―――――、』





―――え?)


今、何か。


「十代目?どうしました?」


校門を抜けようとした時、ふと足を止めた綱吉を振り返って獄寺が声をかけた。


「あ、ううん、何でもない…」


獄寺に、へらっと笑って返し、周りを見回した。
だが自分たちと同じく帰路につく生徒たちは、横を通り過ぎて行くだけだ。
綱吉に近寄ってくる人は居ない。


(…でも、今、何か、)


気にはなったが、確証がない。
これといって行動に出れない綱吉は、肩越しに後ろの校舎を振り仰いだことを最後に、少し先で待ってくれている獄寺と山本に追い付こうと。
一歩、踏み出した時。


―――――、』


また。


(やっぱり…)


勘違いじゃない。
確かに、聞こえた。


「ツナ?」
「十代目?」


二人から何かあったのかと伺うように名前を呼ばれたが、綱吉はそれに答えることはなく踵を返し。


「ごめん、先帰ってて!」


顔だけ向けて言うと、校舎に向かって走り出した。
二人が名前を呼ぶ声が再び聞こえたが、直ぐに掻き消された。


―――――、』


声無き、声に。





voce







綱吉は、これは超直感がもたらしたものだと思った。
でなければ、人の声が脳に響くなんてことはないのだから。


(…多分、ここ…なんだ、けど)


声の無い声が強くなる感覚を辿り、校舎内を歩いて行き着いた所で、無意識に腰が引けた。
綱吉が戸惑い、躊躇するには十分過ぎる要素を兼ね備えた場所。


(…な、何で応接室!?)


心の中で、声に出せない分目一杯悲鳴を上げた。
別に通常一般的な中学校ならば、自分がこんな行動を取る必要は全くない。
だが並盛中は通常一般的な中学校ではないのだ。
その大きな理由と原因を持つ人が、ここに居る。


(…ヒバリ、さん)


校内だけでなく並盛町内まで牛耳れる程の権力を持った人物。
逆らう者は容赦なく仕込みトンファーの餌食になる。
事実綱吉自身も経験済みだ。
不用意に近寄れば返り討ちに遭うに決まってる。

だから、正直入りたくない。
入らなくていいものなら、入りたくない。
そもそも、近づきたくもない。


(…けど、)


だが、今の綱吉にはその理由を打破してしまうものがあった。


(声、が…)


はっきりと名前を呼ばれたわけじゃない。
けど確かに自分には響いてきたんだ。
声に、自分を求める思いが。


――っ、」


意を決して、応接室のドアを小さくノックしてみた。
返事はない。
音が小さかったのかと思い、もう少し音を強くしてみた。
が、やはり返事はない。


(…居ないのか、な?)


居ないのならドアを開けても平気だと踏み、ノブを回して開けてみる。
万が一ということも考え、なるべく音を立てないよう控えめな速度で体がすり抜けるくらいの隙間を開け、とりあえず上半身を中に入れて、様子を伺った。
一通り見回したが、誰の姿もなかった。
ほっと小さく息を吐き、自分の勘違いなら良かったと、体を外に出してドアを閉めようとした。
が、どうにも腑に落ちない感覚が体を包んでいた。


(…何だろ、)


腑に落ちない感覚。
違和感。
姿はないのに、誰かが居るような。


「っ、」


はっと気付いて、今度は躊躇いなく室内に入る。
感じた違和感は、間違いなくある。
気配は消してあるが、息遣いが漏れていることを、自分の直感が教えてくれている。
直感の感じるままに室内を歩き、一つだけある大きめなデスクの傍へ辿り着くと。


「…ヒバ、リ…さん…?」


思わず名を声に出して呼んでいた。
デスクの引き出しの並ぶ箇所に力なく背を預け、足を伸ばし項垂れていれば、この学校の誰だって驚く。
普段からは想像も付かない格好だった。


「あの…?」


先ほどの呼び掛けに返事がないことに疑問を持ち、なるべく音を立てぬよう雲雀の右手側にゆっくりと隣に両膝を付く。
もしかしたら、という怯えた思考がそんな無意識な配慮を生んだが。


(オレに気付いて、ない…)


雲雀は綱吉に気付いた気配はなかった。
あの人の気配に誰よりも敏感な雲雀が。
そんな思考が、雲雀の様子を綱吉に伺わせた。


(ヒバリさん?)


