君のために、今すべてを捧げよう―――





キミノウタ







薄掛かっていた雲が去り、月明かりが辺りを照らす。
その明かりに惹かれるように、部屋の主は照らし出されたベランダへと降り立ち、丸く大きな月を見上げた。


「…今日は満月か」


ぽつりと呟いた言葉は、心地良い夜風に直ぐに溶けた。
そして月に背を向けるように手摺りに寄り掛かり、目の前に広がる自室を見据えた。
見慣れたこの部屋は、随分前から広く感じるようになった。
部屋だけではない、城全体がとても、広い。


両親が生きていた頃は、こんな侘しさを感じることはなかった。
毎日が明るくて、楽しくて、眠るのが勿体ない程だった。
それなのに今は、眠ることが寂しく、少し怖いとすら感じる。
一人を、実感させられる。


実際は一人ではない。
大臣も従者も兵士たちも、この城には沢山居る。
だが自分の身分から近しい者たちは皆歳を重ねているし、若い者も居るが皆男で、城の兵士だ。
喋ることは身分の関係上、まずない。
勿論若い女性も居るが、それは町に行けばの話で、城中にはいない。
従者は皆、両親の代から使えている、自分の一回り以上も上の歳の者ばかり。
それでも皆、廊下を歩けば気軽に笑顔で話し掛けてはくれていた。
6年前、両親が流行り病で亡くなるまでは。
自分が事実上この国で一番上の存在となってからは、気軽に接してくれていた者たちは皆、一線を引くようになってしまった。
廊下を歩けば頭を深々と下げられ、笑顔どころか顔すらも見ることは滅多になくなった。
人の上に立つ者は孤独。
何処かで誰かが言っていた言葉が、何度も何度も頭を埋め尽くす。
今日も、また。


―――姫」


埋め尽くされようとした頭に、声が響いた。
声に導かれるように外を振り向き、庭を見下ろせば。


「…ジタン」


若くして騎士団長となったジタンが、自分を見上げていた。
こちらが名前を呼べば、見上げたまま優しく笑い。


「月明かりが満ちているとはいえ、夜も更けました。そろそろお休み下さい」


落ち着かせるように優しい声で言った。
ジタンは城中でも唯一気兼ねなく会話出来る相手、だった。


「…もう少し、風に当たっていたい」


しかし2年前、自分と同い年である21歳にして、騎士団長に就任してから、変わってしまった。
皆と同じく、敬語を使うようになって明らかな一線を引いてしまったのだ。
根本が変わっていないことは分かってはいるし、騎士団長としての体裁がそうさせているのだと、自分は思っている。
そう思わずにはいられない。


「姫、」
「お前にそう呼ばれるの、好きじゃない」
「ですが」
「敬語もやめろ」
「…できません」
「…っ」


変わってしまったなんて、思いたくない。
湧き上がる焦燥と寂しさから湧き上がる涙を押さえ、クラウドは室内へと戻った。














―――変わってなんか、いない」


ジタンはクラウドの去ったベランダを見上げ、小さく呟いた。
その顔には寂しさが滲んでいると、自分でも分かる。
自分でもクラウドに、そして自らにも酷な事をしているという自覚はある。
だがクラウドを、姫を守る最も重大な地位と責任を持った以上、軽々しく接することは許されない。
クラウドが悲しい顔をするのも無理はない。
騎士団長に就任してからずっと、クラウドに対して一線を引かなければならないのだから。
その前日まで毎日のように笑い合っていたのだから、向けられるその表情は尚更辛い。


クラウドの両親、王と妃が亡くなられてから暫く、表情から明るさが消えていた。
それ以前に、葬儀では泣くことすらしなかった。
ただひたすらに喜怒哀楽を隠すように、表情の動きを止めていたのだ。
大臣や従者たちが励ますも、クラウドの表情は動かなかった。
しかし誰も見ていないところで頭を撫でると、塞き止めていたものが一瞬で溢れ出し、クラウドは声を上げて泣いた。
その時、自分はクラウドの強さを再確認した。
国民の前では気丈に振舞うこと、それが国の象徴である王族の勤めであり、それをクラウドは勤め上げたのだ。
強く、それでいて脆く弱い。
その弱い部分を自分にしか見せないのだから、少なからず好意を持ってくれているのだと自惚れたくもなる。
自惚れ故に、クラウドの笑顔を取り戻そうと躍起になった。
漸く自然な笑顔をみせてくれるようになるまで、半年以上かかったことを覚えている。
だからこそ、その笑顔を今度は自分の都合で奪うことに、何度も悩んだ。


