これは、知られてはいけない。









know nothing











カタロンの幹部達との話し合いに一度区切りをつけ、室内を出ようとした時だった。


刹那が、倒れた。


正確には入れ違いになるところだったライルに抱き留められ、地に倒れ込むことだけは避けられたのだが、刹那の意識は既に途切れていた。
元々刹那の体調は思わしくなかったのだが、此処に来て緊張の糸が切れたようだ。

あれほど強い意思を込めた目を向けていた刹那の、一転した弱々しい姿に、カタロンの面々も目を見張ったが、それ以上に驚いたのはライルの対応だった。
刹那、刹那と何度も心配そうに名前を呼ぶ姿は、ジーンワンというコードネームを持ってカタロンに居た頃からは想像も出来なかった。

それほどソレスタルビーイングの中に入りこめているのか。
あるいは。


―――刹那という存在に、執着しているのか。


そう思ったのは誰か。
それは誰も、知らない。


























―――知られては、いけない)


ライルは力ない刹那を腕に抱いて、マリナに案内されるままに医務室らしき部屋へと通される。
ベッドに下ろされ、ライルに毛布を掛けられたところを見届けたマリナは、タオルを持って来ます、と告げると、急ぎ足に出て行った。
それを見届けた後もライルは入り口を見続けていたが、ふと視線を外すと、迷わず刹那の顔に向けた。


「…刹那」


小さく呼んだ名は、本人には勿論聞こえていない。


「刹那」


ベッドに近付き、膝を付いて。
刹那の顔に触れそうなくらいまで自分の顔を寄せて。


「刹那…」


何度も、何度も名を呼んで。

決め細やかな褐色の肌に。
何度も何度も。


―――刹那」


唇を寄せた。








―――パサリと、軽いものが落ちた感覚がした。

刹那に寄せる唇はそのままに、視線を入り口の方へと流す。
この施設に扉はない。
それこそライルの行動は、通り掛かれば容易に見られてしまう。
だが刹那を休ませるために、この近辺にあまり近付かないでくれと既に人払いはしてあった。
だから、見た人物は一人しか居ない。

地に落ちた白いタオルと、白いスカートの裾。
それが十分に物語っている。


(…ああ、十分だ)


マリナという存在を牽制するには十分過ぎる。
その十分さに、自然と口角が上がり。


「刹那」


再び名を呼んで。
その口角の形のまま。
刹那の唇を、食んだ。


途端、息を呑む音と、後ずさる靴音を聞き。
存在が消えたと感じると。


―――ごめんなぁ、刹那」


笑みを含んだまま、謝罪を口にする。





―――いつからだろうか。

刹那に対して、こんな行動を取るようになったのは。

―――駄目なんだ。

誰かが刹那に近付こうとするのが、とても嫌で。
とても腹立たしく、苛立ってしまう。

―――俺だけじゃないと。

刹那に触れていいのは俺だけだと、言い聞かせなければ駄目なんだ。
誰かが触れていると思うだけで、その誰かを殺したくなるほどの感情が込み上げる。

―――俺だけのものだと。

兄さんじゃなく、俺。
その事実がないと、駄目なんだ。

―――刹那は、俺のもの。

でもそれは。
知られてはいけない。





「……こんな俺で、ごめん」


言えない俺を許して、と。
とても嬉しそうに、謝罪を。


「でも、」


そして。


「あいしてるよ」


口付けを。











09/02/11
本編で絡みが薄い所為か、突発に浮かびました。
ちょっと歪んだ感情持って、牽制するライルが書きたかったのです。
5話くらいで捏造。


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