕の意思の配下にある」


そう、外すわけにはいかない。
これを外してしまえば、理由が。


「…どう、して…」


それはこっちが聞きたい。
何故いきなり外せなどと戯言を口にするのか。
けれど君は、話してはくれないでしょうね。
僕の顔色を伺いながら、本心なんて曝け出せはしない。


――…君は何に、怯えているんですか?」
「っ!」


びくりと体が揺れ、振動が伝わってきた。
心情を隠せないくせに、隠そうとする方が間違っている。
その癖逃げようとする態度だけは立派で。
ばれないとでも思ったのか。


「…リングに?…それとも、」


僕に?

















(…分から、ないよ)


どうして咄嗟に外せと言ってしまったのかも、何が怖いのかも、オレ自身分からない。
でも多分、指輪じゃない。
骸、が。


(オレの近くに、来た、から)


そう、か。
霧の指輪に、骸の心情が。
超直感がそれを、感じてしまったんだ。


(咄嗟に、口にしてしまったのは、)


その心情に応えられないと、思ったからだ。
怯えていたのは骸の感情。


(…オレを求める、骸に…)

















―――外すわけには、いきません」


例え僕に怯えようが、守護者であることを辞めるわけにはいかない。


「…骸、」
「君を、追いかける理由が…」
「……」
「理由が、なくなる…っ」


逃げようとする貴方に、どうしようもなく惹かれてしまうという理由を掲げられなくなる。
屋上へ追い詰めて、大空を仰ぎ見る貴方を見られなくなる。
貴方の持つリングに相応しい舞台に、僕が上がる理由がなくなる。


「…むく、ろ…」


そんな目を、向けるな。
懇願されるくらいなら、怯えられた方がまだ耐えられる。


「…外す、わけには…」


違う。
これはただの言い訳だ。
僕の、本心、は。


「…外したく、ない」
「…!」
「これ、が」


これが唯一の、君との繋がりだから。

















ゆっくりと掴んでいた手を離して。
ゆっくりとオレに回す。
オレはそれを拒まなかった。
あれだけ怯えていたことが嘘のように、今が穏やかに感じられた。
それはきっと、骸の感情が少し、変わったから。
だからオレは、受け入れられたのかもしれない。

骸自身、この感情が何なのか、きっと知らない。
オレも分からない。

今此処に居るオレたちは、守護者という名のもとに在る。
それは変わらない。

ただ一言ずつ。








「…指輪、……はずさない、で」


本心を口にしたこと以外。











07/01/07
1こ前に書いたのと極端な骸が出来上がった…何故…(爆)
ツナと骸の指輪を外せー嫌だーの押し問答が書きたかったのですけども…こんな方向に行くとは…(失笑)
しかもムクツナと呼べないような微妙な…(死)
それにしても骸にツナを何と呼ばせるべきか悩みます…結局呼ばせられなかった…(悩んで)
タイトルはやっぱりイタリー。

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