ある土曜の昼前。
中学は休みだが、勤めに出ているロイたち社会人にとっては平日も同然で。
ロイも居ないことだし、今日は一人で本でも読みながらゆったり過ごそうと思っていた矢先。
トルルルル、と電話音が鳴った。
「へーい」
と、寝転がっていたソファからひょいと反動をつけて立ち上がり、受話器を取ると。
『あぁ、エドか?』
声の主はロイ。
今日は珍しく遅い出勤だったから、ようやく会社に着いた頃だろう。
携帯からではなく、会社からの番号になっている。
「あれ、どうしたんだよ」
ロイが会社から家にかけてくるなんて滅多にない、というか初めてだとおもう。
一応番号は登録してあるが、それは会社員からの電話の為であって、俺のためじゃない。
俺に用があるときは、必ず携帯からかけてくるから、不思議に思った。
その理由はといえば。
『実はな、携帯を家に忘れて…』
「はぁ?」
あぁそういうことか、とエドは納得した。
携帯からかけて来れない筈である。
「ったく、何やってんだよ…」
『上着のポケットに入れておいたはずなんだが、どうやらソファに投げ掛けていた時に落ちたようなんだ』
そういえば寝てた時に背中に固いものが当たってた気がする。
受話器はコードレスなので、持ったままソファの方に行き、さっきまで寝転がっていた辺りを探ると。
「あー、あったあった」
少し古い機種の黒い携帯が出てきた。
カチッと開いて画面を見るが、着信履歴はなかった。
「別に電話は着てねェみたいだけど」
『そうか、それならいいんだが…』
ロイの語尾に否定の意味がくっ付く。
エドはそれに微妙に嫌な予感を感じ、何、と聞き返すと。
『悪いが、会社まで届けてくれないか?』
「えー!?」
やっぱり、と思うが妥協できるほど今日は良い気分じゃない。
「折角のんびりしようと思ってたのによ…」
『悪いとは思っているよ、だが何時取引先の重役から電話がくるか分からんからな』
今日は外出の予定はないから、多分大丈夫だとは思うが、とロイは続けるが、それは所詮憶測で、確信はない。
勿論故意ではないのだから、嫌だと我が侭を言えるわけもないし、言える歳でもない。
「〜分かったよ、届けに行ってやる」
『ありがとう、助かる』
承諾すると、安堵の声が受話器から漏れる。
不覚にもそれが結構良い声で、少し照れてしまった。
それを隠すように切る合図の言葉を繋ぎ。
「っんじゃ、今から行くからな!」
『あぁ、場所は分かるか?』
「何度か前通ったことあるし、分かる」
『じゃあ頼んだ』
「了解」
と、受話器を置いて、エドは着替えに二階へ駆け上がった。
忘れもの
「相変わらずでっけーの…」
家から一番近い駅から数駅行った駅を降りると直ぐ目に入る大きなビル。
そこが、ロイが社長を勤める会社だ。
本人から聞いたところによると、どうやらコンピュータ全般に関わる仕事をしているらしい。
パソコン本体の中身の開発から、ソフト販売まで幅広く扱っているとか。
そんなコンピュータ業界の会社ってそういうもんなのかとか思うけど、正直詳しいことは殆ど分からないから下手に聞いたりも出来なくて。
人並みにパソコンを使えればそれでいいと思うし。
こういう仕事に就くつもりもないし、とか何とか思いつつ、会社の自動ドアを抜けて受付に向かう。
(にしてもでっかい会社って、何で玄関から受付までがこんなに遠いんだ…)
スーツを着慣れた人たちが溢れている中に、私服の子供が入ってくれば誰だって見るだろう。
視線が恐ろしく痛くて居た堪れなくなってくるが、何とか堪えて歩く。
でもこうも集中して見られると、自分の格好がおかしいんじゃないかと思ってしまう。
一応目立つ格好は避けて、スーツに溶け込むような色のコートを着てきたものの、結局ジーパンの青が目立ってしまって、あまり意味を成さないらしい。
(あー恥ずかしー!)
