腕時計で時間を確認したあと、窓の外を見る。
部屋に響くは自分の声だけ。


「五」


外は降りしきる雪が灰色の地面を埋めていく。


「四」


空を見れば、暗い空間に点々と広がる白い色。


「三」


外の空気は、当に冷え切っていて。


「二」


かと言って司令部の中に居ても暖かいわけではない。
暖房は付いている。
温度は二十三度で快適な方だが。


「一」


心は、冷たいまま。


「ゼロ」


温めてくれる唯一の人物が、居ないから。



君に逢いたくて





新たな年を迎えて数分。
ロイは月明かりだけが差す執務室の窓際で、等間隔で灯る街灯の道を見つめていた。


「…来てくれると、」


期待する方が間違っているかもしれない。
理由は分かっているんだ。
どうせ東方司令部から遠い場所で、資料館にでも缶詰になっているんだろう。
イベントごとにはとことん疎い上、自分たちには関係ないと言張るくらいだからな。


「…だが、」


年くらいは一緒に越して欲しいと言った。
前に帰ってきた時、そう言ったじゃないか。
覚えていろと念を押したじゃないか。


「……少しなら、許してやる」


だから。
今からでもいいから。
此処に、向かってくれないか?


「私の所に」


来てくれないか?
そう心の中で切なげに呟いても、届きはしない。
例え口に出したところで、届きもしない。
何処に居るかも分からない。
何をしているかも分からない。


「……なぁ、」


私は何時まで、待てばいい?











一月一日。
軍には元旦も何も関係なく、ただ何時ものように仕事をこなす。
逆に元旦は何処も人で溢れ返って仕事が増えるくらいだ。


「中尉、これも頼む」
「はい」
「あとこれは手の空いている奴に回せ」
「お言葉ですが、本日手の空いている者は皆無かと思われますが」
「…訂正する、普段サボり癖のある奴に、だ」
「了解」


ホークアイの返事を受け、書類を渡すロイ。
軽いやり取りをしているように見えるかもしれないが、実は結構切羽詰っていたりする。
故にホークアイがこの部屋を歩く速度も早く、直ぐに部屋の扉にまで辿り着いて。


「ではまた後程、書類を取りに参りますので」
「あぁ、」


ロイはさらっと返事をした、が。


「いや、待ってくれ」
「まだ何か?」


心成しかこちらも忙しいんです、という表情をされた。
いいさ、それも承知の上だ。


「…一つ、個人的な頼みがあるんだが」
「…大体予想が付きますが」


だったら話が早い。


「…頼めるか?」


その言葉には、エルリック兄弟の所在を調べてくれるか?という意味が込められている。
付き合いが長い分、理解も悟りも早いホークアイは。


「…善処いたします」


と言って、敬礼をして退室した。
ロイは既に閉まった扉に向かって。


「悪いな」


と言葉を掛けた。











一月二日。
昨日よりも仕事が増えたのは気の所為だと思いたい。
書類の束が一向になくならない。


「大佐、追加分です」


ホークアイが勢い良く扉を開けて入ってくる。
片手には収まりきってはいるものの、相当な量だ。


「…そこに置いておいてくれ」


よくもまあこれだけ仕事を増やしてくれるものだ。
しかも小さな事件ばかり。
事件に大きいや小さいは関係ないと誰かが言っていたような気もするが、中にはわざわざ軍に提出する必要がないようなこともちらほら見受けられる。
これくらい、示談で解決してくれ。


「市民は私たちを過労死させたいのか?」
「誰もそう思っていないとは言い切れないですね」


今は軽い冗談も通じないらしい。
こういう時こそ気を紛らわせる為に乗って欲しいのに、気が利かないな、と思ったということは自分の中だけに留めておくとして。


「あとは?」
「ご心配なさらなくても、まだ沢山ありますから」
「いや、そういうことでは…」
「冗談です」


ここまで引っ張るのか、と思い言葉に詰まり、相変わらず読めない性格だとため息を付く。


「どうぞ」


と、ポケットから二つ折りにされた一枚の紙切れを差し出され。


「調べられたのはここまででした。では」


ロイは出て行ったホークアイの方には見向きもせず、紙切れを開いて、それを何度も何度も読み返す。
紙切れには、一週間前までのエルリック兄弟の行動が書かれていた。
決して詳しいものではないが、一週間前には、西部に居たらしい。


「…感謝するよ、中尉」


君の、迅速な行動に。











一月三日。
少し落ち着いたとはいえ、何時もの業務に戻っただけ。
休みを取ると言うには、まだ少し申し訳ない。


「…一体今何処に居るんだか…」


昨日ホークアイに貰った紙切れを机に置いて、椅子の肘置きに左肘を付き、左手の平に顎を乗せて呟く。
朝から何度、同じ格好で同じ事を言ったか。
馬鹿らしいと自覚はある。
あるが、止められない。


「探しにも行けないしなぁ…」


休みが取れようものなら、探しに行こうと思った。
だが一週間前の情報じゃ、信憑性が既にない。
一週間もあれば相当な距離が移動できる。
あの兄弟のことだ、例え南部の一番南で北部の一番北の情報を貰えば直ぐにでもすっ飛んで行くだろうに。


「結局、」


待つことしか出来ないんだ、私は。











一月四日。
司令部内が落ち着きを取り戻してきたが、町はまだごたごたしている。
休みを取って出かけようものなら、人の波に翻弄されそうなほど、正月の雰囲気が充満している。


