「よう」
「……」


声を掛けると、声を掛けた人物の隣に座る。
掛けられた人物は一度こちらを向いたが、直ぐに顔を戻し前を向く。


「何してたんだ?刹那」
「……」


特に応える様子もない。
無口な方だろうとは思ったが、声を掛けられても返事しないのは頂けない。


「返事くらいしろよ?ミッションでもこうだったら流石に怒るからな」


はー、と溜息を吐きながら言えば。


「ミッションでは問題ない」


漸く口を開いた。
どうやら不必要な会話はしないつもりらしい。
それでも普段からのコミュニケーションはミッションの成功率向上に関係するとロックオンは思っている。
その旨を話すと。


「……分かった、」


怪訝な顔をしつつも、納得はしたようだ。
これで一応会話は成り立つだろう。


「…少し、話をしようか」





普通であることの幸せの痛みなんていらない







そうロックオンは刹那に言ったものの、結局殆どは自分が独り言のように話すばかり。
話をしようと持ちかけたものの、そもそも合う会話が見付からないのだ。
年が離れているということもあるが、刹那の肌の色を見る限り出身国も遠そうだ。
国が違えば言葉は通じても、語れることなんて高が知れてる。
尤も相手が少しでも会話に乗り気ならばまだ話が弾んだだろうが、無口の相手ではそうもいかない。
何気ない話も尽き、ふと漏らしてしまった。
自分の過去を。
しまったと思った時にはもう言ってしまっていた。
自分は爆破テロに巻き込まれた孤児だと。
刹那はもしかしたら興味を持たなかったかもしれない。
だが一度言ってしまえば、そこから話したくなってしまうのが性というか、まあマイスター同士ならばいいか、と高を括って自己満足で話し始めた。

そして思いのほか、感情が昂ってしまった。


「俺は、幸せを奪われた」


本来なら、ロックオンは此処に居ることはなかった。
忌まわしきあのテロがなければ、家族とずっと幸せに暮らしていけたのに。


「俺はただ、普通に生きたかっただけなのに、な」


普通であることの幸せ。
それがロックオンの考える、これ以上ない至福。
それは自分みたいな忌むべき事がなければ、誰にでも平等に与えられるものだと信じていた。


「……"普通"って、何だ」


刹那のこの声を、聞くまでは。


「…え?」
「"普通"に生きるって、どういうことだ」


ロックオンは耳を疑った。
そんなことを問われるとは思わなかったのだ。
普通という概念は人によって大差があるため、自分の物差しの範囲内でしか説明することができない。
だが、ある程度万人共通で量れる普通はといえば。


「そりゃあ、普通に学校へ行って、普通に就職して、普通に恋をして結婚して…とか、」


さらりと言った言葉は、自分が望んでいた未来を辿るように紡がれた。


「…それがお前の"普通"、なのか」
「…ああ、」


そう、自分は大したことは望んでいなかった。
それだけで良かったんだ。
だが。


「お前は、恵まれていたんだな」


刹那は、それだけのことをそう感じ取ったのだ。


(…違う)


それだけのこと。
誰にでも平等に与えられるもの。
違う、自分は何か大事なことを忘れている。


「…刹那、お前、出身は?」
「クルジス」


クルジスといえば、中東でも何十年も争いが絶えない紛争地域だ。
そんな国で生きた子供が、自分みたいな感覚を持っているわけがない。
学校もなく、仕事もなく、恋をする暇さえ。


「…悪い、」
「別に」


ロックオンは、知っていた筈なのに何て無神経な発言をしたんだ、と内心後悔して思わず謝ったが、刹那は気にも留めていないように、相変わらずの無表情で答えた。
刹那は表情を変えない。
顔を顰めたりはするが、笑ったり泣いたりはしない。
感情が乏しいのではないかとすら思うが、無理もないかとも思う。


