calore  side H







「ぅわっ!」


雲雀がいつもの通学路を時間を気にせず気ままに歩いていると、近くの民家からドタン、という音と共にそんな声が聞こえた。
塀に囲まれた似たような家々が立ち並んでいるが、何処の家から聞こえたかくらい分かる。
丁度進行方向ということもあり、通り掛かるついでに視線を向けてみると。


「い、たぁ〜…」


見知った姿がうつ伏せに倒れていた。
しかし人間は普通倒れると分かると、咄嗟に手を着いて体に直接来るだろう衝撃を和らげようとする反射神経というものが、若いのなら備わっているはずだが。
右手は顔の横、左手は真横に真っ直ぐに伸ばされているところから推測して、手を着いた形跡がない。


「何、やってるの」


元々動きが鈍いとは思ってはいたが、ここまでとは思わなかった。
足を止めて話し掛けてしまうくらい、呆れた。


「ぁ…、ヒバリ、さ――痛っ」


雲雀の声に気付くと、うつ伏せた顔を上げて名を呼ぼうとする。
が、顔を歪めて小さく呻き、落ち着くと苦笑を返した。


「…?」


顔を上げる動作がぎこちない。
いや、体全体の動きが、だ。
そうなると反射神経が良かったところで体がついていけないのでは意味がない。
手を着かなかったのではなく、着けなかったのかと理解したが、根本は何なのか。
それが気になるのは、うつ伏せのままいつまでも立ち上がろうとしないからだ。


「…さっさと立ちなよ」
「う……そうしたいのは、山々なんですが…」


知りたいということもあり声を掛けると、くすぶった返事を返された。
そんな勿体振る態度に苛立ちが湧き。


「その態度と格好、凄く苛立つんだけど」
「…すみ、ませ…」
「それとも何?まさか立てないとか言わないよね?」


冗談半分に嬲る意味で蔑むように吐くと、また苦笑を返された。
まさか。


「…本当に立てないの?」
「……は、い…」


言い難そうに視線を逸らし肯定された。
そんなつまらない嘘を雲雀に吐いたところで、力一杯踏まれることは必至。
それが分からないほど馬鹿ではないなら、これは嘘ではなく真実。
尤もぎこちない動きが嘘ではないことは予測できるが、それにしても。


「じゃあ何で、家の中でじっとしてないわけ」


転んで立てなくなるくらい今はまともに動けないということなら、無理に学校に行こうとせず、寝ていた方が賢明な判断だ。
弱い部類の生き物なら、尚更。
それも分からないほど、実は馬鹿なのか。


「え、と……この間の骸との戦いで…ちょっと無理、したらしくて…」
「…、」


暫く聞きたくはなかった名を口にされて一瞬顔を強張らせたが、視界に入らなかったのか、気付かなかった。
唯一、自分に屈辱を負わせた男の名。
思い出すと虫唾が走るほどの嫌悪が湧き上がるが、同時にこの草食動物のことも思い出す。
激しい痛みで意識が浮上した時に見た光景に、この草食動物は居なかった。
まるで"別人"が戦っていた。
それでも姿形はそのもので、幻でも見ているのかと思ったほど。
しかもその"別人"が、自分を守るように戦っていることに気付いて。


「それで全身筋肉痛…」
「気に食わないね」
「え…ヒバリ、さん…?」


草食動物のくせに、僕を守るなんて。
生意気にも程がある。


「いつも群れてる奴らはどうしたの」
「え、あ、母さんが今日も休むって伝えたら行っちゃって、追いかけようとしたら…」
「転んだってこと」
「はい…」


名は、何て言っただろうか。
頭の中に入っている生徒のデータと普段呼ばれているあだ名とを照らし合わせ。


「…沢田、綱吉」
「はい?」


名を呼びながら近付き、綱吉の右手側に膝を折って屈む。
雲雀の一連の行動に既に疑問があったのか、返事は疑問符がついていた。
しかしそれは。


「…って、えぇ!?」


雲雀が綱吉の脇下に手を入れて体を持ち上げ、右肩に担いだことによって、驚愕の悲鳴に変わった。
されるがままになればいいものを、まともに動かない手で突っぱねて逆らおうとする。
それでも構わず、とりあえず歩き始めた。


「な、何するんですかっ!下ろしてくだ…っいたた!」
「うるさいよ。それに痛いなら力抜けばいいじゃない」
「そ、そんな、」


声が小さくなったのは恥ずかしさからか。
それでも突っぱねることをやめない綱吉の尻を軽く叩いて。


「ふわっ!?」
「学校、行きたいんじゃないの?」
「っそりゃ、」
「対して動けもしないのに何で学校に行きたいのか知らないけど」


動きが止まった綱吉に、言い聞かせる。


「連れてってあげようとしてるんだから、大人しくしてれば」
「……は、い…」


その声が何処か柔らかかったことに気付き、何とも言えないむず痒さに顔を顰めたことと。
綱吉が観念して力を抜き、体を預けたのは。
ほぼ同時だった。




















夕刻。


「あの…」
「何」
「オレ、自分で歩きま…」
「自分で歩いてたら家帰るのに何日掛かるだろうね」
「でも…っ」


雲雀の言い分が尤もだが、綱吉が引けないのには理由がある。
朝と同じように肩に担がれて歩かれるのが、周りの視線を集めて止まないからだ。
力を抜きたくとも、流石に視線が気になって体が強張って仕方ない。
実は似たようなやり取りを登校時もやったのだが、何を言っても雲雀の言い分に敵わず、結局教室まで担がれた。
帰宅時も雲雀が教室に来たと思ったら、有無を言う前に唐突に担がれて、今に至る。
それは山本が部活に行って、獄寺が少し席を外した間に起こったことだった。