営業とかに行かないのかよ!と心の中で叫んだりもするが、どうやらここの会社の人たちはデスクワークが多いようで、入り口を出入りする人数は少ない。
そんな会社の形態にまた文句を言いつつ、俯き加減にようやく受付に辿り着き、綺麗な受付嬢の前でやっと着いたと安堵しながら顔を上げて。
「あの、えーっと、マスタング社長に取次ぎを…」
「はい、お話は伺っております」
既にロイが話を通してくれていたらしく、受付嬢は笑顔で答えてくれた。
ということは自分で行けば良いのかな、と思ったが。
「まもなくご案内致します者が参りますので、申し訳ございませんがそちらで暫くお待ち頂けますでしょうか」
この期に及んでまだ見世物になれと。
帰ります、と即答したい気持ちを抑る、そもそも此処まで来て帰る訳にも行かず、泣く泣くはい、と返事をして指定された小さなカフェらしき所で、携帯をいじりながら待っていると。
「お待たせしました、エドワード様ですね」
後ろから名前を呼ばれて振り返れば、ロイよりも少し背の高いくらいの、物腰の柔らかい人が立っていて。
「あ、え、はい、」
その上そんな風に名前を呼ばれることなんてないし、社会人としてのマナーも身に付いていないから、どう対応して良いのか分からなくて、どもってしまったら。
その人はふっ、と噴き出して。
「そんな固くならなくていいよ」
俺も社長にそう言われたから、と言って。
「初めまして、開発部部長のハボックです」
でも一応挨拶はちゃんとしとかないとな、と手を差し出されたので、少し戸惑いながらも礼儀としてエドも手を差し出して、握手を交わした。
するとハボックは。
「よろしく」
にかっと笑った。
見た目は好青年なのに、こうして笑うと子供っぽい感じが垣間見えて。
自分と近い部分があるんじゃないかと感じて、エドはほっとして。
「よろしく」
と、挨拶を返した。
社長室へ続く廊下を歩く二人。
「へぇ、その歳で英語だけじゃなくドイツ語も」
「ま、ね」
どうやらお互い気が合うらしく、少しの間に敬語を使うことを忘れるほど、打ち溶け合っていた。
俺にとってはロイよりももっと身近な兄のような感じがして、実際兄がいたらこんな感じなのかな、と不思議と温かくなった。
ロイが兄ではないと言う訳じゃないけど、どうも関係を持ってから微妙な位置に居る気がして時々変な感じがして。
その点ハボックさんとは全然変な感じもなくて。
年上の人とこんな風に話せることなんてないと思っていたから、何か嬉しくて、楽しかった。
が、そんな雰囲気が消えそうな言葉が。
「っはー、すげェな…流石社長の子供だな」
「え、いや、俺アイツの子供じゃねェし」
血は繋がってないし。
俺、ロイの親父の養子に入ったから、言うなら義兄弟。
と、聞かれたことに対してさらりと言えば、ハボックは目を見開いて。
更に驚きのあまりか、俺を壁に押し付けて顔をまじまじと見る。
「うそぉ!」
「本当だよ」
明らかに髪の色が違うし、顔だって似ても似つかないし。
歳だって親にしては近過ぎるし、兄にしては離れ過ぎてるし。
そう本人が言ってもハボックは聞かず。
「え、待てよ。義兄弟ってことは…」
弟?
「は?」
「いや、だから弟なのか?」
「当たり前だろ」
他に何があるんだよ。
「……や、悪い」
てっきり。
女だと思った。
「はぁ!?」
いきなりこの人は何を言うんだ。
俺が、女?
女だって思ってたってことは、つまり今まで女として接されていたということで。
何か少しムカついてきた。
「…俺、ずっと『俺』っつってたよね」
「そういう女の子も居るだろ、今は」
「男の格好してるけど」
「いや、女でもするだろ、そういう格好」
それにポニーテールで髪縛ってて、男として見ろって言う方が無理だ。
結構ぐさっと来る一言だった。
(男でポニーテールって変なんか!?)
だってロイがその方が良いって言ったし。
(この男の格好しても、俺って女に見られてたってことか!?)
そりゃあ服は殆どロイが選んだものだけど。
…言われて見れば、さっき下で俺を見てたのは男の割合が多かった気がする。
女の人が少ない会社とはいえ、おかしいと気付けよ俺!
「あー…何か俺、悪いこと…言ったか?」
「…別に」
ロイの言いなりになってた自分が間違ってたって気付いたから、逆に感謝してるくらいだ。
「ちなみに俺が男だって」
「聞いてねェよ、勿論」
「あ、そ」
と、脱力した時。
「エドワード」
これからハボックとエドが行こうとしていた先から声が聞こえ。
「社長、」
「あ、」
ロイの方を向けば、何故かロイの眉間にはしわが寄っていて。
ハボックの方を向けばヤバイという表情に変わっていて。
ロイは二人の方に近付きながら。
「ハボック、遅かったな」
「あ、あのー…」
「言い訳は後で聞こう」
「は、はい」
その表情とやりとりから一体何があるのか全く想像のつかないエドだったが、ハボックの返事を聞いた途端、ロイがエドの腕を掴んで。
「今から二時間、人を通すなよ」
「はい!」
「な、何だよ、なぁ、オイ!」
「いいから来なさい」
そのまま社長室まで引っ張られていった。
ばたん、と扉の閉じる音が響いて。
「はー…」
ハボックは壁に背を預けて、ため息を付きながらしゃがみ込んだ。
「やばい…」
女だと思っていた子供が、男だと分かっても。
惹かれているのは明らかで。
「まずい…」
だが相手は社長の義理の弟。
それに社長の入れ込みようから、余程惚れていると見た。
諦めなければならない相手だとは知っていても、分かっていても。
「好みだ…」
好みなものは好みなんだ。
と、ハボックは呟いていた。
「―――っ!」
社長室に押し込められたと思ったら、扉を閉じた途端、また腕を引かれて。
体がくっ付いたと思ったら、今度は口がくっ付いて。
いや、くっ付いてたとか軽いものじゃない。
抵抗する間もなく、貪られた。
「…っ、」
一体何で。
何。
何があったってんだ。
「…っなせよ!」
互いに苦しくなって酸素を吸う小さな隙間が出来た時、俺はそこを見逃さずにロイを力いっぱい押した。
「…何、何だよ、一体」
いきなり。
キスなんて。
そういう自分の顔は火照っているのが分かる。
性急だったけど、どこかそれを喜んでいる自分がいて、ロイの目を見れなかった。
「何、何だ、一体。その台詞、そっくりそのまま返させてもらう」
ハボックと廊下で、何をしていた?
