『ツナは今寝込んでるぞ』


リボーンにツナは元気かと聞くと、そう返された。
表情も変わらないため感情も読み取れず、言った事について重度か軽度なのか分からないのがアルコバレーノの難点だ。
どうなんだと問い詰めたところで肝心のことは何も話さなかったが。


『気になるなら行ってやれ。今は俺よりお前が適任だ』


そう言われ、事の真意を確かめる了承をもらったことで頭がいっぱいになり、その言葉の意味も気にならず、聞かぬまま。
ディーノはイタリアに来たリボーンと入れ替わるように日本へと向かった。





calore  side D







夕刻。
まもなく綱吉の家の前というところで、ディーノは遠くからも進行方向に歩いている人影に気付き、目を細めた。
黒を着た男と、その男に担がれた物、ではなく者。
それが誰か分かった途端目を見開き、咄嗟に運転者に止まれ、と声を張っていた。


「ツナ!」


叫ぶ前に綱吉は気付いたようだが、駆け寄りながら名を呼ぶと、呼んではいない方の黒服を着た男が振り返った。
必然と背中を向けさせられた綱吉は肩越しに振り返り、少し驚いた顔を見せた。


「ディーノさん?」


綱吉に視線を向けてはいるが、直ぐ横から射抜くような強い視線を感じた。
これはただ不審に思っているだけではない。
一瞬で綱吉と自分との関わりを少なからず悟ったのだろう、明らかな敵意に満ちた視線だった。
だがこちらとしても、綱吉と黒の男との関係が気にならないわけじゃない。
睨んでやりたかったさ。
しかし今それに応えてやるわけにはいかない。


「どうしたんですか、急いで…」
「いや、お前が寝込んでるってリボーンから聞いたから、」
「あぁ、イタリア行ったんですか、リボーン…」


綱吉から黒の男の顔は見えないが、綱吉と顔を合わせているディーノが黒の男に視線を返せば明らかに分かってしまう。
無駄な行動は収集がつかなくなる。
が、無意味というわけじゃない。
二人の関係を探るという意味では有効かもしれないが。
それにしても苦笑する綱吉は何処か元気がない。
リボーンの言ったことは強ち大袈裟じゃないのかもしれない。


「つかツナ、寝てなくて良いのか?」
「はい。リボーンの奴、大袈裟に言ったんじゃないですか?オレ全然へー…」


気遣うように問うディーノに、平気です、と返しかけた綱吉を遮って。


「一人でまともに歩けないことの何処が平気なの」
「な…」


黒の男の言葉に、思わず視線を向けてしまった。
まともに歩けない?
だからこの男に担がれて歩いていたのか。
だがそんなに酷いのか。
いや、それ以前に何故この男が。
その言葉を言える?


「…お前、ツナに何があったか、知ってるのか?」
「そっちこそ、知らないの?」


明らかに年下の上からの物言いに、顔が微かに顰められたのを自分でも感じた。
年下だからじゃない。
ディーノも知らない何かを、男が知っているからだ。


「知らないなら知らなくていいんじゃない?あなたに関係ないってことなんだろうし」
「…何だと?」


この男は何処まで調子に乗る気だ。
優位を明らかに楽しんでいることを、声と不敵な笑みがそれを物語っている。
手が思わず隠してある鞭の柄を握った時。


「あ、あの!えーと、ディーノさんウチ上がって下さい!ヒバリさん、送ってくれてありがとうございました。ディーノさんも居るし、あとは大丈夫です」


この雰囲気を悟った綱吉が気を利かせたらしいが、男の顔が一瞬で顰められ。


――…何、言ってるの……っちょっと、」


優越感を打破したらしい。
男の制止も聞かず、綱吉はぎこちない動きで肩から降りようとしている。
この期を逃す手はない。


「ツナ」
「え、うわ、」
「…っ!」


優しく名を呼び、両脇に手を入れて体を持ち上げた。
視界の端に入った、男の見開いた目をディーノは見逃さなかった。
奪い取られたとでも思っているのだろう。
残念だが正しい確信だ、と心で呟き、当て付けるように今さっきまで男が抱えていた方法と同じように肩に担ぐと。


