「好きなんだ」
「…誰を」
「君を」


執務室に入るのが堅苦しくなくなった頃。
大佐に頼んでいた文献を受け取ろうと出した右手にのせられたのは、文献ではなく、大佐の手で。
は?と怪訝な表情を返したら、そう言われた。
その時の俺は、何かおかしなことを言ってるな、位にしか思わなくて。


「……あ、そ」


と素っ気なく返したことを覚えている。
そしたら目の前の相手は。


「君は、どうなんだ?」


少し心配そうに聞き返してきた。
告白した割に、何だかすっきりしない顔をしていた気がする。
だから俺は、はっきり言った方がいいのかと思って。


「…別に?どうとも思ってないし」


はっきり言った。
だって、本当にそうとしか思ってなかったし。
俺にとっては後見人であり、上司でしかなかったし。


「…そうか」


言ったら言ったで、今度は切なそうな顔をした。
一体何なんだ。
俺はいきなり告白されてんだぞ。
俺の方だって、困った顔をしてやりたい。


「…じゃあ、一年、考えてくれないか」
「…一年?」


聞き返した俺の右手を離して、換わりに文献をのせた時には。
もう大佐の表情は普通の、俺のよく知っている大佐に戻っていて。


「それまではこの話を忘れてくれて構わない」


私もこの話は出さないし、急かしもしない。
と、真剣な面持ちになって。


「だが一年後、もう一度聞く」


その時まで、考えて欲しい。


「…考えるったって…何を…」
「私のことを」


アンタの、こと?
アンタのことったって、どう考えれば。
そう聞こうとしたけど、堂々巡りになりそうなのでやめた。
でも。


「でもなぁ…一年経ったからって、何かが変わるとも思えな、」
「今の答えが欲しいんじゃないんだよ」


大佐は俺の声を遮って。


「一年後の…今月の二十五日。司令部前広場の、時計塔の下に、午後六時」


そこで、答えを聞くから。


「…来て、くれるな?」
「…そんな、先の約束されても」
「待ってるから」


君が来てくれるまで、ずっと。
ずっと。
強調されて、何か有無を言わせないような威圧感を感じたら、頷かない訳にはいかないけど。


「…分かった…でも絶対、なんて約束は、できねぇからな」


あまりに真剣に言うものだから、俺も真剣に答えた。
じゃなきゃ、割に合わないし。


「…あぁ、分かった…」


でも、待ってるよ。
執務室を出て行こうとする俺に、もう一度そう言って。
俺は少しだけ振り返って、何処かしらふんわりと笑う大佐の顔を軽く流してから、部屋を出た。


不思議なことに、次の日会った時にはもう昨日の雰囲気は何処にもなくて。
夢か何かだったか?と思う程、なかったことのようで。


そう感じたのが、丁度一年位前だった。



12月のLoveSong





街も華やぐ十二月。
つい何日か前の十一月には考えれられもしなかったほど、十二月に入った途端、街は色とりどりの光を夜の街に浮かべ始める。
その光はある特別な日に向けて増えて行き、その特別な日には壮大な景色を、人々に与えてくれる。
特別な日を忘れるなんて人は殆ど居ないだろうが。


「そろそろクリスマスって時期なんかなぁ」
「かもしれないね」


こんなに街が華やかになってきたからね。
そう言うアルの言葉に、だな、と頷くエド。
まだ空は明るいが、葉を落とした街路樹の至る所に付けられた電球には気付く。
が、その殆どに当てはまる、気付かない人がここに二人。
時期などではなく、今日がクリスマスだと気付かないのは、とりあえず今居るノースシティでは、この二人くらいなものである。
それもそのはず、兄弟はカレンダーを見る習慣は殆どなく。
勿論働いてもいないので、週休という習慣もない。
つまり曜日の感覚もないので、ただ毎日を過ごしているということしか感じていないようで。


「まぁまず、宿でも取るか」
「そうだね」


短い日も落ちかけ、手短に一番近くの宿に行くと。


「は!?空きがない!?」
「はぁ…申し訳ありません…」


この時期、というか今日は何処も宿がいっぱいなのを知らないらしく、いつもならがらがらの宿が満室という事実に驚愕する。
しかしクリスマスだから、と知らない筈もないと思った宿の主人が、それを言う訳がなく。


