「やはり詰らんな…」


エドワードの居ないリビングを横切り、冷蔵庫を覗きながら言った。
ペットボトルに入った緑茶をコップに注いでいる間もため息が出る。
乾いた喉を潤しながらダイニングテーブルに広げた新聞に目を通しても、活字は殆ど頭の中に入ってこない。
会社でもこんなことはなかったというのに、やはり環境が違うと集中力も違うんだな、とまたため息を吐く。
おそらく、原因はそれだけではない。
家に居れば必ず傍に居てくれる存在が、今はないから。


「……一日くらい休んだところで変わるわけでもないだろうに…」


椅子に体を預け、天井を振り仰ぎながら吐いて出た言葉。
今日は朝からこんなことばかり漏らしている。
ふと視界に入った時計は午後3時を指そうとしている。


「…あと一時間…」


普段会社で仕事に追われていると一時間あっても足りないと思ってしまうが、それが身についてしまった今、家に居ると一時間がこんなに長いものになるとは。
こういうとき趣味を持っていれば良かったと思うが、普段の生活から趣味を持っているのが無理というもの。
経営が趣味になったと言ってしまえばそれまでだが、趣味で成功しているのだから嫌味以外のなんでもない。
だがそんな生活を続けてきたから、こうして家での時間を与えられるとすることがなく、暇を持て余すことになってしまったわけで。
かといって本を読んでいても、家で仕事をしていたとしても全て頭に入ってこない。
普段、家に帰ってきて同じことをしてもここまで捗らなかったことはなかったというのに。
エドワードが居ないだけで、こんなに家は虚無なものになってしまうんだと、初めて知った。
だからエドワードが帰ってくると思うことが、こんなにも待ち遠しい。
と。
ピンポーン、とインターホンが鳴った。


「…?」


今更エドワードが早退して帰ってくる筈もないし、そもそもインターホンなど鳴らさない。
それに会社の面々が押しかけてくるわけもないし、来るとしても事前に電話を掛けてくる筈。
押し売りなども含めてこの家は極端に人の出入りが少ないというのに、一体誰が。
そんなことを考えていると、居ないのかと聞くように再び音が鳴った。
仕方なく怪訝な顔をしつつ立ち上がり、受話器の前に立ち一度息を吐いたあと、ようやく受話器を持った。


「…はい?」


同時に画面に映る来客。


『お久し振りです』


名を名乗らずに言ったのは綺麗な女性。
だがその姿には見覚えがあり、勿論名も知っている。


「貴方は…」


思いもしなかった来客に、私は驚きを含んで名を呼んだ。




Lovely jealousy






「え?今日休みなんだ、あの人」
「あぁ、有休とかで」


学校からの帰り道をいつものようにアルフォンスと歩くエドワード。


「何でまた…」
「さぁ?何かホークアイさんからいい加減二、三日休んでくれって言われたらしいけど」
「何か、珍しいパターンだね…」
「だよなぁ」


社員でも最低休む盆と正月にも休みを摂らず、とにかく働きっぱなしなロイは、秘書であるホークアイさんにいい加減休みを摂って頂かねば私の方が参ってしまいます、と言われたらしく、予定に無理矢理有休を入れられたとか。
そんな下りをアルに話すと。


「確かに秘書って社長の隣に常に居ないと駄目だからね」
「アイツは仕事が趣味だとかほざいてるらしいから、ホークアイさんもいい加減それに付き合うのが疲れたんじゃねーの?」
「でも趣味って時間を忘れてやりこんじゃうものだけど…仕事が趣味って…ねぇ」


アルが苦笑いするもの分かる。
よっぽど物好きじゃなければ経営の仕事を趣味にするなんて考えられない。
実際嫌なことが多いだろうに、何でそれを続けられるのか気が知れない。


「あんなハイリスクな仕事のどこが楽しいんだか…」
「まぁ僕は仕事が出来るところだけは、尊敬するけどね」


笑顔で言ったアルの言葉に何処となく棘があったのは気のせいじゃないと思う。
でも、正直ビジネスでのロイの顔は数えるくらいしか見たことないけど、確かに学ぶところは多いと思った。
別に経営者になるつもりはないけど、それでも社会に出る上では見本のような存在であることは確かで。
一応プライベートと仕事と、きっちり分けてくれてるから俺も気ぃ遣わなくていいっつーか。
急に仕事が入ることは少なくもないけど、俺はそれもロイ自身であることは変わりないし。
何より、そうやって仕事してるときの方が俺は活き活きしてるって思うから。


「けどさぁ、今日俺が学校行くっつったら暇だから休めっつーんだぜ?」
「それはつまり、普段仕事しかしてない上に仕事が趣味だから、時間をどう使っていいか分からないから、エドに休んで欲しいって?」
「お、おぅ、凄ェ的確だな…」


