それまで、僕は特に意識したことがなかった。
ただ一緒に生活しているだけで満足していたし、何よりエドワードさんが楽しそうに笑っているだけで僕も嬉しかったから。
エドワードさんが楽しそうに笑う時は、決まって別の世界の話をしている時。
信じ難い部分もあったけど、非化学を信じないエドワードさんがパラレルなことを信じるとは思えなくて。
けど、細部まで細かく話してくれる様子は嘘とも思えないし、実際故郷がないと言っていた。
だったら、真実なんじゃないかと思った方が妥当で。
聞くことと、問うことに関して何の戸惑いも無くなりかけた頃。


「エドワードさんは、恋人は居なかったんですか?」


ただ気になって問うた。
エドワードさんのことだから笑って、居るわけねェじゃん、て返すと思ったのに。


「ぇ…」


そんな、虚を突かれたような顔をするなんて思えなくて。
僕も目を見張ってしまった。


「……、」


エドワードさんの沈黙と、困った顔が僕には痛かった。
だってそれはまるで、居たんだと。
本当に愛おしい人が居たんだと、語っているようなものだったから。

それまで、僕は特に意識したことがなかった。
そう、エドワードさんのそんな表情を見るまでは。




LOST HEAVEN






「お帰り、エドワードさん」


夕方、エドワードは帰宅し窓の無い薄暗い自室のドアを開けると、ベッドに座る人影があった。
びくり、と肩を震わせて目を凝らすと、見慣れた姿に変わった。


「アルフォンス…帰ってたのか」
「今日は早く終わったので」
「そっか」


会話をしながら部屋に入り、持っていた荷物を椅子に置く。
エドワードはアルフォンスが自分の部屋に居たことに何の疑問を持つことも無く、鞄と本棚の間を行き来する。


「…聞かないんですか?」
「何を?」


アルフォンスの問いにようやく視線を交わす。


「僕が、エドワードさんの部屋に…居たこと、」


はっきり言えば、少し困ったような表情をした。
これは聞かずとも悟っていたんだと、アルフォンスも悟る。


「…あー…」


動作を止めて、言い難そうに頭を掻く。
それが読めない訳ではなかったが。


「…昨日の…こと…気になってて、」


どうしても聞きたかった。
僕が昨日問うた、答えを。


「………、」


きちんと今問うた訳じゃないけど、それを悟れないエドワードさんじゃない。
分かっている。
その沈黙が、何を示しているのか分かっているけど。
僕は貴方の口から聞きたいんです。
貴方の声で、はっきりと。


「…どうして…」
「ぇ…、」
「どうして、言ってくれないんですか…?」


切に言えば、困惑した表情に変わる。
困らせたいわけじゃないけど。
でも。


「…何でも、話してくれたじゃないですか…」
「アル、フォンス…」
「今まで何でも話してくれたじゃないですか…!」


今更、一線を超えてはいけないようなことを言わないで。
今貴方は、僕の傍に居るのに。


―――そんなに、その人が…好きなんですか…?」
「っ、」


そんな顔をしないで。
そんな悲しい顔をしないで。


「…元の世界に、戻ることが出来ないのに…?」
「…っ分からない、だろ…」


エドワードが、声を絞り出す。
アルフォンスより切に、辛い声を。


「分からないだろ!戻れるかもしれない!」


そして涙が、溜まっていく。


「帰れるかもしれない、」
「エドワードさん…」
「逢えるかもしれないんだ!」


そんな辛い声を出さないで。
辛い顔をしないで。


「可能性がある限り、捨て切れないんだよ…っ!」


涙を見せないよう、ばっと下を向き髪で隠す。
それでも、散る涙はしっかりと見えた。


(…僕は…触れてはいけないものに、触れてしまったんですか…?)


貴方が必死に抑えていたものを、解放してしまったんですか?


(でも…)


でもエドワードさん。
僕を、見て下さい。


「…顔を、上げて…」


エドワードは首を横に振り、拒絶する。


「エドワードさん、」
「っ、」
「…っエドワードさん!」


拒絶されるのが辛くて、僕を見て欲しくて。
僕は立ち上がって頬に触れると無理矢理顔を上げさせて、口を塞いだ。


「…っ、」


そのまま僕はエドワードさんの体を引っ張って、ベッドに押し倒す。
それからようやく口を離した。


「…何、すんだよ…っ…」
―――…て…」
「ぇ…?」
「どうして…?」


貴方は今、この世界にいるのに。


「今貴方は、僕の傍に居るのに…っ!」
「…!」


それなのにどうして、そんなに悲しい顔をするんですか?
僕じゃ。


「…僕じゃ、駄目なんですか…?」
「ア、ル、フォンス…」


そしてふと気付く。


「…それは…」


僕を愛称で呼んでくれないことと、関係が?


