それはエドワードが国家錬金術師の称号を得て半年以上が経った頃だった。



全力少年





「…とまぁこんな感じ」


報告書を読み上げながら自分の見たことと交えて、ロイに言っていた説明を終える。
それを自分の書類の処理をしながら聞いていたロイは、説明が終わると同時にペンを置いて。


「そうか…所々小さな穴が空いているようだが、急いで書いた割には正確のようだから良しとしようか」


エドワードの差し出した報告書を受け取り、小さくため息をついて言うと。


「五月蝿ェよ。どーせアンタだって昔似たようなことしてたんだろ」


ロイの棘のある台詞にエドワードも眉間の皺と一緒に棘を返す。


「昔というか、今もだな」


まぁ詳しく書いたところで上が真面目に読むわけでもないし、少しく手を抜くくらいが丁度いいんだ。
と、エドワードの言葉ではロイにとって棘にもならないらしく、報告書に目を通しながらさらりと吐いた。


「あ、そ。別にアンタのことなんてどーでもいいし」


それに素の顔をして返すエドワードもエドワードで。


「どうでもいいとは何だ。折角先輩として、アドバイスしてやってるというのに…」
「あーはいはい」


ロイの呆れた顔に、そっぽを向いて手をひらひらさせて適当に答える。
何回か報告書の提出を経験し、ある程度余裕が出てきたというのもあるだろうが、吸収のいい頭がこの場合一番役に立っているのだろう。
経験を積めば役には立つだろうが、それだけでは国家錬金術師を続けることはできない。
何より経験によって生かせるほどの知識がなければいけない。


(そんな世界で生きるには大人とて一苦労だというのに…)


この子供は、それを僅か十二歳でやってのけ、そしてそれを持続させようとしている。
そんな子供らしからぬところに。


「つか用も済んだしもう行っていいだろ?アルとこの後中央図書館で調べもんしようって待ち合わせしてんだよ」


体の向きを変えつつ、急かすエドワードに。


「ああ、待ちたまえ鋼の」


一端待ったをかけて、立ち上がり。


「忘れものだ」


そう言って机越しにエドワードの胸倉を掴んで引き寄せて。
少し顔を傾けて。
唇を押し付けるだけの、キスをした。


「……………………な、」


数秒経って唇と掴んでいた服を離すと、エドワードの口から呆けた声が漏れてくる。
おそらく、状況が理解できていないのだろう。
殴られると予想していたロイにとっては良い誤算だった。


「…先ほど先輩として、と言ったが…訂正させてもらう」


君の恋人兼、先輩として。
言って自分の唇を親指でなぞって煽…ったつもりだったのだが。


「……あー、そ、」
「…?」


エドワードから漏れた声は、また予想に反して、呆けたままで。
むしろ先程より呆気が進んでいるのは気のせいではない。


「鋼、の?」


銘を呼ぶと我に返ったようにはっと瞬きをし直して。


「えーっと、俺、行ってい?」
「あ、あぁ…」


聞かれて、もう引き止める理由もないロイは了承するしかない。


「じゃ」


ぎこちなく数歩後ろに下がり、踵を返してエドワードは早足で出て行った。
扉の閉まる音が響いても、ロイは椅子に座り直すこともせず突っ立っていて。


「……私は…」


確かに、キスをした筈だが?
自分で確かにしたことを問い直してしまうほど、エドワードの反応はあっさりしていた。


「…鈍い…訳でもないだろうし」


それに私が間違ったやり方をしたなんてことは絶対ない。
それだけは言える。
では一体あの反応は何だったのだろうか。


「全く…」


君はまだ私を悩ませる気か?
呟いてどさっと全身の力を抜いて椅子に落ちた。
そして少し伸びた前髪をうざったそうに掻き上げて。


「それでも惹かれる…私も私だがね…」


子供らしからぬところに。
子供なのに、その強さとのギャップに。
そしてそんな予想外の反応に。


どうしようもなく、惹かれる。








「……んん?」


閉じた大佐執務室の扉に背中を寄りかけて、眉を寄せて唸る。


(…俺、何された?)


さっきは正直頭真っ白んなって、何か軽くスルーしてしまった。
だから今更ながら、考え直す。


(えーっと、返ろうとしたら何か胸倉掴まれて…)


目を閉じて額に左手の甲を当てながら一つ一つ思い出す。


(掴まれたと思ったら引かれて…)


そしたら、何かアイツの顔が近付いてきて。


(顔を少し…傾けてた、気がする)


で、更に近くなって。
逆光で顔が陰ったと思ったら。


(……思ったら?)


あれ。
そんで確か。
え。
待てよ。
俺。
俺まさか。


「―――〜〜っ!!??」


キス、された。


(ちょ、なっ、嘘だろぉ!!?)


理解した途端、顔に全身の熱が集中した気がして、額に触れている手にまでその熱が伝わる。
それは一度思い出してしまったら、簡単に引こうとはしてくれなくて。
それどころか、考え始めてしまったら一体どこからこんな熱がくるのかと信じ難いほど、まだまだ集まってくる。


(うっわ、すげー恥ずい!!)


無意識に心の中で叫んだ言葉。
それにふと我に返って目を開けた。


(…え、)


恥ずかしい、だけ?


(何で…、)


恥ずかしい。
確かに恥ずかしいけど。


(…普通に考えて、男同士だろ?)