「…悪かったな、手間取らせて」


牽制、という生易しいものじゃない。
敵意、否本職の目を向け、見下してそう言い捨てた。
覚えておけ。
これが本物の裏の人間の目だ、という意味を含んで。
渡すわけにはいかないんだよ。
大切な次期ボンゴレは。


「あ、あの、ヒバリさん!本当、ありがとうございました!」


――本当に、それだけか。
振り返り少し焦って礼を言う綱吉の声を聞いて自問した。
それが自らに隙を作ってしまったのかもしれない。
黒の男を見据え直した時、さっき与えたはずの劣等は感じられなくなっていて。


「綱吉」
「え」
「明日も、迎えに来るから」


ディーノではなく綱吉を真っ直ぐ見つめた視線。
迷いはない目だ。
もう、そこに割り入る隙はなかった。


「返事は?」
「…は、い…」


綱吉の返事に目を細めて微笑って、ディーノの隣を通り過ぎる時。
男は視界ギリギリの位置で口角を上げて。
不敵に微笑ったのだ。


(…弟分、じゃないのか?)


自らそう言ったはずだ。
そう思って支えてやろうと思ったはずだ。
だが今の男の存在で、何かが変わった。
頑なに持っていた信念が、綻んできている。
近いうち、何かが起こるかもしれない。
俺の中で、何か。

















「よっ…と、」
「すいません、ありがとうございました」


家に入ると綱吉を抱えたまま部屋に上がり、ベッドにゆっくりと腰掛けさせた。
ディーノは足元にしゃがんで綱吉を見上げ。


「本当に大丈夫なのか?あんまり顔色良くねぇみたいだし…」
「全身筋肉痛なだけですから、ホント大丈夫です」


心配してくれてありがとうございます、と笑って見せたが、やはり顔色は良くないし、何処か無理して見せている感がある。
こんな綱吉は見たことがなかった。
普段辛いことがあると泣いたりはしていたが、それでも表に出して発散している分、元気には見えたのに。
今は何かを隠しているようで。


「…なぁ、何があった?」
「え…」
「リボーンに聞いても答えねぇし、それに…あいつだって知ってんだろ?」
「あ、ヒバリさん、ですか?」


困ったように苦笑して名前呼んだ。
それを聞いた途端、イラ、と黒い感情が混み上がって、怒鳴るとまではいかなかったが、声を張ってしまっていた。


「別に名前なんてどうでもいい」
「…でぃ、の…さん?」
――何であいつが知ってて、…俺は知らないんだ…」


最後は請うような声になり、情けなくなって、綱吉の手を掴んで俯いた。
困らせているのは分かっている。
だが何でこんなことを言ったのか、正直分からない。
今色んなことがごちゃごちゃになって、処理しきれないんだ。
あいつがツナを担いでるの見て、イラついて。
あいつが何か言ってきてイラついて。
あいつがツナのことを知っていることにまたイラついて。
本当、情けない。


「……仕方ないです。ディーノさんはイタリアに居たんですから」
「…ツナ、」


顔を上げると、困ったような微笑い。
しかしそれは何処か嬉しそうで。
恥ずかしそうだった。


「ヒバリさんは知ってて当然なんです。…被害者、だから」
「被害者…?」
「ヒバリさんだけじゃなくて、獄寺君も山本も、皆…」


ファミリーの名が出てきたことで、思い当たる節が一つ。


――――まさか、」
「…そのまさか、なんです。…折角情報、貰ったのに…」


少し顔は笑ってはいるものの、こんなことになってすみません、と申し訳なく小さく頭を下げた。


「何で謝るんだよ?謝るなら俺の方だ」
「そんな、」
「情報やっただけじゃなくて、直ぐにでも飛んで来りゃ良かったんだ」


そうだ、何でそうしなかったんだ。
獄寺と山本が苦戦するほどの相手――六道骸。
どれだけ危険人物かも俺は知っていた。


「でも、何とかなりましたから」


気遣う言葉が今は重い。
"何とかなった"ことがどれだけ大変だったことなのか、俺は知らないから。


「…ツナも、戦ったのか」
「…はい、」


頷くと、俺が知らない骸戦の件を話し始めた。
話し終わる頃には、綱吉の疲労は限界に達していた。




















綱吉の部屋のベッドの傍に布団を敷いてもらい、疲れて先に寝入った綱吉を見届けてから自分も布団に入った。
色々思うところ、考える事があり、眠れずに時間を持て余していると。


