「なあ、」
「…」
ライルは前を行く背中を呼び止めるために声を掛けたが、背中が止まることはなかった。
まるで全く聞こえていないような対応に、少し苛立ちを覚えつつも、今度は名を呼んだ。
「おい刹那、聞けって」
「何だ」
漸く返事が返ってくるも、やはりバーを持つ手を離す訳もなく、顔すら向けてはくれない。
これはこのまま要件を言えということか、と仕方なく溜め息混じりに要件を伝える。
「だから、ガンダムについて教えてくれって言ってんだろ?」
「ガンダムに関してはティエリアの方が詳しいが」
顔も合わせずに会話をするだけでなく、伝えたら伝えたで、たった一言でそれをあしらおうとする。
流石にその態度にライルは声を張って。
「その詳しい奴が、お前に聞けって言ったんだよ」
適役だろうって、と続ければ、ライルには見えないのをいいことに、刹那は少し顔を顰め、憮然な声を含みつつ。
「知りたいことならばハロを通せばいい。俺よりもよほど詳しいと思うが」
そう吐き捨てると。
「何だよ、お前が俺を連れてきたんだろうが!」
先程以上に声を荒げたライルに、刹那は驚き少し肩を揺らしたが、それでも体を止めはしなかった。
しかし。
「まるで俺を面倒事みたいに…っ」
と吐き捨てたライルに、今までの素っ気なさはなかったかのように刹那はバーから手を離し、足を地に着け、向き合った。
その行動に、ライルも慌ててバーを離し、慣性で刹那にぶつかりそうになるのを何とか堪える。
そして視線を合わせた途端。
「面倒事ではない。お前の存在が今のソレスタルビーイングに必要なことは確かだ」
はっきりと、力強い目と共に告げた。
その声と態度、瞳に思わず怯んでしまいそうになったライルだったが。
「…だが、俺にとって、それ以上でもそれ以下でも、ない」
付け加えられた一言に、ライルの中で沈着したかに思えた苛立ちが再び燻り始めた。
「なっ…おい!刹那!」
しかし燻ったものが燃焼する前に、刹那は背を向けると足で蹴った勢いを借りて、先を行ってしまった。
ライルの呼ぶ声を、振り切るように。
ライルはガンダムマイスター。それ以上でも、それ以下でもない。
それはまるで自分に言い聞かせるように、刹那の頭の中に反すうし続けた。
儚くも唯一の、
ガラス越しにガンダムを見上げる俺に、何時の間にか傍に居たロックオンが問うた。
「なあ刹那、お前の大切なものって何だ?」
「ガンダム」
その内容はあまりに当たり前過ぎて、一瞬だけ視線をロックオンに向け、すぐさま当たり前の答えを口にすると、再び視線はガンダムへと戻す。
「あー、聞いた俺が馬鹿だった」
自嘲混じりな声が少し気に触り、声の方へ顔を向けると、ロックオンが額を押さえながら肩を小さく揺らして笑っていた。
「…用がないなら俺は行く」
その態度が気に食わず、俺は顔を顰めてロックオンの横を通り過ぎようとしたが。
「待った待った、ちょっと聞いてくれ」
左の二の腕を掴まれ、それは叶わなかった。
一体何だと視線で投げ掛けると。
「そういう無機質なもんじゃなくてさ、もっと暖かいものを大切にしろよって話」
今度は穏やかな表情で、そんなことを言う。
だが俺には抽象的過ぎて分からず。
「…ロックオンが大切だ、とでも言えばいいのか?」
最近少し分かるようになった、ロックオンが望んでいるであろう台詞を淡々と口にしてみる。
するとパッと笑顔に変えて、俺の頭を撫でると。
「おー、そこまで悟れるようになった?嬉しいね」
俺の教育の賜物かな、と一人喜ぶロックオンに対し、俺は色んな意味でな、と言いかけた毒にもならない言葉を呑んだ。
それでも頭に触れる手を掃わないようになったのは、確実にロックオンの所為ではあった。
確実に絆されている、と心地いい感覚に複雑な思いを廻らせていると。
「嬉しいけど、もうひとこえ欲しいかな」
「?」
頭を撫でる手が頬に移り、俺は思わず片目を瞑る。
「俺もね、お前が大切…って言いたいとこだけど、自分自身かな」
「…」
お前、そんなに自分が好きなのか。
瞑った目を開き、そんな言葉を込めて白い目を贈ると。
「ちょ、違うって、変な意味に取んなって」
ロックオンは慌てて訂正するが、それ以外にどんな意味があるというのか。
何か悪いものでも食べたのかと、思わず問おうとすると。
「俺がお前を大切だって言えるのは、俺が存在してるからだろ?」
自分が存在して初めて刹那が大切だと感じていれるから。
刹那を感じて、刹那を守れる自分が大切。
ロックオンはそう言ったが。
「…よく、分からない」
やっぱり、ロックオンの言うことは色々抽象的過ぎる。
いつもそうだ。
俺に理解出来るように言える筈なのに、いつもそういう言葉ばかり選ぶ。
だから俺は、いつもロックオンのことばかり考えるんだ。
「そうか。じゃあ自分を大切にすればいい。これなら分かるな?」
結局、今回もそこに至る理由は理解出来なかったが、それだけだったら、と頷いた。