クラウドが自分に好意を持ってくれているからこそ。
自分がクラウドを好いているからこそ、悩みぬいた結果のこの立場がどれだけ辛く、苦しいか。
それでも、この立場を誰かに譲るつもりはない。
クラウドを誰よりも近くで守ることの出来るこの立場を。





―――生に未練はあるか?』
――…いいえ』
『そうか、だったら―――





まだ幼かったあの日。
そう言って差し伸べてくれたクラウドの手を取った、あの日から。


クラウドは昔、自分に救われていると言った事があった。
だが自分はそれ以上にクラウドに救われていることを、知っているだろうか。
いや知らなくてもいい。


例えクラウドに悲しい顔をさせようとも。 絶対に守ると、決めたのだ。














しかしその決意は、悲しい現実により確固たるものへと昇華されることとなった。














「既に隣国は北と西を固めております」
「攻め入られるのは、時間の問題かと」


大臣、騎士たちが会議室で重い会話を繰り広げる。
国境の警備兵たちが城に駆け込んだのは数時間ほど前。
そして会議が始まったのはその直後、かれこれ数時間進展のない会話が飛び交う。
しかし進展がないのはこの会議だけであり、その間も隣国の体制は整っていくのだろう。


警備兵は数時間ほど前、隣国が攻めて来たと駆け込んで来た。
大臣たちは最初は馬鹿なと嘲笑っていたが、明らかな軍隊であることを告げると、皆が顔面を蒼白にさせた。
隣国からは、数ヶ月前から和平を結ばないかという協定を持ち掛けられていたが、現在の王はあまり評判が良くないとの噂で、返事を決め兼ねていたところだったが。


「声明が来ました!」
「して、なんと!?」
「和平に応じなければ、軍隊を率いて国境を越えるとのことです…!」
「むう、まさか強行に出るとは…」


脅して和平を結ぼうなど、何が和平だと大臣たちが口々に言う。
しかし此処で何かを言ったところで状況は変わらない。
既に国境付近まで軍を進めている隣国に対し、例え戦いに応じこちらの軍を向かわせた所で、国内での戦いは避けられない。
そうなってしまえば国民にも犠牲が出ることは必至。
その上、隣国は国土も軍も大きく、小国の1つであるこの国が迎え撃って勝てる要素はほぼ、皆無。
それは大臣、否国内の誰もが分かっていることだった。
だがここで隣国の言われるがままに和平を結んだところで、この国の存続すら怪しい。
和平とは名ばかりに、隣国に吸収されてしまうことは目に見えている。
故に、この国が取る方法はひとつしかない。


「仕方ありませんな」
「ええ、この方法しかあるまい」


大臣、従者、そして騎士団の皆が、顔を見合わせ頷き合う。
言葉にせずとも、心は1つに決まっていた。


「姫、お逃げ下さい」
「え…」


それまで大臣たちの話を聞くことしか出来なかった、政治には強いが軍事に関しては知識がほぼ皆無のクラウドに、大臣の一人が告げる。
その言葉と、皆の自分を見詰める視線に全てを悟ったクラウドは。


「っ何を馬鹿なことを…!」


皆を置いて行ける訳がない。
此処で生まれ、全ての時間を此処に居る者たちと共有してきた。
それを、これからの全て捨てて、自分一人だけなど。


「おそらくこのまま抵抗を続ければ、皆が戦いに巻き込まれることとなります。貴女も無事では済まないでしょう」
「しかし和平を受け入れ、隣国に屈してこの国の存在を無くす訳には参りません」
「貴女が生きてさえいてくれれば、国はきっとまた蘇ります」
「だからその希望を託すのです」


真剣な視線と、その瞳の中にある希望。
その希望を背負うことが、今の自分に出来る唯一のことなのか。
国を守るために。
そして皆の未来を守るために。
クラウドは力強く頷いた。