「それちょっと困るんだけどなー…」
「仕方ないよ兄さん、別のとこを…」
「今からですと、まず宿は取れないかと思われますが…」


アルの案も、宿の主人の言う確実な意見により却下され。


「…どうすっか」
「どうしようか…」


互いの考えに任せるようにして互いを見たが、現時点で良い案など浮かばず。


「…とりあえずここでこうしてても…しょうがないよね」
「だなぁ…」


視線を外して同意見なのを確認し、兄弟は宿を出た。





少し暗くなった街路樹には、既に明かりが灯り始めていた。
街は華やぎを増し、行き交う人々も今日は何故か輝いて見えたが、それでも疑問は覚えなかった。


「去年のこの時期はどうしてたっけ」
「確かどこかの空き家に泊まった記憶があるんだけど」
「あー…そうかも…」


そういえば去年も一昨年も、同じような事態に陥って、二回とも空き家で一晩を過ごした記憶が蘇ってきた。
今年はちゃんと予約取っとこうな、と言っていた筈なのだが、どうも魅力的な文献や話を優先させてしまって、気付いた時は大抵後の祭りで。
覚えていようと思うから手帳にも書かないで、言われて気付くことが多いとアルにも言われたが、今回ばかりはアルも忘れていたので、流石に咎めはないだろう。
そしてふと。


(…あれ…まだ何か…)


忘れているような。
そう思ったことほど思い出せないもので。
比較的記憶力は良い方だから、忘れるなんてことは殆どないのに。
気になるところだか、今は今日の寝床を探す方が先決だと思いつつ足を進めていた時。


「可愛いおにーさん、買ってかない?」


と、がやがやした街の中から、多分俺に掛けられただろう声が聞こえて。
周りはいつの間にか露店の多い街路に入っていたらしく、見ればシートを敷いて、その上にアクセサリーを沢山並べた出店の女の人がしゃがみ込んだまま、歩む足を止めた俺を見上げ。
笑って。


「大切な人に、贈り物はどうかな?」


大切な人。
何だろう、その言葉に何かが引っかかった。
何か、それがさっき思い出しかけたことに繋がる気がしたんだけど、やっぱり引っかかるだけで、出てはこない。


「…へぇ、色んなのあんのな」


折角足を止めて目を合わせた手前、無視して去るのも申し訳なかったので、俺はシートの前にしゃがんで、まぁ世間話でもと話し掛けた。


「まーね。やっぱこの時期に合わせたクリスマスのとか、雪のとかがよく売れるかな」


女の人が指を指していくのは、ツリーや鈴、サンタを型どられたガラスのアクセサリーや、雪の結晶をモチーフにされたリングなど、この時期にぴったりのもの。


「ふーん、すげぇな。これ全部アンタが作ったんだ?」
「勿論。それが売りだからね」


褒められたのが嬉しかったのか、女の人はまた笑った。


「人気あんのはどんなん?」
「んーやっぱ、クリスマスだけあって、このツリーの…」
「え」


今、何て。


「え?このツリーのが…」


女の人は自分の声がよく聞こえないと思ったのか、もう一度言うが、エドが聞きたいところはそこではない。


「違う!今日!」


何日!?
何の日!?
声が荒々しくなったことに少し驚かせてしまったようだが、別に今日限り会うことのないような人だから、ぶっちゃけどうでもいい。
とにかく教えて欲しいのだ。


「今日…?今日は十二月二十五日でクリスマスだけど…って、知らないの?」


俺が鮮明に聞こえたのは日付と今日のイベントごとの名前だけ。
後に聞かれたことなんて、耳の左から右に抜けてしまった。
だって、思い出したことの方が大き過ぎて。
ばっと立ち上がって。


