右腕の傷が熱を持ったまま、引かない。
その熱に意識も揺らいでいた。


そんな時。
誰かがカプセルを開け、右腕を掴んで体を引き上げた。
抵抗しようにも力が入らず、痛みに顔を歪めて、相手の顔を睨むことが精一杯だった。


熱に、意識が揺らいでいた。
だからだろうか。


(……アニュー…?)


とても、悲しそうに見えたのは。





その手がひいた引金と想いと、







こんな自分を人質にすることは、理解し難い行動だった。
まともに歩くこともままならない自分の腕を掴み、無理矢理ドックへと引き摺る行為は、ただ時間を無駄に稼ぐだけだ、人質にするなら、もっと他に誰か居ただろうに。
だがそれを口にするほどの気力はなかった。
だからアニューに別の手段で問うた。


(…何を、考えている、)


イノベイター達の言う脳量子波で、刹那がアニューに問えば、アニューはハッと目を見開き、顔をこちらに向けたということは、どうやら通じたらしい。
右腕にアリーからの銃撃を受けて以来、身体が変わっているという自覚があった。
それがリボンズ達のようなイノベイターと呼べるようなものなのかは分からないが、彼女と脳量子波での会話が成立するのならば、おそらくそれに近い存在になりつつあるのだろう。
それが今後一体どういう変化をしていくかは分からないが、声を出すことも辛い現状では、ありがたい手段だ。


(……そう、貴方、やっぱり…)


刹那の問い掛けに答えるように、アニューが口に出さず呟いた。
やっぱり、と言うことは、アニューも刹那の変化に気付いていたのだろう。
治療をしてくれていた時点では分からないが、イノベイターとして覚醒し、その知識を得た今なら気付いて当然だ。


―――…ごめんなさい、)


しかしアニューは多くを語らず、少しの間の後、謝罪を口にした。
それは一体何に対してなのか。
自分を人質にしたことか、それとも。


(…それは、これから行うことへの謝罪か…?)


言葉は届いているだろうに、アニューは刹那の問いには答えず、視線を外して。


(…ライルをお願い、刹那)


悲しい横顔を見せて、そう呟いた。


(…分かるの、自分が消えていくのが…)


こうして意識的に話せているにも関わらず、体が動くことを止めないのは、脳に直接命令されているからなのか。
そうだとすると、そう呟くことも合点がいく。
今立ち止まれないのは、少しずつ、プトレマイオスに居たアニューという意識が削られて行っているからなのかと。
だが、だがまだ。


(まだ戻れる、戻れ、)


ライルのところに。
まだ意識がある、此処に居たアニューはまだ在る。
だからきっと。


(駄目よ…きっと…)
(アニュー、)


このままではきっと撃ってしまう。
それだけは。


(それだけは…)
「アニュー!」


ドックに着いたと同時に、ライルが駆けつけたのだと気付いたのは同時だった。
アニューは悲しみの表情を押し殺し、冷静な表情を作ってライルに向き直り。


「近づかないで」


左後ろから腕を回し、刹那の右こめかみに銃を突きつけた。


「アニュー…!」


冷やりとした感覚を感じた同時に、ライルが咄嗟にアニューに銃を向けた。
その表情はとても痛く、辛くて。


「やめろ、ライル」


見ていられなくて、刹那は声を振り絞った。
掠れた声だったが、それでもライルには届いたはずだ。
それなのに。


「やめてくれ、アニュー…!」


震えた手は、銃を構えたまま下ろしてはくれなかった。
だめだ。
銃を下ろせ、ライル。
撃っては。


(このままではきっと撃ってしまう。それだけは)


途端、頭に声が響いた。
アニューの想いが、無意識に脳量子波に乗ってしまったのか。
だが、これは。
この穏やかな表情は。


(例え貴方に、苦しみと悲しみを背負わせてしまっても…)


この想いは。


「…愛しているわ、ライル」


(それだけは、嫌なの)


(アニュー…!)


こめかみに突きつけられていた銃が離れ、今度は腕の傷口に冷たい感覚を感じた瞬間。


「ぅ―――っ!」


打ち抜かれた、という事実が痛みと共にもたらされた。
目は痛みに耐えるようにきつく瞑り、声を耐えると、無意識に身体が仰け反った。
そして、身体が崩れていく感覚を自ら感じながら、刹那は薄く目を開いた。
見えたアニューの横顔に涙が伝ったのと。


「っ!!」


銃声が聞こえたのは。
どちらが早かったのだろうか。

















「…っ…、」


どれだけ自分は落ちていたのだろう。
撃たれた右腕を押さえ、丸まっていた身体をゆっくりと起こした。
右腕を押さえていた左手に、血のぬめりを感じた。
痛みは、最早麻痺してしまったのだろうか。
いや。