「本日はこれで最後です」
「今日は少なかったな」


時刻は昼過ぎ。
業務を終えるには早過ぎる時間帯だ。


「今年は昨年以上ではなかったようですからね」
「こちらとしては助かる」


言いながら出された書類数枚に判子を落とし、ホークアイに返すと。


「…有休、取られますか?」


本日だけでしたら可能ですが、と言われた。
本当に、読めない。
私の考えはとことん読まれているというのに。
ロイはふ、と少し笑って。


「いや、いいよ」


どうせ当てなんか有りはしない。
それにこれから有休を取ったとしても、そんなに遠くまで探しには行けない。


「待つさ」


こうなったら、とことんね。











一月五日。
暇があれば、窓の外を見下ろすようになった。
世界が白く染まっている今の時期、赤い色は良く映える。
上からなら、もっと探しやすい。
だが。


「来るとは、限らないしな…」


待つとは言ったが、探しに行けるものなら、探しに行きたい。
少しでも早く、逢いたい。


「……」


気持ちだけが空回り、ため息が増える。











一月六日。
街が落ち着きを取り戻し始め、行き交う人の数も通常に戻ってきた。
新年の喜びを分かち合う人たちは何処へやら、一週間も経てばそれは薄れていくものだ。


「…私はまだ、」


分かち合ってもいないというのに。
気付けばため息だけではなく、愚痴まで増えていた。
いい加減、という言葉が頭の中を何度も往復する。
これもいい加減にして欲しい。
自己嫌悪以外、最近はすることがない。


「…本当に…」


本当にいい加減。


「逢いたいんだ…」











そして。

一月七日。
さくさくさくと夜の間に積もった雪を踏んで歩き、司令部へと向かう。
朝早い所為か、除雪もされていないし、まだ誰も踏んでいない。
何故こんなに朝早く司令部に向かっているのか、実は何も理由はない。
ただ昨晩は眠れなかっただけで。
もしかしたらエドが自宅に来てくれるかもしれない。
そんな浅はかな想像をしてしまったがために、心が高ぶって眠れなかった。
自分の歳を改めて確認して、また自己嫌悪。
その時もう時計は六時を指していて。
眠れもしないし、かといって家に居ても虚しい雰囲気があるし。
だったら外に出るついでに出勤してしまえ、と思い立って今、雪を踏んで歩いている。


「…寒い」


朝は夜以上に冷え込むからというのもあるが。
それ以上に心が。
限界だった。


「……」


ふと立ち止まって空を見上げれば、久し振りに見た青い空。
下を向けば白い雪。
きっとずっと、赤が映える。
そう思って視線を元に戻すと。


「…!」


空と雪の間に映える、赤い色。
ずっと見たかった、赤い色があった。
少し近付いて、また立ち止まり。
相手も少し近付いて立ち止まり。
先に口を開いたのは。


「―――年始の挨拶って、まだ…有効?」


赤いコートを着たエドだった。
金髪と、その声と、赤い色と。
それを望んでいたのは自分だったが、いざそれが目の前に差し出されると、何と言ったらいいのか分からなくなり。
私は何も言えなかった。


「…無効…なんかな…」


それをエドは怒りと取ってしまったのか、声が沈んでいく。
違う。


「……ごめん、」


エドは何も言い訳せず、ただ謝った。
嘘を付けないからというのもあるのだろうが、おそらくは私がその謝る理由を知っているから。
それが本当だから、言い訳をしない。
エドの気持ちも分かる。
実際自分は何処かで怒っていたかもしれない。
でも違うんだ。


「…年を越して、初めて会うのだったら、何時まででも有効だと思うが」


あぁ、何でこんなに声が低いんだ。


「……ホント、ごめん」


謝らせたいわけじゃない。
そんなこと、言わなくていい。


「…だから、言ってくれないか?」
「ぇ、」
「まだ有効だよ、年始の挨拶は」


私の言葉に、一瞬戸惑ったようだったが。


「…おめで、と、」


おずおずと言い出し始めて、言い終わる前に私は近付いて、エドを胸に押し込んで。


「……一週間」


一週間、待ったんだ。
エドにしか聞こえないように囁いた。


「…だから、ごめんて、」
「謝らせたいわけじゃない」
「じゃあ、」


何で。
エドの問いに、少し考えて。


「…それだけ、君の事を考えていた」


一週間ずっと。
仕事をしていても。
寝ても覚めても。
息をしているだけでも。


「ずっと」


ずっと君の事を考えていたんだと、伝えたかったんだ。


「…大佐、」


そしてふ、と笑ったのに気付いたのか、エドが何、と顔を上げて私を見る。


「…いや、暖かいなと」
「は?」


こんなくそ寒いのに?
正論だ。
だが私にとってはそういうことではないんだよ。


「心が、満たされたという意味でね」


暖かいんだ。
そう言うと。


「…新年早々、くっさいな」
「五月蝿い、さっさと逢いに来ない君が悪い」
「う」


分が悪いのか言い返せないようだ。
そんな雰囲気も。
だってよ、と今更言い訳を考えようとする君も。
全てが鮮やかで。
この世界に映えて。
それがまた、愛しくて。
おめでとうという言葉を言うのを、忘れてしまったな。
だがそれはそれで、年越しの瞬間も含め。


「ま、いい経験が出来たよ」


とでも、納得しておこう。











「え、アンタ司令部で一人で年越したの?」


誰の所為だと。


「はー…寂しい年越しだったんだなー…」


君が言うか、君が。


「ま、ドンマイ」
「君が言うのか!!」
「いやー、あはは…」





END.


05/01/03
クリスマスに引き続き、待たされる大佐のお話でした(爆)

にしても大佐の一人語りの方がすらすらといけるようです。
というか、待つ大佐がでしょうかね(笑)
いやー、寂しい年越しをさせてすみません大佐(死)
ええ、こんなのがフリーでした(´∀`)
ガクト様々!(爆死)


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