「ジタン、姫を頼んだぞ」


クラウドの頷きを確認すると、逃げろと告げた長老とも呼ばれる大臣が今度はジタンに告げる。


「…私が、ですか?」


思ってもみなかった言葉に、ジタンが、そしてクラウドも目を見開く。


「長老、私は一人で平気だ!」


ジタンはこの国を守らなければならない、騎士団長にはその責任がある。
そう主張すると。


「騎士とは、国を守る者ではありません。姫を守る者です。騎士団長はその筆頭…」


故に、姫を誰よりも傍で守る義務と責任がある。
その長老の言葉に、ジタンはハッとして、自らの決意を再度噛み締め。


「…御意」


深々と頭を下げ、長老の意を汲み取った。


「…時間がありません。東へ向かいなさい。東国になら、受け入れてもらえるでしょう」
「長老、」
「分かりました」


行き先を賜ると、ジタンはクラウドの手を掴み、外へと促す。


「…っ…」


皆が温かい目で自分とジタンを見送ってくれている。
おそらくこれが、今生の別れになるだろうことを双方共に悟っていた。
何か言いたい、言わなければ。
だが言葉にならない。
今まで一緒に過ごしてきたこと、そして互いを分かち、その先にある違う未来。
皆に背負わせてしまった重さと、自分の背負った重さ。
想いが溢れすぎて、何を言っていいのか分からない。


―――っ」


言葉の代わりに溢れた涙が、皆の姿と閉まる扉を滲ませた。

















「…っ、ジタン、」


ジタンの名を呼ぶクラウドの息が上がる。
城から出てジタンに手を引かれるまま暫く走ったとはいえ、後ろを振り向けばまだ城の形ははっきりと分かる。
それがまだ先は長いと言っているようで、ますます息が上がっていく感覚を誤魔化せない。
日頃から鍛えているジタンと違い、運動不足な上、ドレスとヒールでは早く走れるわけもない。
幸いスリットが広めに入ったタイトなドレスと、低いヒールに助けられてはいるが、それでもジタンの足を引っ張っていることには変わりない。
自分が居なければ、ジタンはもっと早く走れるのに。
そんな思考が頭から離れず。


「…駄目だ、置いて行ってくれ」
「出来ません」


告げるが、ジタンの足は止まらず、前を向いたまま即答された。


「だったら、私より皆のところへ戻れ!」


自分は一人でも平気だ。
独りは慣れているから。
目を閉じ、その意をぶつけるように吐き出せば。


「出来ない!」
「!」


足を止め、クラウドに向き合ってジタンが叫んだ。
こんなに荒げた声を、初めて聞いた。


「クラウドは皆の希望なんだ…!それを背負って生きなきゃならないんだ!」


そして切に、願うような声。
敬語も消え、騎士団長に就任する前のジタンが、そこに居た。


「…ジタ――……っ!?」


ジタンの名を呼び掛けた時、向かう先から武装した兵士らしき者たちが見えた。
和平を受け入れなければ国境を越えるとか脅しておいて、事実既に国内に侵入していたのだ。
こんな卑怯な国に尚更屈服するわけにはいかない。
しかし今の自分に出来ることは、長老たちの言葉に従い逃げることだけ。
だが、行く先を固められては。
ここまでかと諦めが体を支配し、力を抜いてジタンの手を離そうとした、クラウドの手を。


「…俺はクラウドに手を差し伸べてもらった日から、全てを捧げると誓った」


ジタンは力強く、握った。

















―――まだ王と妃が健全で、この国が豊かだった時代。
当時13歳のジタンは戦争の耐えない隣国から、この国に逃げ延びてきた。
両親は共に戦死し、ジタンも此処に辿り着くまでに何度も死線を越えてきた。
隣国からこの国への亡命者は多々居たが、ジタンほど心身ともに今にも絶えそうな状態で辿り着いたものはそうそうおらず、その上その姿で、偶然町へ訪れていた王と妃の前へと現れてしまったのだ。
酷い身なり故に、護衛の騎士たちが押さえつけるのも無理はない。
そこでああここまでか、と死期を悟り、瞳を閉じた時。


『待って』


綺麗で幼い声が、自分の死期を制した。
その声に瞳を開け、少女を見上げた。
死ぬ瀬戸際だというのに、思わず目を見開き、見惚れてしまうほどの輝きが、目の前にあった。
まるで天使と見紛う程の、輝き。