だったら一番先に、出てくるのはそれじゃねェんじゃねェか?


(気持ち、悪ぃとか真っ先に出てくるんじゃねェのか?)


何で。
何で、俺は恥ずかしいとか思ったんだ?


(何で俺は真っ赤になったんだ?)


冷静に考えていた所為か、顔の熱はいつの間にか引いていたが。


(これじゃあ、)


これじゃあまるで。


(俺も、満更じゃなくて…?)


疑問符が心の中で出終わる頃には、また再燃していた。


(マジ、かよ…?)


再燃したといっても、あることに気付いたからか幾らか冷静さが残ってくれている。


(俺も少なからず、)


もし嫌なら。
キスされた瞬間に突っ放す事だって出来た。
終わった瞬間に殴ることも出来た。
暴言を吐く事だって出来たはずだ。
なのに。
キスされた瞬間、何だこれって思っただけで。
終わった瞬間、大佐の顔が近ェとか思っただけで。
まともな言葉も出てこなくて。


(意識してた、ってことかよ…)


思わず、ため息が出た。
それは何のことについてかは、分からなかったけど。
気付いたら、もう一度扉に手を掛けていた。








「っ大佐!」
「っ!?」


脱力したままの状態だったロイが、エドワードの声に反応してがばっと体を起こすと。


「鋼の…?」


少し顔を赤くしたエドワードが、すごみ気味の立ち方でロイを真っ直ぐ見ていた。
いや、この場合睨んでいると言った方が正しいのかもしれないが、今のロイには熱烈な視線としか取ることができないのだが。
と。


「……さっき、」


ぽつりと、口を開いて。


「さっき、したことに…言い訳は、あるか?」


今度こそ、ロイを睨んだ。
その目と言葉から。


(…あぁ、)


理解してくれたんだな、と。
何故かそれだけで満足した。
恋人、とか言ったのは何処か調子に乗っていた部分もあって。
無反応に近い反応をされた時、そこまで望んだのはいけないことだったのかと思って、恋人という枠にはまらなくてもいいと考え直した。
別に、恋人になることが全てじゃない。
それはただのカテゴリーであって、私はエドワードにとってこういう存在でありたい、という思いがそれに全て当てはまるわけではない。
だから。


「…ない」


玉砕覚悟で、はっきりと言った。
壊れたのなら、また一から築けばいい。
そうなることも、またいい経験になると。
が。


「…そ、」


次にエドワードの口から出たのは。


「…だったら、一つ誓え」
「…え、」
「誓え」


誓え、とは。
どういうことだろうか。
エドワードのことだ、聞いても更に念を押してくるだけで答えてはくれないだろう。
ということはおそらく。
試されている。


「誓うのか誓わねェのか、どっちなんだよ!」


何故"約束しろ"ではなく"誓え"なのか。
現段階では分からないが。


「…誓う……誓うよ」


今言えるのは、肯定することだけ。
否定なんて、ここまで念を押されて出来るわけがないのだから。


「…俺は、完璧な人間じゃねェ」


エドワードは俯き気味に、再度口を開く。


「体は元より…俺の性格柄、信じたくないものは絶対に信じねェし、やりたくないことは絶対やらない」


自分の信念を貫き通すから、誰の言うことも聞かない時だってあるし。
ガキだから我が侭だって言う。


「…嫌なことからは、逃げ出しちまうかもしれねェ」


けど。
もしアンタが、こんな俺がいいって言うんなら。


「―――絶対、逃がすな」


絶対に、俺を逃がすな。


「俺を、捕まえてられるだけの自信と力と、」


一拍置いて。
そしてロイを見据えて。


「…想いが、あるんなら」


はっきりと、言った。


「………」


その声と、言葉と、何より確固たる心に。
今まで以上に、惹かれて。


「……誓う」


もう一度、呟いて。


「誓うよ」


更にもう一度、はっきりと。
そして立ち上がって、扉の前に立つエドワードに近付いて、前に立って。


「―――逃がさない」


一歩、近付いて。


「君が嫌だと言っても」


少し体を屈めて。


「君が何と言おうと」


エドワードの両脇の扉に、両手をついて。
右手を、ゆっくりとエドワードの脇に滑らせて、肘を曲げて。
距離を詰めて。


「―――絶対に逃がさないさ」


誓うまでもない。
何があっても、絶対に君を離しなんかしない。
誓うまでもないが、エドワードに誓う意思を示すため。
微動だにせず、ただ何かを待っているエドワードに。
私はもう一度、口付けた。
今度は、少し深いものを。
まるでそれは誓いの深さを表すように。





全力で自分を示した少年に、私も全力で答えた。
それが、私たちが初めて"感情"で示したやり取り。
等価交換、かもしれない。





END.


05/05/14
何というか最近こういうテンションの話ばかり書いている気が…。
今回はエドに「絶対逃がすな」と言わせたくて。
エドからの告白…のようにも見えますが、実はエドにとっては告白じゃなかったりします。
まだそういうのははっきりしなくていいかな、と思ったので。
エドにとってはまだ良く分からない所で、だから大佐も敢えて最後は好きとは言ってないんですね。
等価交換のようで等価交換じゃない微妙なラインで…!
あと大佐に壁際に追い詰めて欲しかった(苦笑)
タイトルはスキマから。
いい感じに最後持っていけたんでもうそれだけで(爆)


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