とある小学校の5年生の、とあるクラス。


「ではこのプリントは必ずご両親に見せてくださいねー」


さようならの挨拶の後、生徒の殆どがプリントの内容について話しながら、帰っていく。
絶対ウチのお母さん来るよー、とか。
来るなって言ってもくるんだよなーとか。
言っていることとは裏腹に、嬉しそうな表情で。
でも俺には関係ないことだから。
そう思いさして話題に入ることもなく、一人家路へついた。


(俺には関係ねーもん)


授業参観なんて。



参観日





「ただいま」


そう言って大きな扉を開けるが、広い家にエドの声が広がっただけで、誰も返事など返してくれない。
それは家に誰一人としていないからで、世間では鍵っ子とか言われているらしいが、別に寂しくもないし、逆に一人が好きな俺にとっては最高の待遇なので、かえって落ち着いたりする。
たまに来てくれている派遣の人からお帰りなさいと言われようものなら、何だか恐縮しまうくらいだ。
別に言われることに嬉しさがないというわけでもないんだけど、などと思いつつ、長い廊下を歩いて、リビングに入り、ソファに鞄をどさっと投げて、反対側のソファにうつ伏せで体を預けた。


「…あー、洗濯モン…」


今日は体育があったんだと思い出して、エドはのそっと起き上がり、鞄をあさる。
と、先程担任から配られた授業参観のお知らせのプリントが目に入る。
取り出して内容にざっと目を通す。
『××日、5時間目に授業参観を行います。ご都合をつけて来て頂けますようお願い致します』
長い挨拶文を抜かせば、そういう風に要約できる。


「都合つけろったって…」


何時だって都合のつかない奴だっているのに。
エドは少し苛立って、プリントをグシャっと握ってゴミ箱に投げ捨て、洗濯をするために体操着を持ってリビングを出た。
溢れかえっていたゴミ箱に丸められたプリントが入らず、床に転がっていたことにも気付かずに。





広いキッチンに向かって夕食を作っていると。


「ただいま」


という声が遠くから聞こえてきた。
二人で暮らしている家に帰ってくる奴は一人しか居ない。
エドは急いで手を洗って、その一人を出迎えにいく。


「お帰り」


スーツが嫌というほど映える義兄ロイに、出迎えておいてそっけない声で言う。
本当は夕食の準備の途中で出迎えるということは正直面倒でしたくないのだが、こいつが『出迎えてくれた方が嬉しいから』と言うので、仕方なくやってやっているだけにすぎない。
そう、本意ではないから、毎日そっけなく言ってしまうのだ。


「ただいま、エド」


しかしそんなことは気にもならないのか、嬉しそうに笑ってもう一度エドに言う。
引き取られて直ぐの頃はこんなカッコいい人が兄だなんてと幼心に思い、直視も出来なかったが、その幼心はどこへやら。
今では呆れるくらいに慣れている。


「今日の夕飯は?」
「もーすぐ出来る。待ってろ」


そう言うとロイを置いて、さっさとキッチンに戻っていく。


「…ここで?」


くすくすと笑ってエドの後姿を見つめるロイ。
括られた長い髪と、薄い緑のエプロンが風になびいている。
毎日見ている姿だったが、飽きることはない。
むしろ日に日に愛しさが募っていく。
毎日出迎えてくれるというのが、これ程良いものだとは思わなかった。
幸せとは、こういうことを言うのだろうか。


「本当に、引き取って良かったよ」


そう心で呟き自嘲しながら、ロイはリビングへと足を運んだ。
リビングの戸を開けると、繋がっているキッチンから良い香りがしてくる。
その香りにまた頬を緩ませながら、ソファに腰を下ろす。
と、ふと視界に入ったゴミ箱の近くに転がる紙くずが一つ。


「?」


綺麗好きのエドがこんなことを許しておくわけがないので、きっと気付かなかったのだろう。
ロイは捨ててやろうと立ち上がり、紙くずを掴む。
そしてまたふと見えた文字。


「『参観日』…?」


紙くずを開いて読もうとすると。


「ロイ兄、できたぞー」
「あ、あぁ」


声をかけられてしまったので、思わずスーツのポケットに押し込み、ダイニングへと向かった。








「うわー、遂に来たよー…」
「良かったじゃん、母ちゃんと一緒に居れる時間が増えてよー」
「ばーか」
「はいはい、静かにー!」


参観日当日。
教室の後ろにはクラスメイトの母親たちが増えていく。
増えるにつれて、生徒たちの様子も困ったような、ウキウキしたような感じに変わってきて、それを先生が制止する。
そして授業と生徒の様子を、母親たちが後ろから参観する。
参観日の典型的な光景である。


「げ!お父さんが来た!」
「へー、お前お父さんそっくりだなー」
「うっさい!」


そう、母親だけだと思われがちだが、別に父親が来てもいいのだ。
ただ、大抵の家では父親が働いているため、父親が来るというのは稀ではあるが。
どちらにしても、義父は海外、義兄は仕事、本当の両親に至ってはとっくに他界している。
それに参観日のプリントすら見せていない。
来る訳がないのだ。
そう、来る訳がない。
だから期待したって無駄なんだ。
でも。


(…見せて、駄目だって言われた方が…マシだったかも…)


そうすれば今こうして、無駄な期待をすることもないのに。
と。


「えー!?誰あの人ぉ!?」
「うっわーカッコいー!!」


女子生徒たちが黄色い声を上げ始めた。
何だよ、と思いつつ、その声が女子生徒だけでなく母親方にも広がったので、流石のエドも後ろを向いた。
と、そこに居たのは。


「―――――っ!!??」


悲鳴を上げそうになった口を手の平で何とか押さえる。
見慣れた人物が見慣れた格好のスーツで立っているだけだが、こんな場で見慣れたも何もない。


(つか、明らかに場違いだ!!)


