ごめん。
でもそれは叶ってはいけない。
だから俺は、アンタが願うことが、願わくば。
叶いませんよう。





paradox







街灯が等間隔に灯る薄暗い道に、足音だけが響く。
はっきり聞こえるのは、足音と自分の息遣いだけだ。
風もない、静かな時間。
まもなく、日が変わる。
車も人も、もう歩いてはいない。
皆、家族や愛しい人たちと暖かい場所で、その時を迎えようとしているからだ。
その時をこんな所で迎えることになりそうなのは、自分ばかりだと思っていたのだが。


「…はがね、の?」
「よぉ」


暗いとはいえ、向かいから歩いてきた赤い姿を見間違うはずがない。
近くの街灯に姿が完全に照らされる前に呼んだ二つ名に、照らされると同時に返事が返ってきた。
呼んだのはロイだが、自分の思った以上に驚いていることが声から感じられた。
何故なら、目の前の人物は此処に居るはずがないと知っていたからだ。


「何やってんだよ、こんな時間に」
「…それはこちらの台詞だ。君こそ、こんな時間に…」


この際問題は時間じゃない。


「いや、何故イーストシティに居る?」


部下からの連絡では、数日前エルリック兄弟はノースシティに滞在しているとのことだった。
それが何故、今此処に。


「あぁ、必要な資料がこっちにあるって思い出して、こっち来たんだよ」
「いつ?」
「昨日…かな?いや、もう日付変わってたかも」
「……、」


溜息は吐かなかったが、またか、と呆れた。
この兄弟、主に兄の方だが、突発的な行動をよくする。
思い立ったが吉日、少しでも有力情報があったら即行動が当たり前。
ストッパ役の弟が居れば少しは落ち着いているのではないかと思えば、兄に言い包められ乗せられてしまえば結局同じこと。
そもそも決定権がこの猪突猛進で。


「そういやさ、今日何かあった?人通り少ないし…けど皆浮かれてるっつーか」


時間、曜日、イベント事を一切気にしない、日付感覚のない兄にあることが一番の原因だと思うが。


「…最後に日付を確かめたのはいつだ?」
「え?えーと…二十日…だったかな?つか今、十二月で合ってる?」


アバウトにも程がある返答だった。


「通りでクリスマスにも音沙汰がないと…」
「あれ?皆浮かれてっからクリスマスだと思ったんだけど、違うのか?」
「ツリーがないだろう、もう…」
「あ、そっか」


ははっと軽く笑って返された。
これは流石に溜息も出る。


「で、結局何の日なんだ?」
「今日は…」


答えようとして腕時計に視線を落とせば、既に長針と短針が重なっていた。
ずれがないところを見ると、たった今日付を越えたのだろう。
しかし何の日、と具体的に説明するのが面倒になって。


「…ハッピーニューイヤー…と言えば、分かるだろう?」
「…え……えぇ?」


マジで?と聞き返す声にあぁ、と頷けば、エドワードはしまったという顔で頭を掻いた。


「弟は気付かなかったのか?」
「最近はアルも周り見えてなかったからな…」


苦笑とその言葉は肯定を示している。
つまり今回は、頼みの綱の弟も共倒れだったらしい。
当然周囲の人は他人であるし、流石に年越しに関心がないとは思わないだろう。
尤もこの二人が日付感覚を鈍らせているなど、気付くはずもなければ、他人にとってはどうでもいいことだ。


「しかし年越しを忘れるとは、流石に呆れる…」
「年越しを忘れたのは今回が初めてだ、」
「威張ることじゃないだろう」


ロイはまた溜息が出た。
だが今度は呆れただけではない。


「…こっちに帰ってきていると知っていたら、一緒に過ごせたのにな…」
「…、」


少し悲しそうなロイの声に、エドワードは罰が悪そうに黙った。
秘密ではあるが、互いに想いを通わせている仲である。
恋愛に関して疎いエドワードでも、一応はイベント時にはそういう相手と過ごすものだということは知っている。
そしてロイがそれを望んでいるということも。
エドワード自身はイベントに関心はないが、少なからず相手に好意を抱いているからには、一緒に過ごしはしたい。
自分は普段定位置に留まらないから、常に東方司令部に居るロイと違い、自分から知らせる以外まともな連絡方法はない。
だからこそ、自分がしっかりしなければならないのに。


