俺の通う中学の二学期の終業式は、大抵十二月二十二日に行われるらしく。
今年も日曜などとかぶらず、他に例外なく二十二日に執り行われた。
中学ともなると厳格とは言い難い式が終わり。


「アル、どーだった?」
「こんな感じ」
「うわ、完璧じゃん…ずっりー」
「エドも完璧…じゃあ、ないみたいだね…」



クリスマスイヴ





各クラスに戻ると、終業式恒例の通知表が一人ずつ手渡され、どうだったと聞く声が教室中に溢れかえり。
これはそう簡単に収まらないと痛感している担任が暫く放置する時間が続いている。


「どーせ担任からのコメントは最悪だよ」


勿論エドもアルと見せ合いをしているのだが、互いに勉学の欄は完璧である。
ただエドの方はというと。
アルの『大変よくやっています。この調子で頑張って下さい』という担任からのコメントとは程遠く、『もう少しクラスの中に打ち解けられるよう努力して下さい』と、少々刺々しく書いてある。


「これで精神的に成長できる奴がいたら会ってみてぇよ」


生徒を伸ばすのが目的の筈の義務教育が、果たしてこんなことでいいのだろうかと思う。
こんな事で競ってもしょうがないのは分かっているから、別に気にはしないが。


「ったく、俺は一人が好きなんだっつーの」


余計なお世話だぜ、と机に肘を付き、掌の上に顎をのせて不貞腐れ気味に呟く。
気にはしないのだが、気には触るという微妙な感覚が湧き上がる。


「まぁ正論だよね。でもほら、どうせ一日経ったら忘れるんだろ?」


一度落ち込むと立ち直るまで結構時間が掛かることを知っているアルが、苦笑しつつ慰めれば。


「そらまぁ、そうだけどさ」


やっぱ教師受けの良い生徒の方が、後々進学にも有利だったりするだろ?
などと同意はするものの、納得のいかない返事が返ってくる。
立ち直るまで時間が掛かる上、一度迷うと納得のいくまで答えを見つけようとするからまた面倒だったりして。
それでもそんなエドが好きなアルは、根気よくエドを立ち直らせようと尽くす。
惚れた弱みも含め、エドには大変甘いアルなのだ。


「でもエドの生き方、僕は好きだけどなぁ」


誰の干渉も受けないで、自分の信じた道を行くっていうの。
僕は好きだけど。


「…そっかぁ?」
「うん」


本当かよ、といった顔で聞き返すエドに、心からの柔らかな笑顔を返すアル。
アルのこの表情が嘘ではないとエドは知っているからか、ようやく迷っていた気持ちが落ち着いたようで。


「…ま、アルがそういうんなら」


嬉しいけどさ。
その台詞と、照れくさそうなはにかんだ笑顔が返ってくる。
勿論、その笑顔は友達としてとのものなんだろうけど。


(…結構鈍いからな…)


アルはこの上なく、好きの言葉に気持ちを込めたのだが、やはり伝わっていなかったようで。
そもそも鈍いエドにこんなに遠回しな言葉で分かってもらおうと思ったのが間違いだと、アルは自分の失態にして今回も諦めが。
それでもこれだけ付き合いが長いのだから。


(いい加減、少しで良いから意識をして欲しい…)


来年の初詣ではこれを祈ろうか、と思いつつ。
いつまでもこの話は引っ張ってはいけないので、アルは話題転換を試みる。


「ところでさ、今年は何かあげるの?」
「は?誰に何を」
「…この時期にそこから説明するの…?」


今の時期、何かをあげるかという話になれば、十中八九クリスマスのことだと思うのが普通だが。
エドは恋愛だけでなく、イベント事にも疎いことを忘れていた。
呆れた表情は隠すのを忘れてしまったが、気付かれないように心の中でため息を付き。


「今の時期、こういう話になったらクリスマスのことしかないのに…」
「あ、そういやそうだ」


説明をしてやれば、思いっきり忘れてたことを表情で語るエド。
ここまで疎いエドが相手では、女に関しては百戦錬磨に見えるあの兄もさぞ苦労するだろうと同情せざるを得ない。


「でも別に何かやるつもりはねェんだけど」
「え!?」


エドの言葉に目を見開くアル。
流石に何かあげるかぐらい考えていると思いきや、あげるつもりはないときたら。


「それはないんじゃないの…?」


年末は何処の会社も特に忙しいし、やっぱりクリスマスは癒されたいと思うじゃん?
と自分でも何必死にあの兄の味方をしてやろうとしているんだ、と思いつつ力説してやれば。


「あー…そういうもん?」
「そういうもん!」


そうかなー、と疑問に思っているなら、いけると踏んだアルは畳み掛けようと。


「ほら、物じゃなくてもさ、気持ちだけでも喜ぶだろうしさ」


折角だし、せめて何か考えようよ?


