キミノウタ 〜modulation〜







閑静な廊下に響き渡る、等間隔の足音。
その足音の主が、重い扉を両手で開けた。


「まだ捕まらないのか」


開口一番、彼は頭を下げている女史に低い怒りを含ませて言った。
尤も感情の起伏があまりない彼にとって、仕える者たちには日常の範囲ないであるが。


「申し訳ありません。東国では安易なことは出来ないもので…」


ゆっくりと頭を上げた女史アルティミシアは、控えめに正論で反論した。


彼が統治する国は、クラウド達の国と同様、東国とは同盟を結んでいる。
東国は彼の国と同等の金や武力を持っているため、迂闊に手を出すことは危険であるということは彼自身も知っている。
故にアルティミシアの言うことに、彼はそれ以上咎める言葉を発せなかった。
しかし東国が同盟を結んだのは、クラウド達の国が彼の手に堕ちた直後。
彼の考え過ぎかもしれないが、クラウドを守るために東国は同盟を結んだのではないかと思うことがあった。
確かに彼の国と東国が戦争を始めれば、その間に存在する小さな国は一溜まりもない。
だからこそ最大の防衛線として、比較的彼の国に有利な同意書に署名したのかもしれない。
多少不利な条件であっても、クラウドの国を守れるならば、と。
その真意など、聞ける筈もないが。


「ですが何故、あの娘にそのように固執なさるのですか?」


アルティミシアは漸く、誰もが気に掛かって仕方ないことを口にした。





―――彼はある時、唐突に口にした。


『あれを、傍に置きたい』


あれ、とは勿論クラウドだ。
彼が国を継いだ数年前、此の国はクラウドの国同様、豊かで静かな国だった。
しかしある時、北の国が突然戦争を仕掛けてきた時から、国は変わった。
数では圧倒的不利だと目に見えていた彼の国だったが、彼の軍司としての才能が花開き、負け戦だと国民でさえ疑わなかった戦いに、勝利を収めたのだった。
そこから国は大きく動いた。
物静かだった国民たちは彼をはやし立て、もっと活気の有る国へ、豊かな国へと、軍事力でそれを叶えろという声が飛び交った。
それを分かっていて尚、彼は冷静だった。
無駄な争いをせず、着々と周りを彼の国へと染めていく。
国民たちは当初納得の行かない様子だったが、彼の確実な行動にますます心躍り、現在に至る。
だが、彼が欲しいのは国ではなかった。



「…お前、見たことないのか」
「…は、」
「あれは、あのような国には勿体無い」


クラウドの国は手に入れた。
だが彼は、国に一切の手出しはしなかった。
故に大臣や国民も困惑し、真意が読めない側としては、安易に動くわけにはいかない。
クラウドとジタン以前に、東国にも連絡を取ることが出来ない。
実はそれも彼の思惑で、どの国にも優秀な軍司が居り、奴ならそう考えるだろうと見越してのことだった。
尤も、クラウドの国にも興味などない。



「俺の元に、あるべきだと思わないか」


ただ、欲しい。
その一心で、彼は無理矢理にでも同盟を結ぼうとしたのだ。
そんな真実だろうと真実味のない理由など告げられるわけがない。
それ故に武力を持っての実力行使に出た。


「…でしたら、誘き寄せては如何でしょうか」
「…何?」
「国に大きな被害が出たとでも耳に入れば、あの娘のことです、戻らずには居られないのでは?」


アルティミシアは柔らかな声で誘惑めいた言葉を連ねるが。


「馬鹿か」


彼は呆れたように即答した。


「…は…?」


その返しに呆気に取られた女史は、思わず口を空けてしまう。


「哀しむのは目に見える。そんなことがしたいわけじゃない」
「…、」


当たり前だろう、と言わんばかりの態度に、アルティミシアは頭を抱えた。
何度そそのかしてもこのように軽くあしらわれる。
無駄が嫌いで、冷静沈着に物事を遂行する、出来た軍司のような主である、普段は。
しかしクラウドのことになるとただの男になってしまうことには、悩まざるを得ない。
女史は小さく溜め息を吐き。



