朝、日常風景の中で交わされる会話。
それはいつもと少し違うものだった。


「何か欲しいものはあるか?」
「あー……」


ロイは肘をつき、手を組んで笑顔で問うた。
そんな笑顔はさておき、箸を銜えたまま考えて出したエドの言葉は。


「ない」
「…ないって…」


決して即答ではないのだが、それを思わせるような答えには思わず笑顔も壊れてしまう。
しょっちゅう強請られるのは頂けないが、滅多に強請らないエドの為にロイからきっかけを作ったのだが、その気持ちを無駄にされた気分に少し落ち込むロイ。
それにしてもここまで謙虚な子供はあまりいない。
勿論本人は全く自覚がないのだろうが。


「ないもんはないんだよ」


それに俺、元々物に執着しねぇし。
言われて今更ながらにロイは間違った問いをしたと思った。
というか、またやったと自己嫌悪に陥った。
エドの部屋には何度か入ったことがあるが、必要最低限以外のものは置かれていない。
壁にも机の上にも棚の上にも、本当にほこりしか上がっていないのではというくらい、何もない。
それは引き取った頃からのことであるから気にも留めていなかったが、こういう時に思い出し、毎年同じ質問をして。


「てーか去年もその前も言われたぜ、それ」


と、エドから同じ台詞を言われるというのも思い出した。


「…そうだったね…」


ロイは決して頭が悪い方ではないし、まだボケるにしては早いし、と頭を抱える。
何故かこの時期になると、毎年同じ事を繰り返すのだ。
こればかりは考えても答えが出なくて、とそうこうしているうちに。


「そろそろ時間じゃねーの?」
「あ、」


今日は朝から会議があるからと、エドに少し早く起きてもらって朝食を作ってもらったのに、エドと話していると結局時間は何時ものように過ぎてしまう。
やばい、と言いながら急いで上着を着て、リビングを出ようとしたとき。


「何でもいいから、考えておいてくれ」


欲しいもの。
と有無を言わせる間もなく、ロイはリビングの戸を閉めて、玄関に向かった。


「って言われてもなぁ…」


それも、同じような感じで去年言われたんだけど、と呟くエド。
当然ロイに聞こえてはいないが。


「……欲しいもの、ね…」


そしてまた呟いて。


「…もの、じゃなきゃ駄目なのかよ…」


誕生日に欲しいものって。
その言葉は心の中に留めておき、箸を置いた。



前夜祭





私が毎年同じ問いをするのは、おそらくエドに強請ってほしいからだと思う。
何か物を買うときはいつも私から買ってやろうかと聞くことが殆どで、これが欲しい、という言葉は聞いたことがないかもしれない。
聞いたところで、エドは曖昧な返事しかしないで、結果的に私が買ってあげたいということになって、金を払うことばかり。
強請ることがないと同じ年代の子供を持つ一般家族に言えば、羨ましい限りだといわれるだろう。家族としては出費がなく、望ましいことかもしれない。
だが、私たちはそれだけの関係ではない。


「…頑な、というわけでもないしな…」


プレゼントをすれば喜んでくれる。
笑ってもくれる。


「少しくらい」


強請ってほしいのに。
甘えて欲しいと言ったのに。


「……、」


ため息が絶えない。
仕事も進まない。


「………、」


去年の誕生日とは、明らかな変化を見せた関係にある。
それでも、エドは変わらない。
毎日近くに居るからって、下手に意識してもらうのも困るが、本当に何もないように振舞われるのもどうかと思ってしまう。


「…………、」


エドの誕生日まであと少し。
去年は本。
一昨年も本。
携帯は正月にあげてしまったし。
また本、というのは流石にどうかと思われる。


「…強請れ、とはもう言わないから…」


せめて、恋人同士の一大イベントを、意識してくれないか?














そしてその日まであと一日と迫った今日も。


「何か考えたか?」
「だから、ないっつってんじゃん」


同じような質問をしたならば、先日と同じような答えが返ってきた。
むしろしつこいといった言葉が後ろにくっ付きそうなくらいで。


「だが…」
「そんないいって…」


無理して買って、それ貰っても大切にする自信ねぇし。
と、話はまだ平行線のままかと思いきや、惹かれるフレーズが一箇所。


「…大切?」
「あ」


その部分を聞き返すと、エドはしまったといった様子で口を押さえて視線を逸らす。
それは明らかな動揺と、肯定を示していて。


「…大切に、しようと…?」
「…っ」


更にもう一度聞き返すが、ただ顔を赤くするばかりで、返答はなかった。
しかしそれがまた。
嬉しくて。


「…喜んで、いいのかな」
「……喜んでんだろ、もう…」


自然と、頬が緩んでいたらしい。
押さえた手を下ろしながら指摘されるが、少しの説得力もない。


「つか、俺の誕生日なのにさ、アンタ喜んでどうすんだよ」
「ああ、そうだったな」


会話の主導権が私にあるのが不本意なのか、エドのずるいといった視線が向けられる。
今はそれも嬉しい。
その嬉しさからか、いつの間にか私の頭の中に、エドにあげたいものが。
どうしてもあげたくなったものが、浮かんできて。


「でもようやく分かったよ」
「あ?」
「何をあげても、大切にしてもらえるんだと」
「っば!俺はその自信がないっつったんだ!」


聞いてたのかよ!と抗議の声が上がるが。


「自信はなくとも、大切にしようと思ってはくれているんだろ?」


それだけで十分だよ、と笑顔で返した。
今思えば。
去年までエドにあげた本は、エドの部屋の中で一際綺麗にされていた気がする。
他にある本の中で、特に興味の薄かった本はほこりがかぶったりしていたりするのに、私が上げた本だけ、つまらないと言っていた本でもほこりはかぶっていなかった。
それがエドの、精一杯の気持ちだったんだ。
だから、初めて自分で望んだものをあげようと思った。
と。