「…んー…そうかぁ…」
「そうだよ!」


本当に、何故こんなに力説しなければならないのか。


「じゃー、考えてみっかなぁ」


少し目を輝かせたエドを横目に。
アルはこの借りは高く返してもらわなければ割に合わない、と言い聞かせて。


(ホント、損な役回りだ…)


机に突っ伏したのは、丁度担任が静かに、と声を発した時だった。











(とは言ったものの)


長々と続いた担任の話も終わり、冬休みの課題を詰めた鞄を担いで帰る帰り道。
途中アルと別れた後、エドはアルに言った言葉を思い出しながら歩いていた。


(そんな直ぐ考え付くモンでもねェしなぁ…)


生まれてこの方、人にまともなプレゼントなど贈ったことがない。
父母に感謝の気持ちを込めて花を贈った記憶はあるが、クリスマスとなれば話は別で。
まだ親が居た頃は幼かったし、当然クリスマスは貰う立場である。
正直今でも強請れる歳ではあるのだろうが、自分ではそろそろ貰う立場を卒業しようと思っていた頃で。
だが海の向こうに居る義父も身近に居る義兄も、強請らなくともくれるような気がする。
勿論そんな気持ちを無碍にするのも申し訳ないし、貰えるものなら貰おうと思うのが人の心理でもあるし。
だからといって貰いっ放しというのも、この立場を卒業する身としてはどうもしゃくで。


(義父さんにはポストカードでいっかな…)


まず義父。
正直金も多くないし、義父なら何をあげても喜んでくれるだろう。
折角だし、覚えた英語で日本の絵葉書に何か書いて送ればいい。
これなら何か物を送るより送料代が浮く。
海外に物を送るのも結構馬鹿にならない位の送料がかかるのだ。
こういう時くらい戻ってきてくれれば、もう少しいい物があげられるのに、と思うが、どうせ去年も戻ってこなかったんだ、今年も帰っては来ないだろう。
と、父のはあっさり決まったのだが。


(問題はアイツ…だよなぁ…)


どうも義兄のことになると、こうもあっさり思いつかないのは何故だろう。
アルは気持ちだけでも喜ぶと言っていた。
ということは何をあげても、何もあげなくても喜んでくれるということなんだろうが。
でもやっぱり物をあげるからには喜んで欲しいし、何もあげないというのも結局貰いっ放しになってしまうし。
だからあげようとは思うんだけど。


(…何、あげれば喜んでくれんだろ)


よく考えれば、アイツの好きなものを殆ど知らない。
知っているものといえば、食べ物についてくらいで。
好きな色とか、好きな服とか、好きなこととか。
何も、知らない。
俺よりもアイツの同僚の方がよっぽど知っているんじゃないだろうか。
あんなに身近に居るのに。
こんなに近くに居るのに。


「…何も…」


知らないんだ。
そう吐くと、心がずきりと痛んだ気がした。
何だろう、この。
変な感情。











二十三日。


「はー…っ」


かた、とシャーペンを投げるように置いて、エドは椅子の背もたれに体重を掛けて思い切り背伸びをした。
今日は朝から机に噛り付いて、冬休みの課題を全部終わらせたのだ。
勿論普通の中学生にとっては一日、それも数時間でなんで終わらない量なのだが、頭の良いエドにとってはそれが可能なのである。
何気に真面目な部分があるのか、それを初日でやってのけるところがまた凄い。
力を抜いて頭を逆さにしつつ、ふと壁に掛けてある時計を見れば、時刻は既に四時を回っていて。