視線を逸らすのも忘れ凝視していると、それに気付いたのか、ひらひらと手を振ってこちらを見るではないか。
その仕草で、皆が一斉に俺の方を向く。
そんな中、唯一俺の身の上を知っている隣のアルが小声で。


「なー…あれ、エドのお兄さん…だよね?」


話しかけてくるが、もう頭がパニックになっているエドには聞こえていない。


「エド?」


もう一度話し掛けられて我に返ったのか、ぐりんと顔を先生に向けて。


「授業進めて下さい!」


と、真っ赤になって叫んで気付いた。


(これじゃあ俺の家族だと言っているようなモンじゃねーか!)


墓穴を掘って、机に突っ伏すエド。
その様子に苦笑するアル。
そんな日常が、ロイには微笑ましく思えたのか。


「お気になさらず続けて下さい」


と担任に言うと、担任も何故か照れた様子、というか明らかに骨抜きにされた様子で。
何でアンタが照れんだよ!と言いたかったがもうエドには叫ぶ気力もなく。


「あ、は、はい!」


生徒も母親たちも担任にとっても。
参観日にはならなかった。








「何で来ンだよ!?」


ロイとエド、二人で家路につくと、エドが並んで歩くロイに叫んだ。


「何でって、参観日だからだろう」
「そーじゃねーよ…」


脱力させられるが、怯んだら思うツボだ。
だが勢い任せに言ったら我を忘れて、結局こいつのペースになってしまう。


「…何で、今日が参観日って知ってたんだよ…」


視線を逸らして俯いて、変わらぬペースでロイの隣を歩く。
少し見える頬が赤いのは気のせいだろうか。


「…リビングに捨てただろう?」


プリントを。


「あ」
「それがゴミ箱から落ちていてね。捨ててやろうと思ったら参観日の文字が見えたものだから」


そういうことか、とエドは頭を掻いた。
同時にリビングで捨てなければ良かったと後悔するが、もう遅い。
明日女子生徒から質問攻めに遭うのは間違いない。


「…来なくて、良かったのに」


二つの意味を含めて言った。
一つはクラスメイトとは最低限のことしか会話しないのに、明日からはきっと沢山話し掛けられるだろうこと。
もう一つは。


「…アンタの、仕事の邪魔、したくなかったのに」


ロイが多忙なのを知っているから、来て欲しくなかった。
俺の所に来るということは、仕事の時間を削っているということ。
だから授業参観とかに無駄な時間を使って欲しくなかった。
だから、プリントを見せなかったのに。


「俺の気持ちも、悟ってよ…」
「エド」


立ち止まって俯くエドに、ロイは屈んで。


「すまなかったね」


でも、それは出来ない相談だ。
そう言うと、エドは何でと不満そうな顔を上げて。


「沢山、甘えて欲しいからだよ」


親の愛情も途中で絶たれてしまったエドは、元々頭が良いのも拍車をかけて、大人のように振舞うことを早くに覚えてしまった。
子供のうちだけに使える我侭も、甘えも使わずに、言われた通りの事を淡々とこなす、小さな大人になってしまった。
だから世間一般の子供との接し方が分からないのか、一人を好むようになった。
それがロイには、不憫に思えて仕方ないのだ。


「子供の特権は子供の時にしか使えない」


だから、使えるうちに使って欲しいんだ。
甘えることも、頼ることも。
我侭を言うことを。


「何でも話して欲しいんだ」
「ロイ兄…」


そう言われるまで、エドは頑張って良い子を演じようと、ロイには何も言わなかった。
自分で出来ることは自分でやって、出来なくても仕方ないと我慢して。
頼るということを一切したことがなかった。
それはやってはいけないことだと言い聞かせていた。
でも、それが俺たちの溝になっていたなんて。
こんな時、なんて言ったらいいか分かんないけど。


「…えと、…ごめん…」
「何で謝るんだ?」


ロイは笑う。


「だって、俺…」
「私は、エドと居られるだけで嬉しいんだから」


そう言ってまた笑う。
今度はもっともっと優しい笑顔で。


「…うん」


俺頑張るよ。
少しでも、我侭言えるように。
甘えられるように。


「さ、帰ろうか」


ロイはエドの手を取って歩き始めた。


「ん、」


初めて繋いだ手は暖かくて。
エドは嬉しそうに歩いた。


「な、ロイ兄」
「何だ?」
「週末さ、」


勉強、教えてよ。


「…あぁ、喜んで」


一瞬ビックリしたようだったけど、ロイ兄は直ぐに笑って返事をくれた。
俺にとっての一番の我侭だったんだけど。


(気付いてくれたんかな?)


(勿論、気付いたよ)


お前は不器用だから、理解するまで少し時間を要したがね。


エドの手を取った時、思った以上に温かくて。
思わず抱きしめてしまいそうになった。


(今は歳の離れた良い兄を演じるが)


良い兄で終わるつもりなど、ないからね。





END.





04/11/02
第一弾、参観日ネタ…!!(萌)
これはネタをくれた友達に捧ぎます!
何だろう、この微妙な萌え!?(笑)
親子で参観日は駄目なんです(ぇ)やっぱ義兄弟ってとこが良いんです…!(力説)
というかこの時点でエドはまだ11歳なワケですが。
ロイ兄と呼ばせるのにも微妙な抵抗が…(笑)
何はともあれ、この萌え、少しでも皆様に伝われば嬉しいです☆


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