「そ、だ…今日…今日だ…」


そうだ、今日。
約束をした次の日に、もうなかった事のようにされていたから、思い出すまでに時間がかかった。
今日の午後六時。
司令部前広場の、時計塔の下。


『待ってるから』
君が来てくれるまで、ずっと。


そう言ったあの人の声を。
表情を。


「っアル、悪ぃ!」
「え、え?」
「俺、イーストシティ行って来る!!」
「え、今から!?ってちょ、兄さんっ!」


アルの声も聞かず、俺はノースシティの駅に向かって走り出した。
幸い雪もそんなに積もっていなかったから、駅まではそんなに時間は掛からなかった。
列車に乗り込んだのが六時過ぎで既に約束の時間は過ぎている。
しかしどんなに順調に走っても、ウエストシティよりにあるこの駅からでは、どう急いでも向こうに着くのは九時近くなる。

いないかもしれない。
そんな不安が頭を過ぎった。
ずっと待ってるとかほざいてたけど、案外すぐ諦めて帰っちまうんじゃないんだろうか。


(…そうだ、よな)


元々男の俺に告白する時点でおかしいんだ。
ただ単にからかってるだけなんじゃねぇのか?
そうだ、一年て大掛かりにからかってるだけじゃねぇのか?


(それだったら、笑えるよな)


俺は窓の外を見ながら自嘲気味に笑った。
気が付いたら東方司令部に向かってることに。
アイツが言ったことを満更でもなく信じてることに。
アイツが言ったことを、いつの間にか真剣に考えてたことに。
正直この一年、何となくだけど、何かアイツがずっと頭から離れなかった気がする。
忘れてはいるけど一度思い出せば、今みたいにどこか必死になってしまう自分がいるんだ。
これが、アイツの言ってた、あの日から『一年後の俺の答え』になんのかな。
やっぱよく、分かんねぇけど。
でも。











「っは、は、は…」


イーストシティに着いたのは九時前。
俺はそこから司令部前の広場に向かって全速力で走った。
馬鹿みたいだ。
そうは思っていても、足は止まらなかった。
行かなきゃいけない、そう思ってもいたから。


「…は、…は、…っ、」


そして広場入り口で足を止めた。
今日は何処も人があふれかえっていて、広場も例外ではない。
でも直ぐに見つけた。
後姿ではあったけど、直ぐに分かった。
広場入り口側に背を向けて、じっと動かずに時計を見上げているのが、アンタだって。


「…っ、」


歩いて、息を整えながら俺は近付いていった。
何処で気付くかな、とか思いながら。
気付いて欲しいとか思いながら。
こっちを向いて欲しいと、思いながら。
数メートル後ろで、足を止めた瞬間。


「……何だ、やっぱり覚えているじゃないか」


振り向いて。
そう微笑んだ大佐に。


「…っかじゃねーのっ!」


俺は、罵声を浴びせてしまった。
でもそれは、怒っているとかそういうじゃなくて。


「アンタ、何ホントに待ってんだよっ!」


何でだろ。


「もう三時間も経ってんのに!時期と歳を考えろってんだ!」


何かホントは。


「つか、俺が来なかったらどーしてたんだよ!何時まで待ってる気だったんだテメーは!」


凄い。


「…俺との約束、ホントに、信じてさ…」


嬉しいんだ。


「…馬鹿、みてぇ…」


あーくそ、顔が熱いっつの。
いいやもう、走ってきた所為にしてやる。


「…だが、来てくれた」
「あー、来てやったぜ!」


今だ縮まらない数メートル越しの会話。
必然と俺は大声になる。
けどそれも、今言った言葉までで。


「ありがとう」


何かいつの間にか、抱きしめられてるらしく。


「…っば!」


怒鳴る声も大佐で塞がれて響かないんじゃ意味がないし。
仕方なく俺は声を抑えて。


「…あー、俺もお人好しだな…」


仕方なく体重を預けた。


「これで寂しいクリスマスにならないな」
「今からいくらでもその願い、叶えてやるけど」
「や、それは遠慮させてもらう」


顔は見えないけど、何か笑ってる気がする。
それが気に食わなくて、何でもいいから言ってやろうと口を開くが、それより先に。


「…暖かいな…」


言われて、更に大佐の腕がもっと俺を引き寄せる。
腕をリアルに感じた所為か、照れてしまう。
だから思わず。


「…ま、俺走ってきたし…と、」


不味いことを言ったと気付いた時には遅くて。
これじゃ、さっき息を整えてきたのが水の泡だ。
こんな時、勘の良いアンタを恨みたくなる。
急いでアンタに会いに来たってのがばれちまったじゃねーか!