「っと、そろそろ飯作んねーと」


ばっと起き上がって、机に広げてある教科書とノートはそのままに、駆けるようにして部屋を出た。
今日はアイツが早く帰ってくるのだ。








「買い出しには行かなくていいのか?」
「は?何で」


支度は何とか間に合い、いつものように向かい合って食べていると、そんなことを聞かれた。


「何で、って…明日明後日が何の日かは知ってるだろ?」
「馬鹿にすんなよ、クリスマスイヴとクリスマスを知らねェわけねーだろ」


あまりに下らなく馬鹿にされた質問に、エドが少し不機嫌に答えると。


「あ、いや、そういう意味ではなくてだな」


その日は、少し豪華な食卓にしないのかなと思ってね。
それを聞いたエドは、不機嫌だった気持ちも吹っ飛んだように目を見開いて。


「豪華って…豪華も何も、俺作らねェし」
「は?」


今度はロイが聞き返す番だ。


「作らない…というのは…あぁ、外食が良いのか?そうか、そういうことでも…」
「や、何言ってんのアンタは」


会話が噛み合っていないらしいことに気付いたエドは。


「俺は明日、明後日とアルん家に呼ばれてるから、そっち行こうと思ってたんだけど」
「な、じゃあ私に一人で食べろと?」
「はぁ?」


どうやら、互いにきちんと話さなければ会話にならないようだ。


「一人でって、アンタは会社の同僚たちとかと食べんじゃねーの?もしくは、恋人とか…」


恋人。
そう言った瞬間、何か言いようのない感情が湧き上がった気がした。
何か、分からない誰かに兄を取られたような、そんな感情が。
エドはそれを隠すように、俯き加減でご飯を掻き込んだ。
そして少しの間の後に。


「…何か、勘違いしているようだが」
「そりゃ、アンタの方だろ」
「いや、エドの方だよ」


ロイは箸を置いて。


「私は、明日も明後日も、エドと夕飯を食べようと思っていたのだが…そう思っていたのは私だけのようだね」
「…え、」


俺と?
聞き返すと、頷きが返ってくる。
どこか少し怒っているような気がするのは、気のせいじゃない。
何か、気に触るようなことを言っただろうか。


「それと、私に恋人などいない」
「……えー…」


それは嘘だという意味を込めて吐けば、怒りを含んだ瞳が向けられた。
エドは一瞬すごんだ。
そうか、恋人がいるだろうと思い込んだことに、怒っているんだ。


「…あ、その……悪い…」
「…いや、分かってくれればそれでいい」
「…ん…」


その後、軽い気分で会話なんて出来るわけがなく。
とりあえず俺は、食卓を離れるロイに、明日も明後日もロイと食べるということを告げて、この場を乗り切ったものの。
俺たちの間に出来た微妙な空気は明日も引きずることになりそうだ。
折角の、クリスマスイヴに。











二十四日。


仕事をしながら、ロイは昨日の会話を頭の中でエンドレス再生をしていた。


(…言い過ぎたとは思うが…)


だが、何度もキスをして。
一度ではあるが体を重ねて。
あんなに体と、態度で示しておいて。
今更恋人が居るなどと言われれば、誰だって怒りたくもなる。


(…伝わって、いないのだろうか)


ふー、とため息を付いて、椅子に背中を預ける。


(体を繋ぐことを受け入れてくれたから、分かってもらえたとばかり…)


と、ある疑問に辿り着いた。


(…もしや、分かっていないと…?)


いやまさか。
一度はそう言い聞かせてその疑問は振り払ったが、もう一度浮かんできた時、同じ言葉では振り払うことは出来ず。


(そういえば、恐ろしく鈍いことを忘れていた…)


ロイは右手で額を覆い、一番の元は自分にあったんだと気付き。


「…私は、順序を間違ったようだな…」


激しく後悔したが、まだ今は戻れる位置にも、進める位置にもいる。
今日明日で、昨日までの軽い口調で話せる関係に戻り、新たな関係を進展させたい。
その為には今日。
まずは軽い口調で話せるよう、仲直りをしなければな。











「…お、帰り」
「…ただいま」


玄関でロイの帰りは迎えたものの、まだ怒っている気がしてならないエドは、俯き加減でたどたどしく言葉を吐いた。
言いようのない威圧感がある気がして、ぱっと顔を上げられない。
ただ突っ立っていることしか出来ないのが、何だか惨めで。
お帰り以外何も言えない自分にムカついて。
悔しくて。
でも、誰も助けてなんてくれないんだ。
自分の心を知るのは、自分しかいないのだから。
だから自分で何とかするしかないんだ。
自分で、顔を上げなければ始まらないんだ。