――っ!」


綺麗な金色の瞳が見開かれた。
でもそれはすぐに伏せられて。


「…関係が…無くは、ない…」
「だったらどうしてっ、」
「お前が思っているようなことじゃない…」


お前が考えてる奴と、お前を愛称で呼べないことは違う。


「…けど、どちらも…」


今も愛してる人だ。


「…それだけは、言える…」


エドワードさんは両腕をクロスさせて顔を覆った。
まるで僕との距離を作るように。
そして思い出に浸るように。


(…嫌だ…)


遮らないで。
僕と距離を作らないで。


「…っ!」
「っ!?」


アルフォンスは遮る両腕を掴み上げ、拘束した。
エドワードの瞳が不安に揺れる。


「…やっと、気付いたんです…」


やっと見付けたんだ。


「貴方を、好きだと」


愛することのできる人を。
貴方を。
だから、お願いだから。


「だから、僕を見て下さい…!」


僕がそう言うと。
恐怖ではなく、悲痛な瞳を揺らすエドワードさんが、居た。














「…っ、ゃ、」


堪えても漏れる喘ぐ声。
そこに混じる拒絶の文字と、艶やかな吐息。


「ん、…っぁ、…っ、あ、」


結合部分からは絶え間なく濡れた音が聞こえる。


「…っふ、…っ、」


解いた長い髪がベッドに広がり、情欲を掻き立てる。
頬にかかる髪をはらってやると、硬く閉じていた瞼を開いた。


「…っ、」


快楽に濡れた涙を纏って、悲しそうな顔。
酷いことをしている自覚はある。
けど、それとは別のことで胸が痛んだ。


「エドワード、さん…」


貴方は一体、僕を通してどちらを見ているの?


「…名前…呼んでも、いいですよ…、」
「…っ…!」


エドワードは目を見開き、びくりと体を揺らして、中を締め付ける。
それにアルフォンスは少し苦痛の表情を漏らす。


「…恋人、でも…愛称で、呼べない人、でも…」


それとも、同一人物?
知りたい。
知ったところでどうにかなることでなくとも。


「…ねぇ…僕には…知る権利は…あるでしょう…?」


アルフォンスの言葉に、ぎゅ、と目を瞑り涙を零すエドワード。


「…泣かないで…」


零れた涙の跡を辿り、目尻にキスを落し。


「っあ!」


より一層、深く突く。
名前を、呼ばせる為に。
そして呼んだ名で、僕を罰してもらう為に。














「…どうして…」


一人起き上がり、目を覚ます気配のないエドワードの髪をすく。


「どうして…呼ばなかったんですか…?」


狂おしい程愛おしいなら、普通呼んでしまうものでしょう?
それなのに貴方は、決して呼ぼうとはしなかった。
どうして拒む必要があったんですか?


「…分からないこと、ばかりだ…」


くしゃり、と前髪を握った。


「…僕は…貴方に…」


罰して欲しかったのに。
酷いことをしてしまった僕を、貴方の最愛の人の名前で罰して欲しかったのに。


「…優し過ぎる、貴方は…!」


無性に、泣きたい気持ちに駆られた。
でも、僕に泣くことは許されないから。
散々貴方を泣かせた僕は、許されないから。
優しさに包んでもらって、涙を流すことなんて。


(どうして…)


どうして僕は、貴方を好きになってしまったんだろう。
愛してしまったんだろう。

ふと、勘違いしてしまいそうになった。
初めから、貴方を愛してしまう運命が用意されていたような。
そんな、勘違いを。








髪をすかれていたエドワードは、ただ目を閉じてアルフォンスの声を聞いていた。

なぁアルフォンス。
俺が名前を呼ばなかったのは、優しいからなんかじゃないんだ。
ただ嫌だったんだ。
名前を呼んで、その名前に縋りたくなかったんだ。
だって、呼んでしまったら俺はもう、お前の傍にはいられないから。
利用してしまう気がして、居られないから。
それだけは絶対に嫌なんだ。

でも、元の世界に戻れるかもしれないっていう思いは捨て切れない。
もう一度アイツに会いたいっていう思いは捨てられない。
希望がある限り、それには縋りたい。
それだけは、俺の揺るぎない決意なんだ。
だから分かって欲しい。
そして許して欲しい。


俺はお前の傍に居たいから。
お前だけは、俺の傍に居て欲しいから。








END.


05/08/04
遂にやったよハイデリヒ×エド…!
根底にロイエドを残しアルエドを匂いだけ醸し出しつつ思いっきりハイエド。
結局ロイエドはいずこへ…な感じになってしまっ(爆)
個人的にハイデリヒは独占欲強かったらいいなぁという願望の話ですが!
はい、自己満足です…!(爆)


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