それは何処かから繋がって、何処かへ繋がっていく。
こわね
「―――」
〈―――はい〉
電話が繋がる音が数回したのち、声が聞こえた。
電話はそういう機能のものだ、当然だ。
それに俺が電話したんだから、当然俺もその声に答えるべきだった。
でも、俺は名乗ることも、何もしなかった。
「―――…、」
〈――エドワード、か〉
なのに声の男は、直ぐに俺だと分かる。
そんな男が、今は嫌いだった。
〈――どうした?〉
「…っ、」
受話器を握り締めたまま、問われた声に答えようとはしなかった。
否、答えられなかったのだ。
そのたった一言が、全ての確信に迫っているから。
だから、嫌いだ。
何も言っていないのに、何も見えていないはずなのに。
俺の今を見透かすような、この男が。
「……ムカつく、」
小さくも受話器の向こうの男に聴こえるように今の感情を吐き捨てた。
と、男は直ぐに笑って返す。
〈――お互い様、だな〉
と、その言葉にも小さく笑みを含んで。
「……何で、」
〈―――〉
「答えろよ」
自分の事は棚に上げ、答えを要求する。
そんな不平等に男も気付いているだろう。
それでも男は。
〈―――君は、何も言わないから〉
答えてくれた。
〈辛いことがある度に、君は私に無言の電話を掛けてくる〉
「…っそれ、は…」
〈だが決まって何も言わない〉
辛い時ほど、君は自分の中にそれを押し留める。
「っ、」
〈それでは、何の為に私に電話してくるのか、分からない〉
そうだよ。
俺は少しでも何かを吐き出したくて、アンタに電話する。
けど、言えなくなるんだ。
こんなことアンタに言ったからってどうにかなるわけじゃないと思うと。
お前らしくない、って返されたらとか思うと。
アンタの声を聞いた途端、いつもそんな言葉が反芻する。
それが俺の声を押さえ込んでしまう。
「…っ、」
尤もな言い分を掲げられて、俺は何も言えない。
それに今だ俺の思考に嫌な言葉が絡み付いている。
ほら、何も。
また、何も。
〈――だから私は、いつも必死だ〉
「…ぇ…」
〈君が何に苦しんでいるのか、どんな辛いことがあったのか――それを、探し当てることに〉
だがそれは、私の特権だと思っている。
「…何で、」
分からない。
〈君がそんな電話をくれるのは私だけ、だからな〉
「…っ」
〈…自惚れているんだよ、これでも〉
どうしてそんなことが言えるのか。
どうしてそんなに。
優しいのか。
「……馬鹿、だな、」
〈君に関してならそう言われるのも、悪くない〉
「――ったく、ホント……っ…」
視界が、歪む。
やめてくれよ。
込み上げてくる感情が。
〈私に電話をすることで、少しでも君の痛みが緩和されるのなら、いくらでも、いつでもすればいい〉
止められなくなる。
そう思ったとき。
〈だが、そこでは泣くな〉
「っ、」
まるでタイミングを計ったかのように、俺の涙を一瞬止めて。
〈何も言わなくてもいい――だが、電話越しに泣くことは許さない〉
「…なに、言って…」
泣いてなんか、と俺は笑った。
自分では上手く笑えたと思った。
でも音に、声に敏感になってるアンタは。
〈分かるに決まってるだろう…!〉
誤魔化せないと、思った。
「…っ誰の、所為だと…っ」
アンタの切な声が、余計響く。
泣くなって言われると泣きたくなるんだよ。
悔しい。
たったそれだけで、俺はまだ幼いんだと思い知らされる。
「アンタが、泣くなっつうから、余計…っ」
馬鹿。
止まるわけねェだろ。
此処まで溢れたら、もう。
〈―――零れるなら、私が掬う〉
「っな、」
開き直った途端にその言葉はナシだろ、という俺の心の言葉も虚しく、思わず揺れた体が涙を重力に任せた。
「っ、」
咄嗟に受話器を持っていない鋼の右手の平でその涙を受け止める。
そんな俺の様子を、アンタは見てもいないのに。
〈…だから、零れてもそれを地面に落とすな〉
涙を受け止めることを知ってたみたいに、言うんだ。
「…そんなん、無理に決まってる、」
けど、言ってやらない。
分かったとも、頑張ってみるとも、そんな前向きな言葉は絶対に。
だってアンタ、調子に乗るから。
〈零れる前に受け止めて、もう一度体に吸収すればいい〉
けど結局。
〈そして、次に私に逢った時に、まとめて流してしまえばいい〉
どっちにしたって調子に乗るんだ。
でもそれが。
〈…そしたら私が、全て掬ってやる〉
少し。
〈君の痛みも辛さも、全部〉
心地良いと、思うんだ。
電話を切って、俺は鋼の手を見詰める。
「…乾いちまった、か…」
しかし涙の跡はそこに確かにある。
俺は躊躇うことなく、その跡を舌でなぞる。
「…変な味、」
鉄と涙が混ざって、何とも言えない味が口の中に広がった。
自然と笑ってしまったのは、その所為だけじゃない。
―――零れる前に受け止めて、もう一度体に吸収すればいい。
頭に残る声。
―――…そしたら私が、全て掬ってやる。
響く声。
―――君の痛みも辛さも、全部。
目を閉じれば、アイツがいる。
そんな変な、安心感。
電話を掛ける前までには無かった、充実感。
「――行くか」
ぱっと目を開けて、トランクを持つ。
何処へ行くかは、決めてない。
当てもない。
けど、アイツの所じゃないことは確か。
(まだ。もう少し)
もう少し、あの声の余韻に浸っていたいから。
それは何処かから繋がって、何処かへ繋がっていく。
アンタの、音。
END.
06/06/19
久々更新は何とも言い難いものに(爆)
ちょっとね、声だけの世界ってのを表現してみたかったのです。
唐突に浮かんだ話なので脈絡もなければ続きもしない。
文字通り、『何処かから繋がって何処かへ繋がっていく』のです。
タイトルは「声音」を敢えて平仮名に。
ブラウザでお戻り下さい。