―――獄寺君、置いてきちゃったじゃないですか…」
「人を気にする前に自分のこと考えたら」
「……、」


何を言っても無駄な状態。
だが、不思議な状態だった。
綱吉はどうか分からないが、雲雀自身それを感じていた。
何故自分がこんなことをしているのか。
この状態が嫌じゃないのか。
何故、この肩の重みが心地良いのか。


「…下らない」
「え?」
「独り言」


このやり取りが心地良いのか。


「…あ、れ?」


あと数十メートルで家に着くというところ。
綱吉の発した言葉で雰囲気が変わり、それは本当にあったのかと思うくらい、一瞬で消えた。


「ツナ!」


後ろから掛けられた、知らぬ声。
振り返れば、知らぬ金髪の男が駆け寄ってくる。
反転させられ背中を向ける形になった綱吉も気になったのか、力を入れ難くも腕を支えに少し体を起こし、肩越しに振り返った。


「ディーノさん?」


名を知っているということは、知り合いではあるだろう。
しかし雲雀にとっては全く面識も認識もない。
例え綱吉の知人だろうが、自分にとって認識すべきは、敵だということ。
無言で視線を向ける。
尤も雲雀の顔が見えない綱吉は分かるはずもないが。


「どうしたんですか、急いで…」
「いや、お前が寝込んでるってリボーンから聞いたから、」
「あぁ、イタリア行ったんですか、リボーン…」


男は雲雀の視線に気付いている。
だが纏っている雰囲気も表情も変わらず、綱吉を見ている。
相当能力が高いと、瞬時に悟った。


「つかツナ、寝てなくて良いのか?」
「はい。リボーンの奴、大袈裟に言ったんじゃないですか?オレ全然へー…」


平気です、と言い掛けた綱吉を遮って。


「一人でまともに歩けないことの何処が平気なの」
「な…」


雲雀の言葉に、漸く男がこちらを向いた。
そして初めて雲雀に言葉を吐く。


「…お前、ツナに何があったか、知ってるのか?」
「そっちこそ、知らないの?」


上からの物言いに、男の顔が微かに顰められた。
ああ、気分がいい。


「知らないなら知らなくていいんじゃない?あなたに関係ないってことなんだろうし」
「…何だと?」


一触即発。
この雰囲気を悟った綱吉が、気を利かせたつもりだったのだろうが。


「あ、あの!えーと、ディーノさんウチ上がって下さい!ヒバリさん、送ってくれてありがとうございました。ディーノさんも居るし、あとは大丈夫です」
――…何、言ってるの」


雲雀の優越感をも打破してしまった。


「ちょっと、」


制止も聞かず、綱吉はぎこちない動きで肩から降りようとしている。
思い通りにならない苛立ちから、腰を抱えていた腕に力を入れて実力行使に出ようとした時。


「ツナ」
「え、うわ、」
「…っ!」


雲雀が力を込めるより早く、抱えていた体を、男が持ち上げていった。
否、奪い取っていった。
そして当て付けのように、今さっきまで自分が抱えていた方法と同じように肩に担ぐと。


「…悪かったな、手間取らせて」


綱吉が見えないことをいいことに、明らかに敵意を剥き出しにした目を突きつけてきた。
牽制、という生易しいものじゃない。
少しでも怯めば、殺られるんじゃないか。
激しく納得がいかないが、この自分がそう感じてしまうほどの、本物の裏の人間の目だった。


「あ、あの、ヒバリさん!本当、ありがとうございました!」


綱吉の言葉さえ今は。
悔しさを増徴させる以外の何にもならなかった。
だが、食い下がるわけにはいかない。
綱吉は――


「綱吉」
「え」
「明日も、迎えに来るから」


肩越しに振り返って驚いた目を向ける綱吉を真っ直ぐ見据えて。


「返事は?」
「…は、い…」


返事に目を細めて微笑って、男の隣を通り過ぎる時。
視界ギリギリの位置で不敵に微笑った。








(そうか、)


そうか。 僕はあれを無意識に自分のものだと思い込んでいたのか。


(あれは、僕のものだと)


そう考えればあの心地良さにも、奪われたと思ったもの説明がつく。
けど、これはもう思い込みにするわけにはいかない。
あれは僕のものだよ。
誰かに渡すわけにはいかないね。
特に、金髪の男。
思い出せば、不敵な微笑が自然と浮かんだ。


「ディーノ…ね」


近いうち、あなたを必ず。


「…噛み、殺す」








07/01/22
ということでside Hの雲雀視点でした☆
こういう書き方あんまりやったことないというかもしかしたら初めてなので不甲斐ないばかりです(爆)
色々補完したいが故に書いたというか、どうにも雲雀を抑え切れなかったというか(笑)
書いてて楽しいのはやっぱりこの人かな…!

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