アルの理解力というか、話の先を読む力には時々驚くものがある。


「一日くらい休んだって俺なら大丈夫だから休んでくれってさ。ふざけんなっつーの」
「はは、エドにはちょっと嫌なお願いかもね」


アルが笑ってそう言ったのは、俺の普段を知っているからで。
俺は好きじゃない授業とかつまらない授業はサボる癖があるけど、それでも欠席と書かれるほどまでサボりはしない。
最近では、つまらない授業が二時間続いた際には、一時間目の後半を抜けて二時間目の後半から出る、ということをして効率の良いサボり方をしている。
つまり遅刻と書かれる程度でしかサボらないから、優等生とまではいかないけど一応先生から目を付けられることなく日々を過ごしている。
それにテストでは必ず学年トップを取るということもあって、多少サボったって目を瞑ってくれるからまた有り難い。
尤もトップを取るのは自分の為でもあるから、苦でも何でもない。


「欠席って付くと、後々それが響くから嫌なんだよ」
「受験にも影響あるしね…けど結局、遅刻沢山すんのより一日休んだ方がまだいいんじゃないの?」
「いぃんだよ、俺の好き好きだろ」
「はいはい。じゃあいつもより家に早く帰りたいエドに付き合いますか」
「な、」
「だってそうでしょ?そんなこと言っといて、いつもより歩くペース、速いよ?」
「…、」


軽くしてやったり的な雰囲気を出された頃に、互いの家へと続く分かれ道に差し掛かって。
そこで思い出した。


「あ、どうする?さっき学校で言ってた本」
「あぁ、どうしようかな…今日寄って良いなら借りて帰りたいな」
「んじゃ行くか」


了承してアルと共に家へ行き、玄関の戸を開けると。


「ん?」


普段玄関には俺とロイの靴しかないから、見慣れない靴があると直ぐ分かる。
それも、女物のパンプスならば嫌でも。


「どうかした?」


ひょいとドアと俺の肩の間から中を覗いたアル。
その行動に思わず俺は焦って。


「な、何でもねぇ!今取ってくっから待ってろな!」
「うゎ、」


アルフォンスはぐい、と外に押されて勢いよく玄関の戸を閉められてしまった。
エドワードの分かりやすい行動は、勿論アルフォンスに確信を抱かせるには十分なもので。
玄関を見て血相を変えるとしたら、それはただ一つ。


「…エドにとっての招かれざる客…ってとこか…」


かと言って自分は待つしかない。
アルフォンスはエドを心配しながら、扉を見詰めるしかなかった。








幸いなことに、リビングの前を通らなくても二階には行ける。
俺はとりあえずアルに貸す本を取ってきた後で、そっとリビングを覗いてみた。
リビングへ入るドアは擦りガラスになっているけど、上下に普通のガラスの部分がある。
上は当然届かないので、しゃがんで下から覗くと。


「…っ、」


あのパンプスを履いてきた女の人と、ロイが楽しそうに話している。
扉は閉まっているから、声は当然聞こえないけど。
でも見れば分かる。
だってロイがあんなに楽しそうに話してんだから。
見たくない。
そんなアンタ、見たくない。


「…んだよ、これ…」


視線を中から逸らして、しゃがんだまま、呟いた。
この感情は一体何なんだ。
知らねェ、こんなの。


「…ぁ…、本…」


ぎゅ、と両拳を握り締めて、アルを待たせていたことを思い出して玄関に行った。
アルは俺を見た途端目を見開いてたけど、今自分がどんな顔をしてるかなんて分からない。
大丈夫?って聞かれたけど、大丈夫なのかそうじゃないのか自分でも分からない。
アルには悪かったと思うけど、濁して返して、明日話すって言って帰ってもらった。
きっとアルのことだから、俺が今どんな状態か分かってたんじゃないかな。
だから何も聞かないで帰ってくれたんだと思う。
聞けば、それを教えてくれたかもしれない。
でも俺は、自分で知りたかった。
だって分からないことはとことん自分で追求しなきゃ、気が済まねェんだから。
戸を閉めて、意気込んで振り向いた時。


「っ!」


二人が、リビングから出てきた。
意気込んだものの不意を突かれるとは思ってなかったから、隠れるとか思う前に体が萎縮してしまって動かなかった。


「エド、」


ロイが気付いて、先導して歩いてきた。
後ろの女の人も勿論俺に気付いている。


「お帰り、」
「お帰りなさい、エドワード君」


と、女の人に名前を呼ばれて俺は驚いた。
正直、俺は見たこともない人なのに。
一度でも会ったことがあれば、どっかで、と感じるほどくらいに俺は覚えているはずだし、ロイが話したとしてもエドワード=俺なんて素早く繋がるはずもないし、そもそも名前を呼ぶ必要なんてない。
そんなことを考えていたら言葉を返す機会を失って。


「すみません、長居をしてしまって…」
「いいえ、我が家まで足を運んで頂いてありがとうございました。送りましょうか?」
「お心遣いありがとうございます。ですがエドワード君も帰ってきたことですし、ごゆっくりなさって下さい。それでは、休暇中失礼致しました」
「またいらして下さい」
「はい、では」