「一先ず、行動は続けます。吉報をお待ち下さい」


深々と頭を下げたが。


「ですが、例の騎士が傍に居る限りは…難しいことも申しておきます」


そう淡々と残して、部下を連れて広間を去った。
広い空間に残った彼は。


「…言われずとも、分かっている」


奴の存在が手出しできない最も大きな要因であると。
呟き、眉を寄せ。


「…何故だ」


何故、此の手に掴めない。
顰めた顔で掌を見詰め。


「クラウド」


娘の名を、呼んだ。




















―――ある夜。
クラウドはジタンが眠ったことを確認すると、音を立てぬよう家を出た。
後ろめたさは特にないが、こんな夜中に一人で、などと小言を言われることは目に見えている。
もしくは自分が一緒ならと条件付きでなら許可してくれそうだったが、それでは意味がない。
クラウドは一人になりたかった。
夜の静かで心地良い空気に触れながら、夜空に煌く星を抱きながら、考えたかった。
特に何が出来る訳でもないと、自分が一番分かってはいたが、何でも良い。考えたかった。
これからの、ことを。


家から少し離れた小高い丘で、クラウドは漠然としたこれからについて、ゆったりと思考を巡らせながら、座って空を見上げていた。
そこに、草を踏む足音が小さく響き。


「…何故、此処に居る」


声を掛けられ、振り返れば。


「…こんなにあっさりと見付かるとはな。あいつ等は何をしているんだ…」


淡々と、独り言が続いている。
今宵は満月。
月明かりのおかげでその整った顔をしっかりと見ることが出来たが、表情はなかった。
不思議な存在だと感じずには要られず。


「…お前、は…?」


クラウドが思わず問うと。


「隣国の、スコール」


惜しげもなく、そして目を逸らすことなく発した国と、その名。


「…!」


忘れるわけがない。
故郷を、奪った名。
目が見開き、血が逆流しそうな感覚に陥ったことが、色んな思考を鈍らせた。
だから目の前の男に平手打ちを食らわせたことに気付いたのは、その右手を掴まれた後だった。


「っ離せ!」


全身を使って手を退こうとするが、力の差は歴然、動きもしない。


「離したら逃げるだろう」
「当たり前だ!」


叫んで、自分の無意識の行動に激しく後悔した。
何のために逃げていたのか、誰が自分を逃がしてくれたのか。
誰が今まで、自分を支えてくれていたのか。


「何故逃げる?」
「…はなせ…っ!」


全て、全てが無駄になってしまう。
そう思うと、自分の浅はかさと悔しさが溢れて。


「クラウド」


涙が、溢れて。


「ジタ…っ」


小さな声で呼んだのは、騎士の名だった。


(名を、呼んだのは、)


呼ばせる訳にはいかない。


(俺、だろう)


呼ばせたくない。
力任せに手を引き、想いが混ざった感情の行き着いた先は。


「…っ!」


がり、と唇を噛まれる痛みが走り、口の中に液体が広がった。


「…っ」


暫く縁のなかったものに、それが血だと気付くまで少し間があり一瞬呆けていたらしかったが、それでもつかんだ手は離さなかった。
目の前には、息を荒くして無言で睨むクラウド。
強い輝きを持つはずの深く蒼い瞳は、涙の潤いで不規則な輝きを魅せる。
これ以上は手を出せないと、率直に感じたスコールは手を緩め、細く白い手首を離し。


「…必ず、手に入れてみせる」


そう残して、去った。
まるで最初からこの場に居なかったかのような静寂が辺りを包み始めたと同時に。


「…っ」


震える体を抱えて、クラウドは蹲った。
怖いと。
あんなに怖いと感じたのは初めてだった。
後悔以上に、今自分をこんなにも支配する感覚すら。
怖い、と。


「姫!こんなところに」
「…!」


感じた時。
柔らかな、安心する声が、その感覚から守るように包んでくれた。


「…ジタ、ン、」


目の前に屈んでくれたジタンに顔を上げれば、目を見開いて自分を見たのが分かった。
涙で、殆どまともに顔なんて見えなかったけど。


「っジタン、」


こんなにも感情が溢れ出ることなんて久しぶりで、どうしたらいいのか分からなくて、見られたくなくて。
ジタンの胸に、顔を隠すように抱き着いた。


「っどうしましたか?一体、何が、」


焦ったジタンは矢継ぎ早に聞いてはきたが、優しく。
優しく抱きしめてくれて。


「…っ何でも、ない…っ」


言えるわけがない。
感情が追いついてくれないのもあるけど、それ以上に説明し難い後ろめたさがあって。
ごめん、言えない。
ごめん、お願い。
だから。


「このまま…っ」


このままで。
いて。














このお話を書くキッカケを下さったれきさんが、
隣国の王子はスコールでみたいな言葉を頂いて、こうなりましたw
さあ着地点は何処だ…!(爆)


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