最近クラスがざわめき出してきた。
休み時間になれば誰にあげるだの、何を作るだの、どうやって渡すだのという会話が大半を占めていて。
それが毎休み時間続けられるのだから、よく何度も同じ話を出来るよなぁ、とエドは思っていた。
でも皆の表情は何処かしら嬉しそうで、楽しそうで。
まぁ分からなくもないけど。
男たちだって、少なからず楽しみにしている日だし。
何たって、もう直ぐバレンタインなのだから。
チョコレートと...
「最近皆同じ話ばっかりだよね」
「そりゃそうだろ」
もう直ぐバレンタインだし、と、廊下と教室の境目の窓に寄りかかってエドはアルに言った。
アルは教室の話題には敏感で、多分エドよりも先にこの話題に気付いていたと思われる。
だからどの話題を振られても大抵軽く混ざることができて。
誰にでも好かれる性格はここから生まれたと言ってもいいくらいだ。
「で?」
「何が」
アルが覗き込むように聞いてきて、何に対して聞かれたのか分からないエドは怪訝な顔で答えた。
「何がって、今の会話から繋がる疑問って言ったら、一つしかないよ」
「その一つが分かんねェんだっつの」
人との会話に長けている所為か、こういう言い方が得意なのかどうなのか。
会話を操る術を知っているから、こんな時本当に性質が悪いと思う。
「あの人にはあげるんだろ?」
「……あぁ、」
そういうこと、とため息をついてエドは視線を逸らした。
あの人、というのはエドの兄、ロイのこと。
アルはロイのことがあまり好かないらしく、会話に出すときはエドの兄とは言わず、あの人と呼ぶ。
ロイもロイでアルのことが気に食わないのか、アイツ、と呼ぶし。
エド自身、お互いのことを良く思っていないのは知っているし、二人自身も相手にどう思われているかくらい知っている。
だから敢えて理由は聞かないのだが。
「そりゃあまぁ、一応さ」
一応、世話になっている身だし。
何かをあげるというイベントでは、普段は絶対言えない感謝の気持ちを込めて贈ることで、エドなりのありがとうを示している。
勿論、それだけではないのだが、どうせ勘の良いアルのことだから分かっていると思って、これまた敢えて言ったりはしないんだけど。
少し照れながら言うと。
「一応なんだ?」
にやり、とした表現が正しいような笑いが帰ってきて。
「何だよ、その顔」
「別にー?」
ただ、今年は特別に何かしたりしないのかな、って思って。
意味深な言葉に、エドは目を見開いて。
「な、」
「明らかに、去年とは違う意味を持ってると思うんだけど?」
「…!」
この口ぶりにこの顔にこの台詞。
何か確信を持っている、この三拍子が揃っているときのアルは無敵だ。
まさか。
言いたくないが、もしかして。
「おま、まさか…知って…!?」
「嫌だなぁ、僕が知らない訳ないだろ?」
どことなく黒い笑顔なのは気のせいじゃない。
一体。
一体何処まで知っているのか。
背中を冷ややかなものが伝う。
聞きたい。
何処まで知っているのか聞きたいが、怖くて聞けるわけがない。
「あ、安心してよ?」
多分全部知っているけど、誰にも言わないからさ。
僕はエドの味方だからね。
と、語尾にハートがつくようなほどの声で言われて。
今度は凍りついてしまうような感じに陥った。
全部って。
全部って全部って。
何で、何処で知ったのかというのも聞けない。
つまり自分から聞けることは何一つないわけで。
だからといってアルから言われても、聞いたら聞いたで倒れてしまいそうで。
「……あり、がとう…」
と、これ以上ないくらいぎこちなく笑うことしか出来なかった。
その日、家に帰ってからもアルの言葉が頭から離れなくて。
今年はどんなのを作ろうかとか考えようと思っていたのに、本を開いても一向にチョコのことが浮かんでこない。
ここはいっそのこと、割り切ってしまうのが一番良いのだろうか。
「あ〜…」
何にしても、今は頭の片隅に追いやらなければ、チョコにしろ勉強にしろ、手につかない。