「…刹那」
「何だ」


名を呼べば変事をして、こちらを向く。
だがやはり、表情は柔らかくない。


「最後に笑ったり泣いたりしたこと、覚えてるか?」
「何故、そんなことを聞く」


問うたことに不審を感じたのか、顔を顰めたが。


「俺が聞きたい…って理由じゃ、駄目?」
「………」


自分の声が思ったより優しいことに、ロックオン自身も少し驚いた。
多分、自分は刹那に興味を持っている。
いや、これを興味と呼べるものに留まっているかは分からない。
おそらく近いうちにそれを軽く飛び越えてしまうだろう。
それほど、刹那が気になっている。


「刹那」


刹那は黙ってしまったが、答えてくれるだろうか。
応えて欲しい。


「……覚えて、いない」
「え…」
「物心ついたときにはもう、銃が傍にあった」
「…っ、」


応えてくれた小さな喜びを掻き消すように、ロックオンの心が軋んだ。


「特に笑えるようなこともなかった。毎日が生きるのに必死だったから」


ロックオンが幼かった頃は、毎日が楽しかった。
笑っていられる日々が本当に楽しかった。


「親の存在も知らないし、誰かが死んでも泣くこともなかった。死んだら神の身元へ行けると皆、信じていたから」


悲しいことがあれば涙は自然と溢れるもので、何度も素直に涙を流した。
それなのに、刹那は。


「死んでいった者を、羨ましいと、すら」


言葉を遮るように、ロックオンは刹那の背に片手を回し、抱き寄せた。


「…っ、離、せ」


刹那は体の間に手を入れ、ロックオンの体を剥がそうとするが、ビクともしない。
必死な声を初めて聞いたが、存外良いと思った。
刹那の感情が篭っているのなら、何だって。


「感情は、大切なんだせ…刹那」


喜ぶこと、怒ること、哀しむこと、楽しむこと、全部。


「…何、言って……っ、」


ぽたり、と刹那は肩に何かが落ちる感触がした。
見えてはいないが、肩口に顔を預けている人物は一人しか居ないため、誰のかは否が応でも分かる。
ロックオンの。
涙。


「…同情か?」
「違う」


問われて間髪入れずに返す。
これは素直な感情ってやつだよ。
しかし自分は他人の人生に感情移入して泣けるタイプではないと思っていたが、どうやらこれはそういう類ではないらしい。
何故だろうな。


(俺はお前が、こういう感情を知らないのが、とても悲しい)


お前に関しては人一倍、感情が敏感らしい。
まだ、会って間もない子供に。
いや、お前を知らないからこそ、なのか。
だから感情が先に行くのか。
自分の感情が、お前の感情を求めているのか。
だから。


「俺はお前に笑って欲しい…泣いて欲しいんだと、思う」
「…意味が、分からない」
「…分かんなくていいよ」
「だが納得いかない」


いいんだ、今は分からなくていい。
きっといつか、自然に笑える時が来る。
自然に泣ける時が来る。
その時に自分が傍に居られれば、いい。
その時にはきっと、お前のことをもっとよく知って、もっと。


(好きになってる、から)


































「……ロックオン…ストラトス…」


俺の全ては、ガンダムだ。
ガンダムがあるから、俺は生きていける。
他には何も入らない。

そう思っていたのに。





勝手に、涙が出てきた。
これが、泣く、ということなのか。
知らなかった。
もうずっと、忘れていた。
でもこんなにも"痛いもの"だったなんて。


(…いらない)


こんな"痛いもの"なんていらない。
お前はどうしてこんなものを俺に欲しがったんだ。
これが"普通"だっていうのか。
こんな。
こんなに。


「いらない」


なぁ。
どうやったらこの痛みはなくなるんだ。
教えてくれ。
欲しがったお前なら、分かるだろ。


「いた、い」


なぁ。


「ロックオン」


教えて、くれ。
痛い。
痛い。


―――居ない。


お前が傍に、居ない。
それがこんなに苦しいなんて。


「痛い」


"痛いもの"が俺を蝕んでいく。
蝕みの癒し方を俺は知らない。




意味が分からないと、言ったのに。


ああ。
分からない。
分からない涙と痛み。





俺はきっと、もう笑えない。











08/03/25
何か勝手に頭の中で出来上がってしまったので形にしてしまったという。
最後希望がないな…。
でもこういう話を書くのが好き。読むのは救いがある方が好き。
難しいね…(爆)

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