「…アニュー・リターナー…」


半歩離れたところに横たわるアニューの姿を見て、麻痺したのだ。
血が。
自分よりも明らかに大量の血が、アニューの体を包んでいた。
その大量に流れ出たの血の一部に掛かる、足が見えた。
佇む足の主は一人しか居ない。


「…っライル、お前…っ…アニュー、」
「近付くな、刹那」


名を呼び、近付こうとする刹那をライルは制した。
髪が掛かって表情が読み取れないが、声は冷静そのものだった。
この状況で、その声。
お前は何を。


「何をしたのか分かっているのかライル!」
「分かってるよ。お前が撃たれたんだ、撃つしかねえだろ」


思わず声を荒げた刹那に、ライルは淡々とそんな言葉を返す。
まるで当たり前だというかのように。


「そうじゃない…、」
「お前を失うわけにはいかない」
「腕を撃たれたくらいでは死なない!俺が聞いているのは…!」


何故、心臓を打ち抜いたんだ。

どうして、殺す必要があったんだ。
何がお前を、そうさせてしまったんだ。
何故、あんなに辛そうにしていたのに。
涙が、流れないんだ。


―――これで、いいの)


これで私はずっとライルの中に残るから。
そう声が頭に響き、ハッと刹那は顔を挙げ、アニューを見た。
アニューの顔はとても穏やかで。
それは自らを迎えることを悟ったかのようで。


(駄目だ、行くな、)


消えるな。


(ありがとう、刹那。そして…)


ごめんなさい。


「アニュー…!」


叫んだと同時に、アニューの意識が脳内から、そして存在が。
消えた。

















ライル。
お前は、何てことを。
まだ、まだアニューは居た。
確かに、意識はあったんだ。
お前と対峙していた時も、そこにアニューは居たんだ。








「…行くぞ、刹那」


手当てをしよう。
そう言って刹那の前に膝を着いたライルが言った。
顔は、上げたくなかった。
見たくなかった。
俯いたまま反応のない刹那に、ライルが左肩に手を掛ける。


「…離せ」


一言で一掃したが、刹那、と再び名を呼ばれる。
構うな、とも言ってやりたかったが、それすらも億劫になった。
それでも前から退かず、手を離すことなく名を呼び続ける。


「刹那、」
「離せと言っている」
「嫌だね」
「…っ」


声を荒げた刹那にライルは拒絶を示し、掴んでいた手に力を入れ、無理やり刹那を立たせる。
その衝撃に傷が痛み、顔を顰めた刹那に、ライルは自らの顔を近付け。


「これは、俺の意思だ」


はっきりと、そう言った。
唇が触れてしまうんじゃないかと思うくらい近付き過ぎた所為か、表情がよく分からなかった。
だが瞳は。


「お前を恨んだりはしない。だから」


俺が、お前を失うわけにはいかなかったからだってこと。
だから引き金を引いたんだってことを。


―――忘れるな」


瞳は。
悲しみに滲んでいた。














お前は、アニューに撃たれたかったんじゃないのか。
いや、それよりも早く、アニューがお前に撃たれることを望んだのか。
だからアニューは俺に銃を向けたのか。
お前に、撃たれたかったから。
ああ、俺に謝ったのは、引き金を引いてもらうために俺を使ったからか。
俺を撃ったからか。
そして、想いの矛先を俺に向けさせてしまったからか。


だが、本当だったら。
アニュー。
お前がそんな謝罪など口にする必要はなかったのに。
ライル。
それは俺が背負う咎だったのに。
俺が背負うと言ったのに、何故お前が背負い込んだんだ。


何故、心臓を打ち抜いたのか。
どうして、殺す必要があったのか。
何がお前を、そうさせてしまったのか。
何故、あんなに辛そうにしていたのに涙が、流れなかったのか。


(…何故…)


だがそれは聞けなかった。


お前を失うわけにはいかない。

その一言で片付けられる気がした。
それが俺に対する、一番辛い言葉と知っているから。


いっそ、恨んでくれたら楽だった。
泣いて、恨んでくれたら。
そうすれば恨みとだけ向き合うことが出来たのに。


お前の俺に対する、もう一つの想いと。
向き合う必要なんてなかったのに。














もし刹那の傷が治ってなかったら…ということでこんな方向に考えた。
尤も一番はアニューと絡めたライ刹を補完したかったから、かな。
しかしライ刹を書きたかったというよりは、
刹那がアニューに対して悲痛な声で叫ぶところと、アニューと刹那の会話が書きたかった。
あと撃たれるところですね、ええ勿論(笑
そして自分は、どうしてもライルには刹那を好きであってほしいらしい…!


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