ここは、アルの話は割り切って後回しにするしかない。
「…っし!」
膝の上に重ねていた菓子の本をどさどさと落としながら、座っていたソファから勢い良く立ち上がって意気込んだ瞬間。
「何をそんなに力んでいるんだ?」
「あ」
リビングの扉が開いて、ロイが笑いながら入ってきた。
「あー…あ、お帰り」
「ただいま」
誤魔化すように言っても、ロイはまだ肩で笑っていて。
それが恥ずかしくて、赤くなりながら。
「んだよ、笑うなよそんなに」
「いや、そんなところは初めて見たと思ってね」
勝手に笑いが込み上げてくるんだよ、と口元を控えめに押さえながら言われて。
何か馬鹿にされてるような感じがするんだけど、と思いつつ。
どことなく嬉しそうだから、分からないけど何も言えなくて。
「…そういや今日早いんだな」
まだ飯作ってねーぞ、と話を変えた。
すると。
「あぁ、明日帰りが少し遅くなりそうでね」
今日は早く上がらせて貰ったんだ、と言って上着を脱ぎ、ネクタイを緩め。
「折角のバレンタインに残業とはついていないな…」
ため息をついた。
その仕草が、やっぱりロイも楽しみにしてんだ、と確証を持たせるには十分で。
(一応、とか言わねェで、やっぱちゃんと作った方がいいんだろうなぁ…)
元から適当に作るつもりなんでない。
けど、もう去年みたくさらっと渡せないのも事実で、柄にもなく照れているというか。
バレンタインという言葉さえさらりと言えないのに、余裕で言える大人な感じが恨めしい。
(…どうせ、沢山もらうんだろうけど)
それはきっと毎年のように沢山貰ってくるチョコが、あの余裕を作り上げたんじゃないだろうか。
去年も一昨年もその前の年も、紙袋数袋分を持って帰ってきたのを覚えている。
若い社長で仕事ができるとなれば、誰だって憧れは抱く。
それは男でも女でもだろうけど、バレンタインは女のイベント。
この日だけはと言わんばかりに、義理だろうが本命だろうが皆ロイに押し付けるんだ。
勿論皆ロイだけにあげるんじゃないだろうけど。
俺だってアルにもあげるし。
でもやっぱり。
あげる人は、自分だけのを貰ってほしいと思う。
そんなことを考えながら迎えたバレンタイン当日。
自分が貰う分を考えていなかった俺は、学校に行って驚いた。
机の中とか、ロッカーの中とか、手渡しとかで、既に鞄に入りきらないほどの量を貰ってしまって。
自慢でもなんでもなく、まさか自分がこんなにもてるとな思わなくて。
押し付けられるように入れられていたものを捨てるわけにはいかないし、どうしようかと考えていると、それを見越したアルが紙袋をくれて。
アル自身ももてるから、用意してきたんだと言う。
今回は気の利くアルに感謝だ。
そして当の俺はと言うと。
前日に既に作っておいたチョコを学校帰りにアルに渡した。
その時。
『まだあの人には渡してないんでしょ?』
言われた言葉に、あぁ、と返事をすると。
『僕と同じチョコなわけないよね?』
言葉の棘が突き刺さる。
『もし同じだとしたら…あぁ、自分も込みで、とか言ったら喜ぶんじゃないの?』
『な!!』
『じゃあ頑張ってねー』
と、さらりと、満面の笑みで言われて。
「ったく、何つうこと言うんだよアルの奴…」
思い出しただけで顔が赤くなる。
多分というか確実に、ヤキモチなんだろうけど。
アルが俺に友達以上の行為があることは、知ってる。
アルも、俺がその気持ちに気付いているということを知ってる。
互いに知ったのは、何時だったかもう覚えていないけど。
ただ、アルが。
『…エドは、鈍いって思ってたのにね…』
と、苦笑してたのを見て、俺は知ったんだと思う。
互いに知っているけど、言わない。
言ったら、今の均衡が崩れてしまうと分かっているからで。
だったら今のままが一番良いと思っているから、言わないんだ。
でも、アルはやっぱり俺がロイに取られるのが嫌みたいで。
正直、何か嬉しかったりするんだよな。
そこまで想ってくれてるっていうのが。
大事な、友達だから。