何を話していた?
何をされた?
「な…っ」
ただ廊下で話していただけ。
それ以外何もないのに。
俺は疑われてるのか?
確かに温かい気持ちにはなったよ。
だけど本当にそれだけだ。
疑われるようなことなんて何もしてないのに。
「何もねーよ」
「お前は壁に背を付けて、ハボックはその前に立ってお前の肩に手を置いて」
それで何もなかったと言えるのか?
完全に疑ってる台詞だった。
「っんだよ!ハボックさんは俺を案内してくれだだけだろ!」
ムカついて、俺は顔を上げて叫んだ。
「その割に楽しそうに話をしていたようだが」
「ちが…っ」
あれ。
何か。
ロイの顔がいつもと、違う。
「……ロイ?」
「…、」
名前を呼ぶと、顔を逸らした。
もしかして。
いや、もしかしなくとも。
「……ヤキモチ…」
「!」
ロイの肩が揺れた。
やっぱりな。
「何だよ、何だぁ、ヤキモチかよ」
俺がちょっと嬉しそうに笑いながら言うと。
「……全く」
一応怒っているんだよ、私は。
と、額を押さえながら言った。
その声にもう覇気はなくて、どことなく困った声をしていた。
何かそれが。
嬉しいとか思ってしまった。
「はー、そっかー、」
その感情が表に出てしまったのか。
「何だ?嬉しそうだな」
「や、嬉しいっつーか」
アンタのそういう表情、初めて見れたのが何か、ね。
そう言うと、ロイは少し目を見開いて驚いた後、ふっと笑って。
「…これでも、ヤキモチは数え切れないくらい妬いているから」
慣れていたと言ったら変だが、顔に出さない自信はあったんだけどね。
「だが、君から指摘されるとは思ってなくて」
私も少し、嬉しかったんだと思うよ。
「は?」
どういうことだ。
指摘されて何で嬉しいんだ?
「君が私のヤキモチに気付いてくれるほど、私のことを想ってくれていると分かったからね」
「な、」
呆気にとられた顔をしていたと思う。
その顔にロイは顔を近づけられて。
「嬉しいよ」
そんな台詞を嬉しそうに言われた時には。
もう抵抗なんて出来るわけないじゃんか。
「なぁ、俺髪切りたいんだけど」
携帯を渡しながら言うと。
「駄目だ」
即答された。
理由もない答えに俺が納得できるわけがなくて、不満のトーンで言い返す。
「何で」
「何でもだ」
こういう頑固なところだけ似ていると思うけど、全然嬉しくない。
仕方なく妥協して。
「じゃあ服、今度から自分で買う」
「それも却下だ」
「何で!」
「金を出しているのは私だからな」
「〜〜〜っ」
それを引き合いに出されたら、言い返すことなんで出来ない。
「〜〜何で駄目なんだ!俺が納得できる理由を言え!!」
女に間違えられるのなんてもう真っ平だ。
いい加減、アンタのいいなりになるのは嫌なんだよ。
流石に、それは言えなかったけど。
でも、伝わってると思った。
「私が、嫌なんだ」
のも束の間。
本当に納得出来る理由を返された。
何でか分からないけど、妙に納得してしまった。
だからまた、何でか分からないけど。
(―――このままでいいかな…)
なんて思ってしまった。
次の週。
「ハボック」
「…はい」
「今回は見逃してやろう。だが次回はないからな」
「は?」
「返事は」
「あ、はい」
絶対減給は免れないと思っていたハボックに思わぬ幸が舞い降りたのは、他ならぬ自分自身が一番影響していたということを、本人は当然知らない。
(まぁおかげでエドのカラダも堪能できた事だし)
今回ばかりは、な。
END.
05/01/29
エドってドイツ語も喋れるんですね、とかロイの会社って結局何やってんの?とかいう突っ込みはさて置き(爆)
ハボック大活躍!
何でしょうこれは…ハボエドですか?(爆)
いやいやロイエドなんですって(何とか主張)
ハボは前から出したいとは思っていましたが…登場人物一人増えただけで何ページ長くなるんですか俺の話は(痛)
中身は…もう謝るしか(爆死)社長室Hはまた次回!(逝)
とりあえずハボはリロードすると言った貴方に捧げます(笑)
ブラウザでお戻り下さい。