結局俺が口を挟む間もなく二人のやり取りは終わってしまい、女の人は笑顔を残して帰ってしまった。
何とも言えない状態で取り残された俺はどうしろってんだ。


「いやすまない、急な来客でね」


自分でも分かんねェ、何かもやもやしたモンが俺の中に渦まいてる。
それも、ロイがあの女の人のことを言おうとしてるんだと思うと益々大きくなって。


「だがエド、驚くのも分かるが挨拶くらい…」
「…うっさい、」
「…エ、ド?」
「っぁ…、」


聞きたくないと思った。
ロイの声が聞きたくないって思ったら、思わずそんな言葉が吐いて出てた。
そして困惑の声が漏れる。
でもごめんて素直に謝れる状態じゃなくて。
俺は視線を合わせらんないから俯いて。


「…何、いきなり女の人家に上げてさ、」
「…エドワード?」


また、勝手にそんな言葉が出た。
ほら、ロイ困ってんじゃん。
なのに俺の口は止まんなくて。


「休みだからさ、好きなことやってもいいけど、そういうのは止めてくんねェ?」


ロイの声が止まった。
きっと、呆れて物も言えないんじゃねェかな。


「せめて家の外でやってほしいんだけど。…俺、嫌なんだよね…」


ああそれとも。


「…迷惑、だし」
―――そうか」
「っ、」


俯いていた俺の視界にあったロイの足が消えた。
廊下を遠ざかってく足音が聞こえる。


(…軽蔑、したかな)


ロイの低い声がそれを物語ってた。
無理もないよな、俺一方的にこんなこと言ってさ。
聞けばきっと説明してくれたと思うのに。
でも俺、耐えらんなかったんだよ。


「…っ耐えらんなかったんだよ…っ!」


高まった瞬間、ばっと顔を上げてロイに向かって声を張っていた。


「…っアンタが、あの人と、楽しく話してんの、耐えらんなかったんだよっ!」
「…エド、」


ロイは足を止めて振り返った。
驚いた顔をしてるのは俺がいきなり声を張り上げたからか。


「っアンタ、俺待ってたんじゃないのかよ!俺に休めとか言っといて、結局女連れ込んで、楽しい時間過ごしてて、」


俺がこんなことを言ってるからか。
それとも。


「早く帰ってやろうとか思って、帰ってきてやったのに…っ、何だよアンタのその行動っ!」


俺の視界が涙で歪んでるからか。


「ふざけんなよ!何なんだよ!あー恥ずい!何言わせんだよ畜生!もーワケ分か、」


だからロイが俺を抱きしめるまで、近寄って来ていたんだと気付かなかった。


「…っ、」
「全く…」


可愛いことを言う。
嬉しそうな声が耳元で囁かれた。
相変わらずなんだけど、今はそれがまた恥ずかしくて。


「っうっせェな!離せよっ!」


手を突っぱねるけど、腰に完全に回された手を剥がすのは難しい。


「駄目だ」
「何で!」
「嬉しいから」
「はぁ!?」
「初めてだからなぁ」


エドに妬いてもらったのは。


「ぇ、」


何か、さらっと言われたけど。
これってアレか。
嫉妬ってやつか。


「あー…そういうことか…」


何か、妙に納得した。


「エド?」
「あ、もう離れろ」
「え、」


ぐいっと胸板を押すと、今度は隙を突いたのか楽に離れてくれた。


「そっか、嫉妬か。うん、すっきりした」
「は?」


訳が分からないロイは目を丸くして俺を見る。
そりゃそうだろ、俺の自己完結なんだから。


「いーよ、アンタは気にしなくて」


だってこれは、俺が勝手にしたことだし。


「俺が納得すれば、それでいいってこと」


まぁそういうことで、笑っとくわ。














翌日。


「ところであの人誰?」
「…普通それは昨日真っ先に聞くことだと思うんだが…」
「そ?」
「…」
「まぁいいじゃん。で、誰?」
「…親父の秘書だ。昨日は会社に行ったらしいんだが、休みだと聞いてわざわざ自宅に来てくれたんだそうだ」
「へー。何?仕事の話?」
「何でも私たちの生活振りを聞いて来いと頼まれたらしい」
「ふーん」
「……」








「…本当の嫉妬、とまではいかないか…」


まぁそこがまた可愛いと言ったら怒るのだろうが。


「…今回は、可愛い嫉妬で我慢しておこうか」


だから可愛さのあまり抑えが利かなくなって、抱いてしまうのはまた次の機会かな。
などと考えながらまた天井を振り仰いでいることを。


「えくしっ!」
「おはようエド。風邪?」
「はよー」


学校へ行ったエドワードは知らない。








END.




05/09/19
2周年記念二作目は本命の義兄弟で、今回はエドの嫉妬話でした。
そういえば書いたことがないなと思って、この機会に便乗して!(何)
そしてただの嫉妬ではつまらないので(ぇ)少しずれたエドになってしまいましたが(苦笑)いいんです、こんな願望があったんでいいんです…!(爆)
もうタイトルも恥ずかしい限りですがいいんです!(爆)
年齢は迷った挙句、まぁ本編には出てきてませんが中二です(爆)
何時にも増して拙い話ですが2周年を迎えられた喜びとして表現させて頂きます!
少しでも楽しんで頂ければまた、今後の活力になって生きますので、今後とも宜しくお願い致します!
2周年、ありがとうございましたvv


ブラウザでお戻り下さい。