変な話だけど、アルのためにも、俺は今日を楽しく過ごさなきゃいけないんだよな。
「…だから早く、帰って来いよな…」
俺はテーブルに置いた、ラッピングしたチョコに切実に話しかけた。
これを貰うことになる、人物を重ねて。
けど。
十一時を回ってもロイは帰ってこなくて。
残業だとは聞いていたけど、ここまで遅くなるなんて思ってない。
「…遅い…」
これで、紙袋抱えて帰ってきたら殴ってやる。
チョコぶん取って、その数だけ全部投げつけてやる。
顔狙って当ててやる。
だからさ。
早く帰ってきてくれよ。
「…これは今日じゃなきゃ…」
意味、ねェんだから。
「……あと三十分…」
二十分。
十分。
五分。
「……あーくっそ!!」
ここまでくると何か、帰ってきて欲しいとか思ってずーっと待っている自分が馬鹿みたいに思えてきた。
今日中に帰ってこないんなら、貰う資格なんてないんだ。
「こうなったら食ってやれ!」
やけくそに叫びながら、包装紙をびりびり破いて箱を開けて、俺は自分の作ったチョコと対面した。
(…折角、作ってやったのに)
作ったのに。
奇しくも、自分で食べることになるなんて。
自分で作ったんだから、自分で処分するのが一番だろうけど。
でも。
少し。
悲しいかな。
なんて思いながら、一個を口に運ぼうとした時。
バタン!という音が家に響いて。
その後直ぐばたばたという足音が近付いてきて。
「っ遅くなった!!」
と、リビングのドアを開けた人物は、必死な顔をしていて。
俺はチョコの行き先を失って、口をあけたまま手が止まった。
「…な、」
この場合、タイミングが良いと言うべきか。
時計を見たら十一時五十八分。
俺は驚いていた顔を緩めて。
「ギリギリ、セーフじゃん…」
嬉しくて。
声を漏らした。
するとロイもほっとした様子で。
「…ごめん…」
「…いーよ、間に合ったし」
顔を伏せていたロイは、そう言った俺の声で顔を上げて、周りに散らばっている包装紙に気付いた。
「…それは…」
「あ…」
指差されて気付いた。
そうだ、俺、今食べようとしてたんじゃん。
どうしよう、この状態で言い訳なんて出来ないし。
せめて俺が貰ったチョコの山を回りに散らばせておけば、カムフラージュできたのに。
どうしよう。
焦りが頂点に達しようとした時。
アルの言葉が、何故かふっと浮かんできて。
俺はそれにすがるように、咄嗟にチョコを口元に持っていって、ロイを見上げて。
「…俺、込み…って、ことで…」
顔を少し赤くして言うと。
ロイは驚いたのか、目を見開いた。
でもそれは一瞬で嬉しそうな顔に変わり、ドアの前に立っていたロイは、ネクタイを緩めながら俺に近寄ってきて。
前も思ったけど、やっぱりカッコいい仕草だと思う。
様になり過ぎてて、鼓動が早くなる。
「……じゃあ、」
俺の前で屈んだロイは、俺の顎に左手を当てて上に上げ。
持っていたチョコを右手で俺の手から取ると、それを俺の口に銜えさせて。
「好意に甘えて」
貰おうかな、と。
チョコ越しにキスを仕掛けてきて。
それを受けた途端、何かもうどうでもよくなって。
俺は、目を閉じた。
次の日、そういえばロイが紙袋を持って帰ってこなかったことに気付いて。
聞いたら、今年は本命意外からは貰わないことにしたんだって。
それはもしかしなくても、俺な訳で。
聞いた瞬間、嬉しいとかそういうのもあったけど。
俺が貰ったチョコの処分方法を一番最初に考えたんだというのは。
内緒の、方向で。
END.
05/02/12
バレンタイン、おめでとうございます!(何故)
ということで、アンケで一位だった義兄弟にてバレンタインネタを上げさせてもらいました☆
ネタについては…もう何を語っていいのやら(痛)
あ、何気にアルとエドは相思相愛なんですけど、ロイを想っているエドがアルは好きなので、今のままが一番いいんですね。
そして当のロイさん。
最後の行動はいやらしいなーとか思って頂ければ(笑)
要はラブければ!!(爆)
ブラウザでお戻り下さい。