――っう、…っ」


ひゅう、と大きく息を吸う音が聞こえたと思うと、呻く声が続いた。


「っは、…っう、……っゲホっ」
「…っツ、ナ…?」


呼吸が激しいものになり咳きが混じっている。
起き上がって綱吉を覗き込んだ。
胸を押さえて体を丸め、顔は歪んで苦しそうで。


「ツナ、おい、」
「…っは、っは、…っ、」


それでいて、声を掛けても体を揺すっても返事はない。
ディーノはこんな状態のファミリーを見たことが何度もある。
だから直ぐに悪夢にうなされているのだと分かった。


「…ツナ…」


いつも迷う。
こんな時は起こしてやるべきなのか、見守ってやるべきなのか。
だが起こしてやったところで悪夢から逃げられるわけではない。
俺自身が、そうだったから。
初めて人を殺した時、俺も暫くうなされる時期が続いた。
眠りたくないのに、体は疲労していて睡眠を取ろうとする。
結果毎日悪夢にうなされ、体の疲労が取れることはない。
ツナの場合、六道骸を救えなかったことが大きいのかもしれない。


「……頑張れ、」


大丈夫、なんて俺が言える言葉じゃない。
ツナ、これは自分が乗り越えるしかないんだ。
俺もそうやって、乗り越えてきた。


「…一人じゃないから、お前は、」


丸まる体をゆっくりとさすって力を抜かせ、綱吉に体を添わせ、宥めるように抱きしめる。


「居るよ…俺が」


言葉と体温を、お前にやる。
だから、頑張れ。


―――あ…った、か……ぃ…」
「…!」


『今は俺よりお前が適任だ』
そう言ったリボーンの真意を、俺は漸く知る。
そうか、ツナはこれが欲しかったのか。
暖かいと感じることが、ツナには必要だった。
だからリボーンは俺が適任と言ったのか。


(こういうの…ずっと忘れてたな…)


もしかしたら俺にも、これが必要だったのかもしれない。
誰かの温もりが。


「温かいな…ツナは…」


ツナの、温もりが。


(あー…何つーのかな…これ…)


眠りの淵に辿り着いた時、同時にある答えに辿り着く。


(情けないんじゃ、なくて…)


ヒバリって奴がツナを担いでるの見てイラついたこと。
何か言ってきてイラついたこと。
情けないんじゃなくて。


(好き、だからか…)


ツナが。
次期ボンゴレというだけじゃなく、弟分だからじゃなく。
ツナ自身が、好きだから。


(ツナ…ツナ…)


好きだ。


(すげー、好きだ…)

















この感情は一度溢れてしまうと止まらないらしく。


「…あー、どうしよ…」


朝。
まだ寝ている綱吉の寝顔を見て、赤くなる顔を覆うディーノがいた。


「どーすんの、俺…」











07/01/22
骸戦後で初ディノツナ。
そんなタイトルの意味は「温もり」をイタリア語で安易な感じ(爆)
本当はちゅーまで持って行きたかったんですが持って行く術が見当たらなかったので断念…。
というか雲雀が出たことによりとても予定が狂った(笑)
ノルマ不達成なので次こそ…!!
ところでディノの口調はこれでいいのかどうなのか。
どうですか素子サン…!(爆)
押し付けるので貰ってね!(死)

一応side Dと付くということで、side Hも存在します。
視点変えてリンクしてあるのでよろしければそちらもどうぞ…!
収集つかなくなったんだぁ…(爆)

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