(…なのにまた、やってしまった…)


クリスマスも忘れていて連絡しなかったし、年越しも偶然ではあるが逢えたにしても、本意な形ではない。


「…ご、めん…」


最低だ。


(…ホント、人として最低…)


謝ったところで時間が戻ることはない。
何か口に出そうとしても謝る言葉しか出ないから、俯くことしかできなかった。
一体、何て言われるだろう。
自分が悪いのは分かりきってる。
何を言われても受け入れる覚悟は出来ていた、が。


「……全く、仕方のない…」
「…?」


発せられた言葉には優しさがあって。
それに促されるように顔を上げると。


「これは私が、もっとしっかりするしかないかな」
「え…」
「私が教えるよ」


優しい溜息に。
優しく微笑んだ、顔。


「君が忘れていても、私が覚えているから」
「っ、」
「だから君は、何も気にせず頑張ったら良い」


攻める言葉でも怒りの言葉でもなく。
それは今の自分にとって、これ以上ない言葉だった。


――ニューイヤー、クリスマス、鋼のの誕生日、私の誕生日…」


君がセントラルに来た日、国家錬金術師として名を受けた日。
更に祝日と続いて。


「日曜日…があるとすれば、月曜日に火曜日…」
――何だよ、それじゃ毎日じゃん」


あまりに無理なことを言ったものだから、思わず小さく噴出してしまった。
さっき落ち込んでいたことを忘れるくらい、それは嬉しい話だった。


(こんな、自分のために…)


俺には勿体なさ過ぎる言葉が嬉し過ぎて。
笑った顔が、直ぐに曇った。
だって、そんなことは無理なんだ。
出来るわけがないんだ。
でも。


「…でも…本当にそれができたら…」


幸せ、なのかな。


――…、」


苦しい笑いを見せて呟くと、ロイの顔が少し伏せられた。
影が出来て表情を伺えなくなったが、おそらく自分と、同じ表情。

ロイ自身も、毎日連絡を取ること、教えることが出来ないことなど分かっていることだ。
互いの立場、目的。
それがあるから、エドワードは『本当にできたら』と口にしたのだ。

願うには、あまりに大きすぎる。
それを互いに、身に染みて知っている。


―――だが、叶わないことじゃない」


ロイが顔を上げた。
それは決意に満ちた顔だった。


「…っ…」


痛いくらいに伝わってくる。
アンタの、想い。


「ただ、声が聞きたい」


ただ逢いたい。
それだけのこと、誰に叶わないと言えよう。


「私は、叶わないこと、できないことは口にしない。叶えるから…できるから、口に出すんだ」


きっと叶える。
願うだけじゃない、自らの力で実現させてみせる。


「……それが、私の今年の抱負、かな」
「え」


笑って向けられたのは、予想外の言葉だった。
思いもよらない話の完結に呆気に取られてしまったが、それがロイなりの決意だということは、十分に感じられた。
なぁ、俺は。
微笑っていいんだよな。


「…また、随分はた迷惑な抱負だな」


それが実現した時、俺にもとばっちりが来るんだから。
微笑って頷いていいんだろ?


「けど…じゃあ。俺もそれにしとくかなっ」


頷くから。
だから、願わくば――











「それじゃ、行くわ」
「あぁ、」
「…また、な」
「…あぁ…また」











アンタは、きっと分かってないんだろうな。
俺たちは、今が一番生きやすいんだよ。


(幸せ…なのかな)


分からない。
叶ってみないと分からない。
幸せ、かもしれないけど。
けどそれが叶ってしまったら、きっと俺たちは駄目になる。
少なくとも俺は、駄目になる。

幸せなんて、いらない。
今の、ままでいいよ。
今が一番いいよ。


(だから…っ)


だから願わくば。
それが、叶いませんよう。








07/01/12
何だか新年1発目の話にしては前向きじゃない上、意味の分からないものに…。
タイトル通り、逆説…というか矛盾したエドの願いを書いてみました。
が、矛盾の話って難しいですね……撃沈_| ̄|○

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