「…っ、」


止めとけという心の制止を振り切って、ロイを仰げば。


「やっと、顔を上げてくれた」
「ぇ、」


何故かその顔は、笑っていて。


「…悪かったな、昨日は大人気なかった」


しかも謝るんだから、もう怒っているわけじゃないことくらい、流石に分かる。
でも、アンタは悪くないのに。
俺が、アンタの気に触ることを言ったのに。


「…何で、俺の言葉、取んだよ」


俺が謝らなきゃいけねェのに。
俺が先に謝るんだったのに。


「ばっかじゃねーの?」


そんなんじゃ、アンタ一生尻に敷かれて生きるぜ?
そう言えば。


「エドになら、大歓迎だけどね」
「な、」


何を言い出すんだまた。
それじゃまるで。
俺とアンタが結婚するような言い振りじゃねーか。


「それこそ、馬鹿だろ」


でも何か。
嬉しいつったら、どーすんのかな。
そんなことを考えて笑ったとき、またいつものような時間が戻ってきたんだと気付いて。
また笑った。
笑う俺を見ながら。


「…な、」
「ん?」
「キス、してもいいかな」


言うや否や、顔が近付いてくる。
押し返そうと突き出した手も、逆に絡め取られて。


「は、な、アンタ何言っ、んむ」


結局、塞がれて。
俺の言葉は途中で意味を失った。
だが相手の舌が入り込んでくる気配はなく。
無意識に閉じていた目を薄っすらと開けば、それを合図にしたように唇が離れる。
が、相手の顔が離れていく様子もなく。


「…そろそろ、ちゃんと教えておこうか」
「何、を」
「キスの仕方を」


そう言うなり、俺の顎に手を当てて、親指で俺の口を開かせ。


「…舌を出して」
「…」


そう言われて素直に出す奴なんて何処にいる。
これだけで恥ずかしくてしょうがないというのに。


「エド」


だが名前を呼ばれると、何故か逆らえなくて。


「…、」


俺は、あっさりと差し出して。
そしたらまた顔が近付いてきて。
少し舌を絡ませたと思ったら、親指が顎をもっと下げ、開いた口の中にぐっと暖かいものが入ってきた。


「…、…っ」


入った途端。
これ以上ないくらい、荒らされて、探られて。
もうアンタの舐めた所なんてないんじゃないかって思うくらい。
深くて深くて、深いキスをされた。


「…っ、ぁ…」


開放されたときには、舌の感覚が麻痺してると思えるほど、舌に違和感があったが。
相手はまだ足りないのか、もう一度先程を予想させるようなキスをしてきた。
その頃には、俺ももう諦めてというのかどうなのか。
自分から舌を絡めるようになっていて。
また何か。


「…無駄なことで知識を得たような気がする…」


と言った俺を見て、ロイはふっと噴き出して。


「だがこういう知識も、いいものだろ?」
「…まぁ、否定は、しねェけどさ…」


でもやっぱり、腑に落ちねェ。
そもそも。


「何で俺に、こんなことすんだよ?」


その疑問だけが、今だ心に残るんだ。
だから思い切って言ってみれば、何か目の前の奴は呆れた顔してるし。


「……分からないのか?」
「分かんねェから聞いてんだろ」


はー、と深いため息を吐いたのはロイ。


(やはり、はっきり言わなければ駄目か…)


だがとりあえず。
今日は腹が空いたので、明日でもいいだろうか。


「…明日、言うよ」
「はー?何だよそれ」


勿体ぶんねェで教えろ!と叫ぶエドの横を通り過ぎながら。


「楽しみは明日に取っておくものだ」


何せ、恋人たちの日だからな。
その言葉は、心の中で呟いたのだが。
明日にはその言葉を含め、言えるだろう。





END.


04/12/11
イヴと言いつつ三日間を書いて長く…(爆)
それにしても恐ろしく鈍いという設定がいつの間にか付いているエド。
大変です、アルもロイも(他人事)
これは一応次の『クリスマス』に続く予定。
そして『クリスマス』は夜の話メイン予定(笑)


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