「……つまんねェ本でも…」


アンタが、考えて買ってくれたもんだし。
俺、嬉しかったし。


「本に罪はないっつーかさ、」


アンタの、気持ち…こもってたから。


「エド」
「俺さ、別に物が欲しいわけじゃねェんだよ」


物じゃなくても、あるじゃんか。
それ以上に、大切なもの。


「それだけで、俺はいいんだ」


こうして、傍にいれる幸せで。
それは口には出さなかったが。


「だから、」


別に無理しなくても。
そう言おうとした口から、声は出なかった。
勿論、俺の意思じゃなく。


「…っ、」


ロイの、意思で。


「…っに、すんだよ…」


解放一番に吐いた台詞は、余韻に浸るものではなく。
どちらかというと抗議に近い。
しかしロイはそれでも。


「何って、キ…」
「そりゃされたから分かる」


嬉しそうに答えようとするものだから、俺は言われるよりも言う方が案外恥ずかしくないと思って、遮って。


「何で、すんのかって」


聞いたんだ。
いや、何か聞くのもおかしい気がするけど、受けて側としては間が持たないから、聞かずにはいられないんだ。
でもさ。


「…したかったから、では理由にならないか?」
「…、」


ほら、ちゃんとした理由になってないし。
お互い、変なこと言い合ってるなって思う。
だが今回は違った。


「…というのは名目で」
「え」
「言わせたくなかったんだ」


否定の言葉をね。
そう言われても、俺はよく分からなかった。


「誕生日に物を贈りたいという気持ちを、否定されたくなかったんだよ」


欲しいものがないのに贈られたら困るということは承知の上だ。
だからといって、言葉だけでは祝う方はやりきれない部分がある。
物だけでも駄目で、気持ちだけでも駄目で。


「贈り物というのは、そういうものなんだ」


今の今まで立ったまま話していたロイが、元々座っていた俺の隣に腰を下ろしながら。
少し前傾姿勢になって、手を組んでももに肘をついて。
顔だけを俺の方に向けて言った。
何処となく何時もと違う感じがしたのは、眼鏡をかけていたからだろうか。
何か、変に緊張して。


「…んー…」


上手く、言葉が出なくて。
意味もなくポニーテールにした髪をいじったりして。
それがロイにどう映ったのか分からないけど。


「……先に」
「?」
「前夜祭として、祝っても良いかな」
「は?」


前夜祭。
前祝いってどういうことだ。
とか考えていると、ロイが体勢を普通に戻して、俺に顔を重ねてきて。


「って、オイ、何…っ!」


いつものパターンかよと何度心の中で突っ込んだことだろう。


「すまない、我慢出来なかった」


出来なかったって、何で既に過去形なわけ。


「明日も私込みでプレゼントにしようと思っていたんだが、どうも性欲というものは抑えが効かないようだ」


その発言、性欲がプレゼントって言ってるようなもんだぞ。
つか、アンタ込みって何。


「ああ、勿論明日もあげるから、安心して良いよ」


明日もって何!


「放せ―――っ!」


俺の緊張を返せ!














何故か。
俺たちがこういう行為に及ぶ時。
リビングのソファでの確率が多くて。
色々どうかと思うんだけど。
そもそも、こういうことをすることがどうかと言うべきなんだろうけど。
やっぱりいつの間にか思考回路は断たれてしまって、なされるがままになる。


「…っも、いい加減…っ」
「まだ」


力の入らなくなった四肢。
抗議の唯一の手段であった口も塞がれた。
俺は当に何度もイかされたのに。


「…や、も、」
「早いな…」


さっきイったばかりだろう?
普段なら顔を真っ赤にして反抗しているところ。
だが今はロイが何か言っていると思うくらいで。


「…っいい、から…!」


もうとにかく。
イきたかった。


「…だったら、」


強請って。
その声だけははっきり聞こえた。


「強請って、誘ってくれ」


私を。


「…っ」


一瞬、戸惑った。
けど、本当に一瞬だけで。
どうしてもイきたくて。
だって俺、アンタじゃなきゃもう。


「…、欲しい…っ」


イけねェんだから。


「欲しい、よ…」


アンタが。
俺の中に。
欲しいよ。
途切れ途切れにだけど、はっきりと言うと。
ロイは満足そうに微笑って。


「…上出来」
「っぁ!!」


入ってきてくれた。














そんなロイの言う前夜祭の方が印象が強くて、誕生日当日は何かゆったりしてた気がする。
で、結局俺が貰ったのはというと。
小さな星をかたどったクリスタルの、ペンダントだった。
男にこういうのはどうかと思ったけど。
昔、母さんが物心がついたばかりの幼い俺に初めてくれたプレゼントみたいで、正直嬉しかったから。
ま、大切にしなきゃならないかなって。
自分で言ったからには、守らないとさ。
素直に嬉しいって言えない分、さ。


そういや何か昨日ロイが言ってたらしいプレゼント。
私込み、とか言ってたやつ。
あれも結局もらったんだけどな。
正直押し付けられたっつーか何つーか。
とりあえず損はなかったから。
まぁいいかな。





END.


05/01/22
誕生日ネタはネタでも前日メインっていう微妙なライン…。
更にぬるくてすみませんでした…(爆)
何だろう、何だろう…無駄に長いだけ…(滝汗)
でも一番の目標だったエドの年齢を上げられたので…!
色々必死だったりします(痛)


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