「舞い戻ってきましたよ………輪廻の果てより」
『――――君の、ために』
その言葉が頭に響いたのは。
おそらくオレに、だけ。
contratto
「少々…疲れました……」
そう言って倒れたと同時に髑髏の姿に戻った骸を見ていた綱吉は、どさっという音を聞いたと同時に、自分の視界がぐらりと揺れるのを感じた。
(…え…?)
それが足元にも影響し、力が入らなくなった足は体重を支え切れなくなって。
「っ十代目!?」
獄寺の呼ぶ声が聞こえたかと思うと、床に倒れ込んだらしい衝撃が体に伝わってきた。
何度も自分を呼ぶ獄寺の声の後ろから、山本と了平の声も混じってくる。
しかし綱吉はそれに答えることが出来ず、意識が沈んでいくのに伴って瞼も自然と閉じていく。
段々と皆の声が遠くなって、完全に意識が沈んだと思った時。
『―――沢田、綱吉』
頭に直接響く声が。
オレを、呼んだ。
「―――へ?」
瞼を開けて目の前に広がった光景が、綱吉に素っ頓狂な声を上げさせた。
澄み切った青空、透き通った湖、生い茂る木々。
酷く幻想的な光景だった。
それが、今自分が居るこの場が現実ではないことを教えてくれた。
「……此処、は…」
「僕が創った幻想世界みたいなものです」
「っ、」
声のした方を振り返ると、そこにはさっき確かに消えた筈の姿があった。
「骸…、」
少し口角を上げて小さく微笑い、合わせた視線をそのままに近付いてくる。
「普段は人が眠っている間に無意識に創る想像世界を渡り歩いているのですが…。今、君は眠っていませんしね。半ば無理矢理僕の世界へ呼び寄せさせていただきました」
「何、で」
「おや、何か言いたそうな顔をしていたので招いたのですが…違いましたか?」
困惑した綱吉の表情には答えたが、問いには逆に問い返してきた。
そんな骸の表情には、疲れた様子なんて感じられなかった。
疲れた、なんて言ったのは嘘だったのだろうか。
「嘘では、ありません」
「え…」
口には出していない疑問に答えられた。
頭の中で考えていただけなのに、どうして。
「…すみません、此処では君の思考も読めてしまうんですよ」
苦笑した表情に、何処か柔らかさを感じた。
さっき戦っていた時と、以前戦った時には感じ得なかったもの。
これが本当の骸、なのか。
「疲れていたのは本当です。現に姿を保てずクロームに戻ってしまった」
「あ…」
「ただ、深層心理の世界でとなると別で…精神の存在ですからね、力を使う必要はないので」
「じゃあ今は平気、なんだ?」
「ええ。此処なら時間も疲れも気にせず話すことが出来ますから」
要は何でもありな世界、という訳ですと付け加える。
しかし結局は骸だから創れる世界だ。
相変わらず奇想天外なスキルだ、と毒づいた。
幸いこの思考は読まれなかったのか、骸は話を進めようと更に続けた。
「ところで、何か話したいことがあるのではないですか?」
「…、」
綱吉は視線を逸らして、答えるのを躊躇った。
そして漸く口に出来たのは。
「…よく、分からない…」
話したいことがあったのかどうなのか、自分でもよく分からない。
確かに骸が来ると思ったとき、何か言いたいことがあった気はした。
でもそれが改まって話したいことなのかも、分からない。
「…だったら…聞きたいこと、でしょうか」
「え…」
「それも、仲間が居る所では聞けないような」
違いますか、と念を押す骸の声に、一つ。
押し込めていたと思われる問いが、浮かんできた。
顔を上げて、再び視線を交わす。
「―――どうして、受け取ったの」
どうして守護者の指輪を受け取ったの。
「どうして守護者に、なったの」
真っ直ぐ見詰めて問うと、骸の目が僅かに見開かれた気がした。
流石にこの問いは読めなかったらしい。
少なからず動揺しているのがその証拠だ。
(…動揺…?)