「それでいい。俺が大事だなんて思うな。自分自身を大切にしろ」
それが、互いを感じ、守ることへと繋がるから。
そう言って、ロックオンは再び俺の頬に触れた。
あれからも、ロックオンのことばかり考えていた。
だから俺は生きることを放棄しなかった。
自分は生きて、ロックオンの傍に居るんだと。
でも、どうしてお前が居ない。
お前の言うとおりにしたのに。
どうして――。
「
―――っ」
「おお、起きた」
ハッ、と抱えていた片膝から顔を上げると、近くに来ていたライルが、刹那に伸ばし掛けていた手をビクつかせた。
行き場がなくなった手を、誤魔化すように額に当てると。
「こんなとこで寝てると驚くからさ、寝るんだったら部屋にしとけよ」
「……ああ…」
そうか、宇宙を見ているうちに眠ってしまったのかと、刹那は自分の状態を確認し、思い返す。
夢を、見た気がしたと。
何かとても、大切な。
「…お前、何か危なっかしいな」
額を押さえ、焦点が合わない刹那に、ライルが言う。
「…何が」
そんなことを言われたのは初めてだった。
自分の何がどう、危ないというのか。
そう簡単に言い返したこととは裏腹に、ライルの言葉が何処か怖かった。
「何つうか、今の状況。…糸が一本でも切れたら、ヤバそう」
自分の心を、暴かれてしまいそうな感覚。
それは冗談ではなく、本当に自分を支配していきそうで。
「…切れない」
「でもそういうのって、自分でコントロールできるもんじゃねえと思うけど」
言葉を返すも、刹那はライルを見ることが出来なかった。
今、顔を見たらロックオンを思い出す。
お前じゃない、ニールであったロックオンを。
そこで漸く、自分の見ていた夢の断片を思い出した。
「
―――…約束、した」
自分を大切にすると。
それが互いを感じることに繋がる。
そう、ニールが言っていたから。
「俺が壊れるわけには、いかない」
例えお前が、居なくても。
「…誰と何、約束したのか知んねえけど、自分は大事にしろよ」
交わした約束は。
「自分が生きてて初めて、相手が大切だって感じれるんだからな。勿論、お前自身も」
生き続ける。
「
――っ」
ライルに悟られぬよう、刹那は目を見開き、拳を握った。
その一瞬の判断がなければ、ライルを問い詰めてしまうところだった。
何故お前がその言葉を言うのか。
同じ顔と同じ声をしたお前が、と。
だがライルは、交わした約束がニールとのものだということを知らない。
ライルの中にニールを見ているなんて、言える訳がない。
それはライルにとっても刹那にとっても、ニールにとっても、悲しいことだ。
だから。
「
―――もう、居ない」
真実を口にするしかなかった。
約束を交わした相手はもう居ないと。
でなければ、二人を重ね続けてしまう。
この約束はニールとのものだ、ライルが同じ顔で同じ声で同じことを言おうと。
「…じゃあ俺と交わせよ、その約束」
「…っ!」
ニール、との。
「俺も俺自身を大事にする。お前を感じて、お前を…守ってやる」
―――だからお前も、俺が大事だなんて思うな。自分自身を大切にしろ。
そう、頭の中で続きが勝手に再生された。
ライルは言っていないが、同じ声で。
ニールの、声で。
そこで悟った。
(ああ、むりだ)
抱き寄せられることを拒めなかった。
俺に触れるなと、言えなかった。
もうニールを重ねずにはいられなかったのだから。
もしかしたら、ライルは知っているのかもしれない。
自分とニールとの関係の深さを。
―――お前の存在が今のソレスタルビーイングに必要なことは確かだ。
だが俺にとって、それ以上でもそれ以下でもない
―――。
そう言った、真意を。
自分でも無意識なところで、ライルを"代わり"として必要としていることを。
だから。
「…お前は、嫌かもしれないけどな」
その否定的な言葉を、付け加えたのかもしれない。
控えめな、キスとともに。
それが唯一の救いだった。
そう思ってくれていることが唯一、ニールと違うところを見せてくれた。
小さくて切ない、唯一だった。
交わした約束は生き続ける。
例えそれが、切ないものだとしても。
―――生き続けるしか、ない。
約束も。
自分も。
09/02/12
芯は強い。けどその芯が作り変えられて、作り変えた人でなければ維持出来ない。
存在できないかもしれない。でもそれは作り変えた人との約束に反する。
だから似たものに縋る必要が…という感じの、せっさんの弱さを作ってみたという話。
女々しいわけではないです。
もとが強いからこそ、明るみにされたときに特に弱さが引き立ってしまう。
そんなせっさんが見たい…という願望から。
でも女々しい感が出てしまって力不足。orz
…と、気付いたら4ヶ月くらい寝かしてしまったお話でした…。
多分2期始まって直ぐくらいに浮かんだ気がします。切腹。
ブラウザでお戻り下さい。