「…走って?」
「…」
「私に会いに、走って?」
「…っ」
「それは…」
「…っあー!そーだよ!悪いかよっ!何か思い出した時にはもう六時だったんだっつの!
 しかもノースシティに居たもんだから、どー急いだってこんな時間にはなるだろ!?
 けど少しでもアンタんとこに行ってやろうって走ったんだよ、この馬鹿!」


一息でこんなに長い言葉を言ったのは始めてだ。
その上さっきまで全速力で走ってきたのだから、そりゃあ息切れもする。
そして息を整えていることをいい事に、大佐は。


「…それは、一年前君に問うたことの答えだと思っていいわけだ」
「…ぇ、…ま、」
「返事がない場合、肯定と取るが?」
「っ、ま、」


くそ、こいつ、やっぱ嫌な奴だ!


「っざけん…ぇ」


思いっきし殴ってやろうかと、エドは今だ抱きしめられつつ、右手を振り上げたのだが。
その手は、大佐の左手に絡め取られて。
しかもそのまま大佐に操られるように、俺の機械鎧の掌は大佐の頬に触れさせられて。


「…やはり、暖かい」
「…な、」


何言ってんだ。
勘違いもいいとこだ。


「…機械鎧の手が、暖かいわけ、ねーじゃんっ」


そう、それが正論だ。
血の通わない、人工物によって作られた腕。
冷たい象徴でもあるのに。
なのにアンタは。


「暖かいよ」


機械鎧でも、君の手なんだから。


「…!」


それを、暖かいと言うんだ。
俺の、戒めを。
暖かいと。


「…大事なのは、血が通っているとかそういうことじゃない」


君であるかないかが私とって、一番重要なことなんだ。


「君であるから、私は君を愛しいと思うから、暖かいと感じる」


君はそれでも、一年前の私の言葉を否定するか?
一年前の君の答えを、曲げないか?


「…」


大佐は一年前、俺を好きだと言った。
俺はそれに対して、別にどうとも思っていないと返した。
だけど今は。
正直、多分上手く言葉には出来ないだろうけど。
確実な想いは、ある。


「…鋼の」
「…ホントに、馬鹿」
「な」


アンタも、案外鈍いのな?
そう笑って言うと、アンタは丸い目をして俺を見たっけ。


「どーとも思ってない奴の為に、俺が走って来るとでも思ってんの?」


馬鹿。
そう、もう一度言うと。


「…あぁ、全くだね」


アンタも、一緒に笑ったっけ。
そして。


「…だったら、来年も再来年も、同じ約束をしたら」


また、走ってきてくれるのかな。
とか、嬉しそうに言うから。


「嫌だねっ」


今度は、アンタに走ってきてもらうよ。


「今度は俺が待つんだろ?」


とか、今日くらい。
もっと喜ばせてやってもいいかな、なんて思ったっけ。
そしたらぎゅーっと抱きしめられたことも覚えてる。
キスもその時初めてしたってことも、恥ずかしいけど。





それが、一昨年から去年にかけての話。
さて、今年はっつーと。


「…っ済まない、遅れ…」
「っせーんだよ!もっと全速力で走ってこい!」


去年の俺はそんなモンじゃなかったぞ!
と、俺の念願かなってか、大佐が走ってきてくれたんだけどな。


あ、そういや定番台詞言ってねぇや。
ま、来年は言えるんじゃねーの?
ってわけで一応心ん中でMerry Christmasってことで。





END.


04/12/07
そろそろメリークリスマス!の時期ということで、フリーとして上げさせて頂きました☆
(配布は終了致しました)


やっぱり長くなってしまったのですが、案外サラッとしていてすみませ(苦笑)
甘々のクリスマスも良いですが、一応まだ微妙な関係ですし、こんな感じも有りではないかなと(爆)
大佐を意識するエドというのも楽しくていいですねーv(お前だけ)
そういえばロイと表記してない文、初めてかも…!?(爆)


ブラウザでお戻り下さい。