しかし何故、動揺する必要があるのだろうか。
「―――言いましたよね、」
今度は骸が視線を外した。
「君の体をのっとるのに都合がいいからだ、と」
決め付ける理由はないけど、確証だけはあった。
「嘘だ、」
「…何を、言って」
「それだけじゃ、ないだろ」
「だったら何故。そんなことが言えるんですか?」
骸が見据えてきた。
そこにさっきまでの穏やかさは感じられなかった。
少し恐怖さえ感じられる。
でも、此処で言うことを止めたくなかった。
それでも怖くて、視線は逸らしてしまったけど。
「…見た、から」
お前の、記憶。
お前の今を。
「っ、馬鹿な、」
「脱走を試みたけど逃げ切れなくて、お前はあの二人のために自ら捕まった。それで今、あの牢獄の奥深くに、繋がれてる」
鼻で笑う骸を制して、あの時見たことを矢継ぎ早に話した。
流石に信じたのか、なじる言葉は続かなかった。
そして骸は数呼吸置いて問うた。
「…何処までですか」
何処まで見たんですか。
骸の静かな、それでいて有無を言わせぬ声に促されて、続ける。
「…あのクローム髑髏と、父さんが…指輪の話をしているところ、まで」
そう、あの時骸は頷いたんだ。
犬と千種の無事と引き換えに、霧の守護者となることに。
でも、どうしてだろう。
他にも理由があったんじゃないか、って思うのは。
「―――僕の幻術に触れて、見てしまったようですね…」
小さく息を吐いて、小さく微笑った。
それも束の間、直ぐに瞳は綱吉をきつく射抜いて。
「確かに、君が言ったことは事実です。だが、僕が言ったことが最もの理由だということも、忘れないで欲しいですね」
「最もの、理由…?」
すると骸は右手の人差し指を立てて、それを綱吉の胸、心臓の上に突き付けた。
そして見下ろす顔を綱吉の間近に落として。
「君を、のっとること」
「っ、」
「それが僕の最終目的なんですから」
言うと、骸は妖艶に微笑った。
何故骸が霧の守護者になってくれたのか。
それがオレをのっとるためだというのなら。
(戦いが、終わったら…)
リング争奪戦に決着が付けば、骸はまた敵になるんだろうか。
また戦わなければいけないんだろうか。
(…オレ達の決着は、オレ達自身で着けなきゃ、いけない…)
骸が再び戦うその意を持っているのだとしたら、オレはそれを受け入れなければいけない。
多分それがオレの。
骸に出逢ってしまったオレの。
「―――分かった、」
「…?」
「お前という存在に決着をつけるのは、オレの義務かもしれない」
(…義務…?)
「それでお前が満足するんなら、オレはお前と再び戦うことを受け入れる。きっとそれが、オレの義務であって…責任、だと思うから」
(責任…?)
何故だろう。
君の言葉に激しく苛立つ。
「…っ?」
骸は突き付けていた右手で、今度は綱吉の左腕を掴んだ。
「…違う」
違う?
一体何が違うと?
「違う。君がそんなものを背負う必要なんてない」
背負わないで下さい。
(…?)
僕は、何を言っている?
沢田綱吉を手に入れることに何の違いがある?
「私は君を手に入れたい。ただそれ…だけ…」
それだけ?
本当に、手に入れたいだけなのか?
(手に、入れる?)
違う。
「骸…?」
(―――僕、の)
そうだ。
僕の、もの。
「君は、僕のものです」
掴んだ腕を引き寄せて。
「今だけじゃない。過去も未来も…永劫、僕の」
更に顔を落とし距離を縮めて、ゼロにする。
「む、く…っ、」
名を呼ぼうとして開いた口に、躊躇いもなく舌を入れた。
「…っ、ん…っ、」
互いの舌を絡ませて、互いの唾液を交わらせて。
それを綱吉が飲み込むまで、その行為は続いた。
「…んっ、ぅ、…っむ、…」
骸、と。
呼べない名が頭に直接響いてくる。
君の中には今、僕しか居ない。
君に対して抱いているこの感情が何なのかは分からない。
ただ、これは愛情、独占欲、そんな言葉なんかで括れるものでは、ない。
「―――これで君は死ぬまで…死んでも、僕のものです。だから誰のものになることも許さない。それを誓って下さい」
「…っな、に…言って…」
綱吉の顔が困惑に歪む。
困らせていることは分かっている。
「これは契約です。誓ってくれるのなら、君を守ります」
だが今は何も厭わない。
「…っずるい、…」
そう、君には選択の余地はない。
リング争奪戦はまだ終わってはいない。
これからまた僕の力が必要になることもあるだろう。
守護者が一人でも欠ければ、争奪戦は成立しない。
それを分かっているから、僕は君に契約を迫るんです。
「ずるいよ…っ」
それほどに僕は君が欲しい。
この感情全てにおいて、君だけを欲する。
僕のものである、君だけを。
「さぁ、誓って」
だから僕は誓いを促す。
口付けという永遠なる誓いで。
君の自らの意思による契約を。
そして唇が、触れた。
あぁ。
これで君は、僕のもの。
06/12/10
ムクツナもいいじゃない…!(主張)
ということで皆が悶絶した例の骸再登場のくだりを捏造だ!
骸にはツナが欲しいって思うだけじゃなく、完全に自分のものだと思って欲しかったので!
や、楽しかったです(笑)
ブラウザでお戻り下さい。