『生に未練はあるか?』


その輝きが問うたことは、ますます天使なのではないかと思えるほどで。
こんなに綺麗な天使と出逢えて、看取ってもらえるのなら本望だと思い。


『…いいえ』


正直に口にすれば、天使は微笑い。


『そうか、だったらお前の命、私にくれるか?』
『…え…』


更に問われたことに、誰が予想しただろうか。


『未練がないのなら、私のために生きて欲しい』


今此処で、自分は死んでもおかしくないというのに。


『私を守ることを理由に、生きて欲しい』


貴女は、俺に生きる活力を与えてくれて。
思わず、涙が零れた―――

















(あの日からずっと、俺はクラウドのためだけに生きてきた)


あの時の涙を、そしてその涙を拭いてくれたことを、今でも鮮明に覚えている。
だからクラウドの近くに居るために、クラウドを守るために、クラウドのためだけに毎日を生きた。
クラウドを考えない日なんて、なかった。


「でも絶対に、命を投げ打ったりはしない」


だって俺はクラウドが居ないと駄目なんだから。
クラウドが居ないと生きられないんだ。


「…嘘だ」
「一人には、絶対させない」


クラウドが生きてくれるなら、俺は。
生きていけるから。


「嘘だ!」


両親がそう言って先に逝ってしまったことを、クラウドは身を持って経験している。
言ったところで、説得力なんてない。
だから。


「絶対、離さないから」


頭を振って否定し続けるクラウドに言い聞かせるように、手を握り。
自分の口元に引き寄せ、目を見て、微笑んで。


「生涯守るって、誓っただろ?」








―――騎士団長に任命されたあの日。


『貴女の生涯、守り抜くことを誓います』


俺はそのたった一言を、クラウドに捧げた―――








「…!」
「誓ったって、俺が生きてなきゃ守れないじゃん」


笑って、クラウドの頬に手を滑らせ。


「だからクラウド」


緩く引き寄せ。
唇に、口付けて。


「安心して、守られてろって」


俺は再度、微笑んだ。





(…ジタン、)


やっと聞けた、"お前"の言葉。

楽しかった日々、辛かった日々。
どちらもお前が傍に居てくれた。
それが一番の幸せだと、今更ながらに気付いた。

それはもう、戻らないだろう。

けど、繋いだ手は。


―――…うん」


離さないで。


























―――そう頷いて。
涙を溜めて微笑んだクラウドの顔と。


「ジタン?」


ジタンを起こしにきた現実のクラウドの顔が重なった。


「…姫?」


現実か夢か区別の付かないほど、目の前のクラウドは同じで、思わず夢の中の呼び名で呟いてしまったジタンに、クラウドは怪訝な顔をした。


「は?何寝ぼけてるんだ」


皆もう起きてるぞ、と控えめに布団を巻くる。


「寝ぼけ……何だ、夢かあ…」


目を擦りながらジタンは呟く。


(俺でかくなってんなあと思ったら、やっぱ夢かよ…)


まあクラウドが女なわけないし。
ああでもキレイだったなあ。
などと、気落ちしながらも最終的にクラウドの美人具合は変わらなかったことに救われつつ、ジタンは右手を真上へと掲げた。
夢でも、クラウドの頬に滑らせたとてもリアルな温もりが、まだこの手に残っている。


「…何だ?」


その手を、再度近くを通ったクラウドの手に絡めると、再度怪訝な表情を向けられたが。


「いやー?手、繋ぎたいなって思っただけ」
「?」


笑顔で誤魔化し、更にぎゅっと握る。
夢で握ったように、強く、強く。


「ジタン?」


消えないうちに、その温もりをクラウドへと移す。
だって、離さないって決めたから。
夢の中"でも"、お前に誓ったんだから。














2009/09/26
まさかのファンタジーwwそして夢オチ\(^o^)/
こういう系は読むのも書くのも得意ではないんだけど、全てはれきさんの1枚の絵のお陰です^^^^
ということでひっそりこっそり捧げます><
タイトルはまんまあの曲←
それ聴きながら妄想してたら大人ジタクラが完成されたわけですww
ジタクラソングで推していきますね^^^^
しかし途中までジタクラじゃなくても…と思ったけど、
いやいや最後の軽そうで真面目な台詞はジタンじゃないと駄目なんだよ!
と言い聞かせて何とか←

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