心中で名を呼びながら、綱吉は項垂れた雲雀の顔を見ようと、手を床に付き前傾姿勢で覗き込んだ。
顔に影が落ちていてはっきりはしないが、おそらく血色が良過ぎるのではないだろうか。
雲雀は夏でも涼しい顔をして、汗一つかかず外を歩いているのを知っている。
そんな人が力なく項垂れ、血色が良いとなれば。


(…熱、あるのかな)


よく見れば肩も控えめにだが上下している。
自分の見解に間違いがないのは分かったが。


(…どうしよう…)


見付けてしまった以上見過ごすわけにはいかないが、今の自分に何が出来るだろうか。
こんな時に限って、風紀委員達が来る気配もない。
かといって誰かを呼びに行くにも、言えば逃げられるに決まってる。
だったらやっぱり自分しか。


(えっと、ええと、)


半ばパニックに陥り、とにかく出来ることを!と思った挙句、自分の取ろうとした行動は。


(ね、熱!熱測ろう!)


熱を測ること。
しかし体温計は普通持ち歩くものではない。
だったら自分の手のひらを、と雲雀の額に持っていこうとしたことだった。


(あ、でもさっきまで冷たいジュース持ってたからあんまり意味ないかも…)


などと考えつつ、顔を伺いながら左手を額に近づけ、前髪にふと触れた時。


―――っ!」
「うわっ!?」


ガッ、と左手首を掴まれ、思わず声を上げてしまった。
雲雀を伺えば、目を開けて自分をじっと睨んでいる。
だがその眼に覇気はなく、見つめていると言った方が正しいような、弱弱しいものだった。


「……何、しようとしたの」


先に口を開いたのは雲雀。
低い声だったが、声にも強いものは感じられない。


「いや、あの、ちょっと、熱、を、測ろうと、」


何処から説明したらいいのか考えたが、とにかく答えなければと、雲雀の問いにのみ答える形の言葉を恐る恐る返すと。


「…熱?」
「は、はい」
「余計なお世話だよ、そんなこと…」
「す、すみません…」


何やら普通らしい会話をして、雲雀はまた目を閉じた。
そもそも、もっと問うことがあるのではないだろうか。
それ以前に、何かあれば取り出す武器が出てこない。


(てか、何でここにいるのかとか、聞かないんだ…)


突っ込んでくる問いがないということは、相当熱が上がっているのだろうかとも思える。
雲雀との普通の会話はあり得ないことなのだから。


(余計なお世話ってことは、オレ、ここに居なくても良いんじゃないのかな)


だが立ち去ることは出来なかった。
左手を、掴まれたままだったから。


(……居て、いいのかな)


きっと、掴まれたままでも掴まれていなくても、自分は此処から動かないだろう。
ほうっておけないのも事実だったし、何より。
声、が。


「っ、」


と、急に手首を引かれ、綱吉の手のひらが雲雀の額に当てられた。
綱吉の意思ではなく、雲雀の意思によって。


「…冷たいね」
「え?」


雲雀の目は閉じられたままだった。


「手」
「…あ、さっきまで、冷たいジュース、飲んでて…」
「…そう、」


呟くと、雲雀はまた黙った。
方膝を立て、綱吉の左手を掴む右手を膝で支え、額に手のひらを当てたまま。


(……居て、いいんだ)


綱吉は小さく微笑んで、腰を下ろした。
此処に、居るために。





「…オレの、こと―――


心の中で、呼びましたか。
そう聞こうとしたが、発するのをやめた。
聞かずとも、分かっていた。





声無き声は、確かにオレを呼んでいた。


それは誰で、何故オレを呼んだのか?


答えは、手のひらから伝わる。
少し熱い、額。








07/09/05
雲ツナと言うより雲+ツナという感じで。
たまにこういう話がぽっと浮かんで書きたくなるのです。
雲雀がツナに何で此処にいるか聞かなかったのは、自分は無意識にずっと(心の中で)呼んでいたから。
目を開けたときには来てくれているというか、傍に居るのが当たり前だと思っていたからです。
でも一応、そんな親しくない感じ。
微妙、だ…(爆)

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